おとろし

@nasuno41

流星群

 大地を踏み締める。すちゃり、すちゃり、と足裏に押された地面が弱々しく音を上げる。

 ここは雑木林を抜けた先にある丘の上だ。

空には満天の星空の絨毯が所狭しと並べられ、ぴしゃりと空気が張り詰めている。寒空でこそこの輝きがよく映えるのだろう。

 また、麓の方に向けるときらきらと並んだ街並みが黄色くおうおうと輝いている。

 時刻は午後20時を過ぎたところだ。

エウパロはただ待っていた。

「まだかなあ。もうずうっと待っている気がするよ。」

「そうだねえ。俺もおんなじ気持ちだよ。」

 そういうとアウリは手を頭の下に敷き、仰向けに寝転んだ。長いこと座っていたためか、腰が痛かったらしい。

「でも、先生は確かに今日だといったよ。」

「ああそうだね。でも、先生だって間違うこともあるさ。」

ぶっきらぼうにそう返す。

 アウリはエウパロより1つ年がうえだ。

同じ学校に通う彼らは家が近所ということもあり、よく学校帰りや休みの日に遊んでいる。

今日もそうした日々の1日に過ぎなかった。


 今日は学校の授業で、星空の勉強をした。

エウパロは自分より年の小さな子どもらと一緒になって、先生の話をしんしんと聞いていた。

「それでは、みなさんはこの地球から太陽まではどのくらい離れていると思いますか?」

 みな周りをきょろきょろと見渡すが、答えを知っているものは誰1人としていなかった。

 ただ、エウパロはそうした空気に耐えられなくなり、控えめながら手を上げた。

「はい。エウパロくん。どうぞ。」

「およそ1億と5000万キロメートルほどです。」

「そうです。よく知っていますね。みなさん彼に拍手を。」

 パチパチパチとまばらに拍手が響く。エウパロは極度の照れ性であるため、恥ずかしくなり俯いてしまった。

「なんだよ。そんなこと知っていたって、なんの役にも立ちやしないよ。」

 ぽつりとジルがつぶやいた。

彼は何かとエウパロにつっかかってくる。

自分よりも物知りな人におよそ嫉妬をしているのだろうか。だが、そうした言動はエウパロの胸によく突き刺さる。

「はい。では今日の授業はここまでです。あと、今日は流星群が見られるそうなので、皆さんもぜひ星空を眺めてみてくださいね。」

 流星群…!と密かにエウパロは胸を躍らせた。絵本ではよく読んでいたが、この目ではいままで一度も見たことがなかったからだ。

 けれど今日はお母さんが仕事で帰りが遅いから、妹の面倒をうちで見ていなければならなかった。

 妹はまだ4つほどの年齢で、ひとりでは留守番などできるはずもない。

 そんなことを思い出し、はぁ…とため息をつく。

 そんな事情を知ってか知らずか、ジルがエウパロに話しかけてきた。

「今日はお父さんとお母さんとサダン川のほとりで星空を見るんだ。君も見れるといいね。」

 周りからすれば優しい言葉に聞こえるが、本人にしてみればこれほど酷い言葉はない。

 エウパロの父は3年前、仕事に出かけた道中で急に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。父のいないエウパロには、両親と空を眺めるということが、もう二度とできない体験であった。

「ぼくは妹の面倒を見なければならないから、今日は空を見にいけないんだ。」

「妹だって?君はあんなに星空のことが好きじゃあないか。それなのに見られないのか。」

わざと驚いたような素振りを見せる。どこまでも嫌味ったらしいことだ。

「いいんだ。君たちは存分に楽しんでくれ。それじゃあぼくは帰るよ。」

 そういうとエウパロは、そそくさと教科書をかばんに仕舞い込み、教室を後にした。

 これ以上彼の戯言に付き合っていては、もう耐えられそうになかったのだ。

 その帰り道、後ろから声をかけられた。

「エウパロ!ちょっといいか?」

 振り返るとアウリがそこにいた。

今日の授業も一緒に受けていたが、アウリも流星群に興味があったようだった。

「今日は流星群が見られるんだろ?それなのに見に行かないのかい?」

「ぼくは妹の世話をしなければいけないんだ。見に行きたいけれど仕方がないよ。」

「妹の世話なんてたいしたことじゃないよ。たかだか1時間やそこら目を離していたって、何が起こるって訳じゃあないんだからさ。」

 エウパロのことを気遣ってか、どうやら流星群を見ようと誘っているようだった。

 妹の面倒はみなければならないけど、今は流星群を見たい気持ちでいっぱいだった。

「そうかい?そう思うかい?でもお母さんにバレたら怒られないかな?」

「大丈夫だよ。君のお母さんは夜の11時まで今日は帰らないんだろ?だったらそれまでに戻ればいいんだよ。」

「そうだね。そうしようか。じゃあ、お母さんが出かけるまでの間はうちにいて、出かけてから流星群を見に行こうか。」

 ついにエウパロは自分から見に行こうと言い出してしまった。けれど今や頭の中は綺麗な流星群のことで、他のことを考える隙間がなかった。

「わかった。じゃあそうしようね。夕方の5時には迎えに行くよ。あの丘の上から流星群を眺めようか。」

 そういうと2人は手を振り合いまたあとで、2つの方向に分かれていった。

 ただいまー、とエウパロがうちにつき、声をかけると、奥からおかえりー、と声が返ってきた。

「今日は星空の勉強をしてきたよ。難しい質問もされたけど、ぼくだけが答えることができたんだ。」

 うちにつくなり、さっそく学校で起きた出来事を母親に精一杯話した。

 エウパロの母は小さい頃貧しかったため、学校に通うことができず、こうした話をするとたいそう喜んで聞いてくれるのだった。

「そうかい。エウパロはすごいねえ。お母さんもそれを聞いて嬉しいよ。」

 妹とエウパロの分の食事をこしらえながら、優しく声をかけてくれる。

「悪いんだけど今日は仕事で遅くなるから、ミリアの分も食べさせてくれるかい?」

「うん。わかったよ。お母さんが帰ってくる頃にはすっかり眠ってるだろうね。」

 アウリとの約束のことは決して口にせず、母を気遣いながら妹の方にちらっと目をやった。

 無邪気に積み木を両手に持ちながら、何やら嬉しそうにそれを振り回していた。

 今のうちにうんと動いて、はやく眠っておくれ、と密かにエウパロは考えていた。


 夜になり日も暮れ、母は仕事へと出掛けていった。妹の面倒を見るのはこれが初めてではないためか、母もすっかり信用しているようだった。

 さて、じゃあ支度をしなければ。ミリアは向こうの部屋で遊ばせておけば良いだろう。

 昔父に買ってもらった双眼鏡や、母が誕生日にくれた星空の図鑑をかばんへと詰め込んだ。

 このクッキーのお菓子も持っていった方がよいだろうか?アウリもご飯は早く食べてくるだろうから、きっと小腹が空くはずだ。そうだ持っていってあげよう。

 そうこうしていると、玄関の扉を、コツコツと叩く音が聞こえてきた。

 とうとうきたか、と足早に玄関へ向かい、扉をあけるとアウリが立っていた。

「準備はできたかい?迎えにきたよ。」

「待っていたよ。さあ行こうか。」

「妹ちゃんのことは平気かい?」

「大丈夫。向こうの部屋でひとりで遊んでいるよ。」

「そうかい。それはよかった。じゃあ行こう。」

 2人はそういうと足早に丘のある方角へと歩いていった。悪いことをしていると感じているためか、エウパロはずっと胸がドクドクドクと波打つのを感じていた。きっと興奮もしているのだろう。玄関の鍵もかけるのを忘れるくらいだった。


時刻は21時になった。けれど一向に流星群は現れなかった。

「もうおしまいだよ。これ以上は俺の親も気にかけるだろうから。」

「そんなあ。もうちょっとだけ、ね?もうちょっとだけ、待たないかい?」

「ダメダメ。うちは親父がおかっないんだ。もうそろそろ帰るよ。」

 アウリは体を起こした。エウパロはひどく残念がった。あんなに楽しみにしていたのに、かけらひとつだって落ちてこなかった。

「君だって妹ちゃんをひとりきりにしてるだろう?あんまり寂しい思いをさせてちゃいけないよ。」

それはそうだが、最初に言い出したのはアウリじゃないか、と心では思ったが、今では自分の方がここに残りたがってるのを感じ、胸の内にしまった。

「そうだね。ぼくも帰るよ。お母さんが早く帰ってきてたら心配するだろうし。」

 そうして2人ともその場所を後にした。


街まで降りてくると何やら騒がしかった。きっとみんなも流星群を見たかっただろうに、残念がってるのだろうかなどと考えながら歩いていたら、人だかりを見つけた。

「おい、あれ、君のうちの方じゃないか?」

 アウリがそうつぶやいた。

確かにそうだ。あそこはぼくの家の方だ。

何やら嫌な予感がした。

 人混みをかき分けなんとか前の方に出ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。

「ああ、なんてことだ…。」

アウリと2人して立ち尽くした。

 エウパロの家がぼうぼうと大きな音を立てて燃えていたのだ。

 火の勢いは止まることを知らず、屋根や柱の骨組みがあらわになっていた。

 また、燃えた灰が空を舞い、冬の空にしてまるで雪のように見えた。

「隣のうちから火が燃え移ったってよ。家の中にゃ誰もいないといいがね。」

 見物人がそのように言うのを耳にした。

妹が取り残されているのを知る者はいないようだった。

「います!うちにはぼくの、ぼくの妹が!」

なんだって!?とどよめきが広がるが、もう助けられるような状況ではなかった。

消防士が中に入れないか色々と模索してくれているようだったが、この状況ではあまりに危険すぎるということで、放水に専念することになった。

 そしてただただ燃え上がる火の前に、ぼくはなすすべもなく打ちひしがれていた。



 母が戻ってきたのはそれからどれほど経ったときのことだろうか。

 地元の消防士から事情を聞き、かなり動揺しているようだった。

「エウパロ…ミリアちゃん…いなくなっちゃった…。」

 母がそう声をかけてきた。うん…と力なく返事をするほかなかった。

 事情を知らない母はただ優しくエウパロを胸に抱き寄せた。実感が湧いていなかったが、もう妹とは会えないんだというのが少しずつ感じられ、エウパロはわんわんと泣いた。

 エウパロがどこにいたのかについては、なぜか聞かれることは無かった。彼自体おさなかったし、火元も隣だったということで、エウパロは何か責任を問われるようなことはなかった。

 新しい住まいは親戚が用意してくれて、家事から3日後にはまた学校へ通うことができた。

 教室の中では火事のことに触れるものはなく、どうやら先生があらかじめ書かないようにみなに注意していたらしいことをアウリか聞いた。

 事情を知るアウリを除いて、他に人たちは優しく接してくれて、ジルに至っては妹のために花を買ってきてくれた。そうした思いやりが彼には辛く感じた。

 アウリとはそれ以来疎遠になり、横の席についてもおはようと一声かけるだけになった。

 もちろん星の話なんてすることもなかった。

 


 ある夜エウパロは窓の外に目を向けた。

そこには見かけたことのない強く光る星があった。彼はそれにミリアと名前を付けた。

 流星群は今でも見ることができていない。

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