第10話 捨てられ王子、油断する





「――ってことがあったんだ。近いうちに結婚式するから、お前らも来てくれよな!!」


「「「……」」」



 数週間ぶりに会った部下たちは、俺の話を聞いて顔を見合わせた。


 彼らは今、捕虜という立場にある。


 しかし、これと言って何か不遇な目に遭っているということは無かった。

 戦場で培った治癒魔法の腕前を生かし、帝都の治療院で給金を貰って働いている。


 今日は彼らを俺の部屋に招いて互いの近況を報告し合っていた。


 俺は帝城から出られないが、彼らの話を聞いていると帝都には面白いものが沢山あるようで、この時間が好きだった。


 部下たちは俺の話を聞いて一言。



「「「「「どうしてそうなった!?」」」」」


「うわ、びっくりした」



 全員が揃って同じ台詞を言った。



「うちの隊長、何者なんだ?」


「なんで大国の女帝と第七皇女と結婚する流れになってんだよ……」


「親子丼、か。もげちまえば良いのに」


「もぐだけじゃダメだ。この人はどんな怪我でも再生するからな。イチモツをぶった斬ったら封をしなきゃ」


「ダンガン副隊長はどう思います?」



 部下の一人が副官に意見を求める。


 戦場で眠っている俺の腹を頻繁にド突いて起こすアイツだ。



「いやまあ、少し打算的なことを言うが、悪いことではないのでは? 正直、王国は年々疲弊していました。いくら帝国の侵略を止めるために各国から支援を受けていると言っても、限界はありますし」


「「「「「……」」」」」


「な、なんだ、お前たち。何故そんな目でオレを見るんだ?」



 ダンガンは良くも悪くも生真面目な男だ。


 国に対する忠誠心というか、護国の精神が非常に強く、侵略者に対して苛烈な性格をしている。

 しかし、ダンガンは俺の見ぬ間に随分と丸くなっていたらしい。


 帝国と和解するなら良いことだと言った。


 それを聞いた他の部下たちは何か理由を察したようで、楽しそうにニヤニヤ笑っている。



「なんだ? 皆何か知ってんの?」


「あ、そっか。殿下は知らないんでしたっけ。ダンガン副隊長ってば、帝都の酒場で知り合った女の子と良い感じなんですよ」



 ほほう!!



「そこ詳しく」


「酒場で給仕をしてる女の子みたいでして。どうも酒場で会う前に馬車との接触事故で大怪我をして治療院に運ばれてきたらしいんですよ。それを傷一つ残さず治しちまって、女の子から猛アプローチを受けてるみたいです。ちらっと見ましたけど、素朴ながらも明るい子でしたね」


「まあ、つまりは天下の副隊長殿は、殿下と同じ状況になりつつあるということです」



 他の部下たちがニヤニヤと話し、それをダンガンは耳まで顔を赤くしながら黙って聞いている。


 あの生真面目なダンガンが恋愛とは。



「嬉しいような、寂しいような気分だなあ」


「あんたどの立場に立って言ってんだ。……コホン。雑談はこれくらいにして、殿下にお伝えしたい情報があります」


「ん? 何? ダンガンも結婚すんの?」


「……まだ付き合い始めたばかりですし、自分は殿下ほど思い切りが良くないので、まだ未定です。って、そうではなく!!」



 ダンガンが真剣な面持ちで言う。



「どうも帝国の中枢に殿下を邪魔に思っている者が多いようです。気を付けてください」


「え?」



 本当に真面目な話でビックリしてしまう。


 他の部下たちも今までと同様、雑談するつもりで遊びに来ていたようで、急な真面目な話に表情を変える。


 俺はダンガンの言葉に耳を傾ける。



「どういうことだ?」


「帝国の中枢、つまりは女帝アルカリオンの執政を支える大臣らですね。彼らは食っちゃ寝してるくせに女帝や第七皇女とイイ感じの殿下が気に入らないみたいです」


「……まあ、冷静に考えたら俺って何もしてないニートだからな。真面目に働いている人からしたら邪魔だろうなあ」


「にぃ? よく分かりませんが、とにかく帝国の中枢は殿下への不平不満でいっぱいらしいですよ」



 どうやらダンガンは酒場で知り合った帝城勤めの兵士から情報を集めていたらしい。


 帝国の大臣らの間では俺への不満の嵐だとか。



「まあ、その殆どが言ってるだけの、いわばただの悪口なわけですが……」


「その言い方だと、一部は本気で排除しようとしてるみたいだな」


「はい。流石に力ずくでどうこうしようとする可能性は低いでしょうが、そういう勢力もいるようです。念のため気を付けてください」



 流石にアルカリオンやローズマリーの反感を買ってまでどうこうしようとする者がいるとは思えないが……。


 しかし、信頼する部下からの警告だ。心に留めておいた方が良いだろう。


 そうこうして、その日はお開きになった。


 部下たちが部屋を出て行き、俺はローズマリーとアルカリオンが来るまで一人で休む。


 最近、俺は毎晩二人と同じベッドで過ごしている。

 アルカリオンが手本を見せて、ローズマリーはテクニックを上達させる。


 互いに対抗心を燃やしているせいか、二人に挟まれるエッチは激しめで、とにかく気持ちいいのが終わらない。


 まさしく至福の時だった。


 と、そのタイミングで何者かが俺の部屋の扉をコンコンとノックする。



「お? キタキタ!!」



 俺はアルカリオンとローズマリーだと思って、二人を出迎えようと扉を開いた。


 しかし、扉の向こう側には誰もいない。



「あれ? たしかに誰かがノックしたと思ったんだけどなあ……。気のせいだったかな?」



 俺が部屋の中に戻ろうとした、その直後だ。


 後頭部に鈍器で殴られたような強い衝撃を受けて俺は気を失ってしまった。


 怪我は即座に『完全再生』で治したが、気絶してしまってはどうしようも無い。

 いや、俺の『完全再生』なら気絶すらも治せる可能性は十分にあるが……。


 毒や呪いのように何度も食らったことで無意識に治せるほど、俺は気絶したことが無い。


 油断した。


 ダンガンから警告を聞いた直後にこの体たらくなのだ。

 弟に王位や婚約者を奪われても不思議ではないくらいの無能だな、俺は。























sideアガーラム ???視点





「お嬢様、本気で脱走なさるおつもりですか?」


「当たり前ですわ」



 由緒あるアガーラムの王城。


 歴史を感じさせるその城の一画には私を幽閉しておくための部屋があった。


 私はその部屋で五年の月日を過ごし、ただ一人の信頼する侍女を除いて、他の誰とも接しないようにしていた。


 新しく婚約し、結婚した王ですら、最後に会ったのは何年前だろうか。


 元々新しい王が私を婚約者に据えたのは、彼から私を奪ったという優越感に浸りたかったからに過ぎない。


 結婚初夜に来なかったのがその証拠。私への愛など最初から無い。



「なら私が私の愛を優先したって良いじゃない」


「……そうは言いますが……」



 私の鋼よりも硬い意志を知りながらも、苦言を呈してくる侍女。


 この辺りでは珍しい黒髪をポニーテールにした美女である。

 悔しいことに、スタイルは同性の私から見ても抜群だ。


 まあ、私も負けていないけどね!!


 大きさでは一回り私の方が小さいけど、形なら彼女よりも整っている。


 私は彼女に力説した。



「やるなら今。今しかないのですわ」


「何故そこまで?」


「聞けば、彼はドラグーン帝国の捕虜になったそうね」


「……そう、ですね……」



 私が彼と呼ぶのは一人しかいない。


 私の前の婚約者であり、愛しい人であり、私の全てと言っても過言ではない人。



「もし仮に、彼が帝国で辛い目に遭っていたとしたら?」


「お嬢様……」


「私は思うのです」



 やるなら今しかない。何故なら――



「颯爽と助けに現れる私を見て、きっと彼はこう思うはずですわ。『きゃっ、素敵!! エルザ、俺のお嫁さんになって!!』と!!」


「本当に私欲にまみれてますね、この駄嬢様は。国王陛下では駄目なのですか?」


「あれは無理ですわ。あんなクソガキ、私には相応しくありませんもの」



 この数年でアガーラムは荒れてしまった。


 各国から多数の支援を受けているのを良いことに、その一部を国のために使わず、懐に入れる者が少なからずいるのだ。


 真面目に働いていた官僚は早々に辞めるか、腐った官僚に影響されて腐ってしまった。


 もはやこの国は駄目なのだ。



「彼ならこうはならなかったはずですわ」



 彼は貴族社会から孤立していた。


 当然のことながら、物事には理由というものが必ずある。


 良くも悪くも彼は無能だった。



「貴女も知っているでしょう?」


「まあ、はい。有名な話ですから」



 彼は一度、長年王国を支えてきた大臣を先王に願って罷免させたことがある。


 その大臣は婚約者のいる町娘を屋敷に連れ込み、酷いことをした。


 町娘の恋人である青年が王城に勤める兵士であり、その兵士が嘆いている様子を彼が偶然聞いていたのだ。


 驚いたのはその後の行動力。


 彼は父である先王に願い出て調査をし、事の真偽を確かめた後、大臣を罷免させた。


 大臣とその派閥に属する貴族たちは猛抗議したが、その際に彼の言い放った言葉は今でも忘れられない。



――いや、強姦魔が国の偉い人とか色々終わるでしょ。



 大臣が罷免されることで、国には少なくない影響が出る。

 それを理解していなかった彼は、多くの貴族から愚か者の烙印を押された。


 でも、だからこそ私は彼に惚れた。


 悪事を悪事として裁くことができる為政者が、果たしてどれだけいるか。


 そのせいか、彼は民衆からの評価は高かった。


 彼に足りなかったのは、その後の影響を最小限に抑える権力と、貴族たちに敬遠されないためのコミュニケーション能力だろう。


 しかし、それらは別の誰かが補ってしまえば解決する話である。


 例えばそう、私とか私とか、あと私とか。



「つまり!! 彼には私が必要!!」


「はあーあ」


「ちょっと。今、溜め息吐きまして?」


「気のせいです」



 まあ、別に良いわ。



「さあ、行きますわよ!! この五年間、大人しくしていた甲斐もあって見張りの兵士も油断していますわ。逃げるなら今ですわー!!」


「……畏まりました。まだまだ未熟者の身ですが、駄嬢様の道は私が切り開きましょう」


「あら、頼りになりますわね!! でも次に駄嬢様って言ったらぶん殴りますわよ!!」



 こうして私はアガーラムの城から脱走し、帝国へと向かった。


 そこで私が知ったのは、彼が帝国の女帝や第七皇女と婚約し、その数日後に行方不明となってしまったことだった。



「いや、どういうことですの!?」



 私は思わずそう叫び散らしてしまった。


 昔から突拍子もないことをする人ではあったけど、まさかここまでとは思っていなかった。


 何がどうなったら敵国の女帝とその娘である第七皇女と結婚することになったのか。


 もうパニックである。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「もいだ後でガムテープ貼っとけば再生しないのか……」


レ「ヒエッ」



「部下にももがれそうなの草」「元婚約者キター!!」「封印の仕方判明して草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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