見返り坂

私の住む街から1時間ほど離れたところにとあるいわくのついた坂がある。

人はそれを見返り坂と呼んでいる。

なぜそう呼ばれているかというと、その坂では振り返ってはいけないと言われているからだ。

 よくある怪談話のように思われるだろうが、それにはちゃんと理由がある。

この坂は50mくらいなのだが、傾斜が35度ほどありつつ、カーブになっているのだ。

 急勾配ではアクセルを踏む必要があるが、カーブのため見通しが悪く、過去に何度も大きな衝突事故が起きていた。

 周囲は商業施設が立ち並び人通りも多く、ひとたび事故が起きれば周囲に及ぶ影響は計り知れないだろう。

 つまり、事故を起こさないよう前方に注意を払う必要があるため、その反対としてふりかえってはならないという意味を込めたのだ。

「へぇ〜。でもそんなのどこにでもありそうじゃん。」

「いやいや、よその街でもここまでの勾配とカーブはなかなかないんだよ。珍しいんだ。」

 つまらなそうに合槌を打つ美幸に聡はこの感動を分かち合いたいとばかりに熱く伝える。美幸はモデルの仕事をしており、容姿端麗で誰が見ても目を奪われるような人だ。

 しかし聡はそんなことお構いなしに話を続ける。2人は高校の頃からの友人だった。

 地図を片手にその場所をより細かく伝えるが、美幸はどうにも気が乗らないみたいだ。

「で、なんでわざわざただの坂なんか見るために1時間もかけてここまできた訳?」

「まあ、それはあれだな。最近事故があっただろ?ひき逃げの。」

「ああ。犯人がまだ見つかってないやつ?」

「それがここなんだよ。」

 そういうと聡は地図をトントンと人差し指でつく。

 新しく買ったばかりなのだろうか。折れ目もない綺麗な本だ。

「まさか、犯人探ししようってつもり?」

「違う違う。そうじゃなくて。この坂変なんだよ。」

「だから何が?」

 すると聡は神妙な顔つきで言った。

「去年もその前の年も6月18日に事故が起きてるんだよ。」

 偶然じゃないのと相手にしない美幸に聡は続ける。

「俺もそう思ってたけどどうやら違うみたい。それらの事件も全部ひき逃げで犯人は見つかってないんだ。」

 関連性があるように思えた。わずかにだが美幸は興味を示した。

「なんだか気味の悪い話ね。」

「そうだよな。まるで誰か同じ人が人を引いてるんじゃないかと疑ってしまう。」

 聡はこれらの事件を同一犯によるものだと疑っているようだった。

 カチャリとメガネを取り外しレンズを布で拭き始める。

「だから俺調べたいんだ。直接その場所を見てね。」

「聡別に関係ないよね?どうしてそこまでして調べたいの?」

「いやー、オカルト好きが転じて好奇心が芽生えたって感じかな。」

 再びメガネをかけるとすっかり冷めてしまったコーヒーをごくりと喉に流し込む。

 聡は無類のオカルトマニアであり、こういうことには目がなかった。

 美幸もそれでどこか腑に落ちたようだった。


 カフェを後にすると聡は美幸を車に乗せその現場まで連れていった。

「ほらこの辺。ちょうどあそこだね。花が置いてあるでしょ。」

「本当ね。可哀想に。」

「やっぱり看板が立ってるね。人通りも多いのに目撃者が出てこないなんて。」

「確かにそうね。でも時間が夜中みたいだからタイミングが悪かったのね。」

 坂に入る手前で車を路肩に止め、2人は坂道を登り出した。

「言っておくけどここでは振り返ってはいけぬいよ。いいね?」

「聡ほんとうにそういうの好きね。分かったわよ。」

 そういうと美幸は聡の悪ノリに付き合ってあげた。

 今日はあいにくの雨模様で、人通りも少なく、夜には天候が荒れるらしい。

 早く帰りたいなあと傘を差しながら2人は歩いた。

「これどこまで歩くの?1番上?」

「そうそう。写真を撮りたいんだ。このカメラで…って。あれ!?カメラ車に忘れてきちゃったみたい。」

 聡はこういう癖がある。ほんとうに忘れ物が多い。

 はぁ…と美幸はため息をつき、またこの坂降ってから登るのか?と聡に詰め寄る。

「いや、いいよ。俺だけ車に取りに戻るからさ。美幸は上まで歩いてて。」

「車で上まで行っちゃダメなの?」

「それじゃあ意味がないじゃないか。美幸にも何か違和感がないか見てて欲しいんだ。」

 そういうと聡は来た道を戻っていった。

もう!自分勝手なやつ!と憤るが、美幸は聡に言われた通りに上へと歩き出した。

 戻る聡を睨みつけてやりたかったが、振り返るなと念強く言われていたので、それもできない。

 ポツポツと雨足が強くなる。もはや自分以外に歩く人影は見当たらない。

 なんでこんな天気の悪い日に1人でこんな坂を登らなきゃならないんだと不満をこぼした。

 すると後ろから1台の車がやってきた。

ただ、美幸は振り返るなと言われているためその姿を見ることはできない。

 音が次第に近づいてくる。

どうやらかなりスピードを出しているらしい。

 一抹の不安を覚えながら万一にでもぶつからないように、歩道の端っこ側に体を寄せ歩く。

「もう。変な話されたからかえって怖いじゃない。」

 不満を呟くが、その相手はここにいない。

次第に車の音が近くなってきた。

 はやく通り過ぎて。なんだか気持ち悪い。

場所が場所だけに不安が募り、美幸は思わず振り返ってしまった。

え…?と呟くのと同時に美幸は車にはねられた。

 鈍い痛みが全身に走る。体は5mは飛ばされたであろうか。電柱にぶつかりそのまま地面へと落ちた。

 何が何だか訳がわからなかったが、美幸は車の方に必死で目を向けた。

 美幸を引いた車は路肩に停車した。

見たことない黒い車だったが、車の持ち主はドアを開け降りてきた。

黒い服に全身を包んだ男が降りてきた。

明らかに様子がおかしい。私はこの男に殺されるのかと感じたが、その顔には見覚えがあった。

「振り返っちゃダメって言ったじゃないか。」

聡だった。

 雨足が更に強くなり風もごうごうと音を立てている。

もはや人目は無いに等しかった。

「聡…意味分かんないんだけど…。」

力なくそう言うと、聡は胸にぶら下げたカメラをこちらに向けた。

「ありがとう。この前のは失敗しちゃって顔が潰れちゃってたから、助かるよ。」

 美幸はこれが最後のモデルの仕事となった。

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