第12話 とぐろをまく

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 時はちょっと飛んで、いまは授業あいだの休み時間。

 ぼんやりと座り込んだわたしは、未だにある疑念を頭の中でぐるぐるさせているところ。


 ──赤羽夕子、昨晩の魔法少女説。

 声や顔、背格好が似ているというだけでは確証には至らないのだけども。

 もしそうなら、辻褄が合う事柄がいくつかある。


(その一、昨日の1時間の離席)


 赤羽が授業途中で抜け出して、1時間後のまた授業途中で帰ってきたという件。

 昨日の衝撃の告白──実はスゴい便秘である──と合わせて考えてあげれば、なんとなくトイレに1時間篭っていたのかな、と見当をつけることができるけども。

 常識的に考えてそんな訳ないだろ。


(だから、わたしと同じ便だったと考えるのが自然)


 なんらかの、やむを得ない理由で離席しなければならず。

 なおかつ、その理由はあまり公にできないタイプのものである、と。

 そしてそれは、『単に授業をサボりたかった』という不良少女のそれでないことは、なんとなく普段の生活から見て取れる──

 

 思索から一旦離れて、現実に意識を戻す。

 疑惑の彼女を目で追った。

 赤羽はというと、ちょっと離れた席で誰かと話してるようだった。


「──でさ、今日の宿題なんだけどぉ.....」

「地理の授業よね。またやってないの?」

「そうなんだよねぇ......お願いこのとおり!」


 そんなことだろうと思ったわ......と持ってた教科書を見せる赤羽。それを覗き見る前髪ぱっつんの女の子。

 どうやら宿題を写させてあげてるらしい。


「いつも助かる〜! ごめんねぇ、最近部活が忙しくって......」

「私と部活でしょ。言い訳ナシっ」

「いてっ。 両立できてる方がおかしーんだって〜」


 ぱっつんにぽつんとチョップをかます赤羽。

 転校二日目でも分かる、『いつものじゃれあい』って感じが見て取れた。


 ──見ての通り、不良とは真逆の雰囲気。

 そんな彼女が授業を1時間も離席したのだから、それなりのぶっ飛んだ理由があるはずだ。

 それこそ、魔法少女として世界の平和を守るべく戦ってる、とか......



(その二、昨日の別れ際の言葉)


 陸上部の勧誘活動のインパクトが凄かったけど、よくよく考えたら引っかかることを最後に言われたんだった。


(「今朝も事件、起きてたみたいだから」だっけ)


 事件というと、十中八九わたしが殴り飛ばした一般拳銃密輸男性のことなんだろうけど。

 重要なのはということ。


(わたしが見たのは、夕食の時のニュースがようやく)


 あんまりこういうのには詳しくないんだけど、事件発生と逮捕から、ニュースになるまでそれなりの時間がかかるはずだ。

 だから少なくとも、普通に学校生活を送っていた赤羽が、事件のことを知っているはずがない。

 ......本当に普通の学校生活を送っていれば、の話だけど。


(ひとつだけ、彼女が事件のことを知れるタイミングがあった)


 仮定に仮定を重ねた、あまりに脆い推理ではあるんだけど。


(もし彼女が、魔法少女だとするならば)

(もし彼女の1時間の離席が、魔物の出現に勘付いて、様子を見に行くためのものだとすれば)

(もし彼女の勘付いた魔物というのが、わたしが殴り倒した例のあの人のことだとすれば)


 彼女の見たであろう光景は、何だろうか。

 魔物は既に倒され、警察に身柄を確保されている男性の姿を見かける可能性も、あるかもしれない。

 つまりは。

 彼女が魔法少女なら、事件のことを知っていても、なんら不思議はない、ということ。


 そしてそれは。

 わたしを燃やしてきた相手が、わたしが拳を向けた相手が。

 声をかければすぐ届くぐらいの距離感で、学校生活を共にしていることを意味する──


 キーン、コーン、カーン、コーン。

 チャイムの音が、尖った思考を寸断した。

 自然と細まっていた視界が、通常のそれになる。

 がたがたと音を立てて、おのおのの席に戻る生徒達が見えた。

 休み時間の終わり、授業の始まり、だ。



 結局疑念を巻いてもキリがなかったけど。

 確かな結論が一個だけできた。


(......地理の宿題。わたしも見せて貰わなきゃ)


 やってないので。


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 ──赤羽と話す際には、細心の注意を払わなければならない。

 わたしは彼女に対して、昨晩の赤い魔法少女であるという確信にも似た疑念を抱いている。

 けど彼女の方はどうだろうか。

 会話がきっかけとなって、黒い魔法少女と黒河鳥帳という人物が結びついてしまうかもしれない。

 あるいは、もうとっくに勘付いてしまっているのかも。

 見た感じ、そうした敵意や疑いを孕んでいるようには見えないが、単に表には出してないということも考えられるわけで。


 なんであれ、彼女と2人きりになるのはやめて置いた方がいいだろう。

 蛇が出そうなヤブには、そもそも近づかない方が良いに決まってる。


 ......決まってる、んだけど。


「ああ黒河、赤羽。ちょっと掃除班について連絡がある」


 先生からの呼びかけに、なんだか嫌な予感を感じてしまう。

 そしてこの島に来て以降、嫌な予感が外れた試しがない。悲しいことに。


「知ってると思うが、我が校では全校生徒で掃除する時間が設けられている。

 それで、諸々調整した結果、お前たち二人は理科室の当番になった。頼めるか?」

「わかりました」

「......え?」


 つまりは、何。

 藪が鬱蒼と茂るジャングルに、飛び込まざるを得なくなってしまったらしい、ってこと。


 赤羽と顔を見合わせた。

 色々教えてあげるわ、と微笑む彼女の顔が、一瞬蛇のように見えた気がして。

 幻覚だろうか。

 幻覚であってほしいカナって。切実に......


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はねるからすの魔法少女。 どろこ @dorokokoko

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