第5話 トイレより出でてトイレに消ゆ
あれから紆余曲折──公園の公衆電話からあの人を通報して、警察が来る前にトンズラして、人の目を避けながら学校の女子トイレに辿り着いて、地味〜な演出の変身解除を遂げる──を経て、学校に戻ることができた。
そう。やり切った感を演出してしまったが、その実1時間ほどしか経ってない。学校はまだ終わってない。
ステッキは服の中に隠してある。ダボッとしたシルエットの出ないやつでよかった。あとでこっそり鞄にしまい込んでおこうっと......
そんなこと考えながら教室に入った矢先、先生に声をかけられる。
「玄河!?どこに行ってたんだ、心配してたんだぞ!?」
──こうなると予想していた。
わたしがトイレに消えたのは2時限目の開始前。そして今、トイレから姿を現したのは3時限目開始前。
空白の1時間を埋めるためには、何かしら嘘をつかなければいけない。
まさか本当のこと、魔法少女として拉致されて活躍してましたなんてことは言えないので。
カバーのエピソードは考えてある。体調不良で1時間まるまるトイレに籠っていたんです......
......死ぬほど恥ずかしくなってきた。でも実行に移すしかねえ。
「せ、先生あの!トイレで......その.....」
「あ、ああ〜。なんだ。その、無理に言わなくていい。皆にも言わない。
......けど無理せず保健室とか頼るんだぞ。できれば病院にも行った方がいい。若いうちに治しとかないと大変だしな......」
うちの奥さんも一度篭もるとなかなか出てこないんだ、と小さい独り言をこぼす先生。
一から十まで言わされるのかと思ったけど、勝手に察してくれたみたい。
これなら軽傷だ、先生にすごい便秘女だと勘違いされていること以外は。うわあああん。
「......そういえば玄河、赤羽のこと見なかったか?」
「? 見てませんけど......」
「そうか困ったな......2限の途中に出てったきりまだ戻ってきてないんだ。」
保健室に行くって言ってたけど、保健室担当の先生から特に連絡貰ってないしな......とこれまた先生独り言。
──赤羽。自分の席から、いっこ前の席の子。
わたしがトイレに消える前、最後に話しかけてくれた子。しゃっきりした声が印象的。
それこそ授業をブッチして遊び出すような性格には見えなかった。成績優秀文武両道。第一印象としてはこんな感じ。
わたしが突如いなくなったように、彼女もまた忽然と学校から姿を消したという。
人は見た目によらないというのか。それとも、
(彼女こそ、本当にすごい便秘なのかもしれない......)
......アホらし。魔法少女の諸々で頭が疲れてしまってる。
チャイムが鳴った。授業が始まる。席に戻ろう。
......件の彼女が帰ってきたのは3時限目の途中だった。
距離的な関係で、先生と交わしてた詳しいやり取りは聞こえなかったけど、「トイレ」の一言だけはなぜか拾えた。イヤな地獄耳。
きっと彼女も勘違い一時間便秘仲間だ。うふふ。はぁ......。
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時間は流れて4時限終わり、昼食も終わり。これから昼休みなのだけれども、なんか忘れているような気がするような......
「玄河さん。今朝の件覚えてる?」
うわあビックリした.....!赤羽さんからコンタクト。立って話す彼女を座って見上げる形。なんだか勝手に威圧感を感じてしまう。
「......ぁ、もちろんです!」
......そうだ。記憶から引っ張り出せた。転校初日の自己紹介のあと、先生からこんな話をされたんだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「昼休みに各種教室の案内をする......と言いたいところだが、今日はちょっと会議の予定があってな。赤羽頼めるか?」
「任せてください」しゃっきり。
「はい.....」ぼんやり。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
つつがなく、で済ませてた一幕の中身。正直魔法少女の一件で吹っ飛びかけていた。
「そう、それならさっさと済ませましょ」
「は、はい」
席を引いて立ち上がる。彼女に先導されて教室の外へ。
あわよくば、先の授業途中退席の件について聞いてみよう。
密かに気になってたのだ、約1時間も授業をサボって何をしていたのか。
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彼女──
「ここが理科室で、その隣が理科準備室。提出物とか授業前の時は──」
声質そのものはツンケンした高めの物だけど、喋り方には快活さと落ち着きの両方、そして何より自信も備わっている。
それは出で立ちと立ち居振る舞いも同じ。
赤みがかった黒髪のツインテール。つり目の可愛らしい顔立ち。しゃんとした姿勢で脚もすらりと長い。
元の素材がいいのに、滲み出る自信も相まって、立つ歩く振り返るといった何気ない動作でさえ絵になっている。惹きつけられる。
前の席の子というふんわりした認識が、細やかな赤羽夕子という像に置き換わって行く。
......どうせ人となりがわかっても、転校したら無駄になってしまうのに。
「何か気になることあった?」
「い、いえ!何も......」
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彼女と校内を巡っていく。
視聴覚室、音楽室、トイレ、体育館、プールと更衣室、トイレ、職員室、トイレ、校長室、トイレ......
いや、これ、
「あの、トイレって案内しなくても良くないですか......?」
──ピシリ、と赤羽が固まった。
そのせいでちょっと追い越す。おかげで見えた表情も、カチンコチンに固まってた。
空気が一段冷え込む錯覚。校内の喧騒もどこか遠くに感じてしまう。
なにかマズいこと言ってしまったんだろうか。トイレか。トイレなのか!?
「......先生から聞いたわ。
困ってるんでしょう、お通じで」
「......ぇ?」
お通じ、というのは便通のことで。
便通で記憶に新しいのは、2時限目の欠席理由の......
......あの先生漏らしたな!?あぁいやこの場でこの表現は誤解を招く!
と、とにかく話を合わせなくては。
「そ、ソウデス......」
「困ったら気兼ねなく相談してちょうだい。その......私もそうだから」
一瞬考え込んで、しまった。
そうって......何が?
文脈的に......お通じが。
理解を拒んだはずの脳が、度し難い真実を導き出していく。
つまり彼女はシンパシーを感じているのだ。......便秘女であることに。
気遣ってくれているのだ、各所のトイレを教えることで。
わたしのことも......便秘女だと思っているから。
ここまで導き出せば、結論は言うまでもない。
「は、ハイ。頼らせていただきます......」
細やかな赤羽夕子の像、その一側面に。
すごい便秘であることが加えられてしまった──
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