第4話 ステッキ・セット・アップ
「パンチャあああああああ!!!!!!!!」
角度、身体の捻り、裂帛の気合い、どれを取ってもベストな振り向きパンチ。
狙いは無防備なその背中。服と肉と骨とあとなんかよくわからん感触が拳に返ってくる。
与えられた圧倒的運動エネルギーのまま、公園内を二転三転吹っ飛んでいった男。
渾身の一撃が綺麗に入った。あれを喰らったなら生きて帰れまい。確信が拳から、ひいては全身から感じ取れる。ああ、なんて高揚感.......
「って殺しちゃダメーッッッ!!!!」
浸ってる場合じゃない!!!!!!
ターゲットはあくまで男に取り憑いた魔物!第1目標は男の気絶!それを『生きては帰れまい』だなんて!罪のない人間を殴殺してしまったなんてことになったらわたしは......わたしは......
「自首して罪を償ってから死のう......」
「その必要はないよ〜」
コルパが上空から降りてきた。
「死体確認をしてきたんだ〜。結果は死者1匹と軽傷者1人。あれだけスゴいパンチを浴びせたのに、ダメージが入ったのは魔物だけなんだ〜」
「......ぇと、つまり?」
「君は男を殺してないし、魔物は倒して仕事を完遂したってコト〜」
あぁぁ〜ああぁぁあぁ。よ、よ、よ
「よ、よ、よかったぁ〜〜」
理解した瞬間、全身の力が一気に抜ける。
安堵でなんだかへたりこんでしまった。殺人犯にならずに済んだ、魔物も取り逃さなかった。男も大きな怪我は負ってない。そうか、良かった、よかった........
───────────────────
あれからしばし一呼吸。
安心したらしたで、色々疑問が湧いてきてしまった。
コルパに質問をぶつけてみよう。視線を投げかけたら、ばっちこいの雰囲気を返してくれる。
「......あの男の人って、元は普通の人なんですよね」
そこで寝っ転がってる人を指さす。怪我は重くないらしいけど、気絶したまま動かない。
「多分ね〜」
「なんであの人拳銃持ってたんですか。銃刀法はどうなってるんですか」
「知らな〜い」
そんな殺生な。
「少なくとも、魔物が持ち込んだり、乗っ取った上で調達したわけじゃなさそうだよ〜」
それはそれとして、ととんでもないことを漏らすコルパ。
「結構このタイプの町──海上都市って、密輸犯罪のシンジケートになりがちなんだって〜」
だからチャカとかヤクとか見つかっても不思議ではない、と。
ということはつまり......
「あの人って、もしかして犯罪者?」
「あとで警察に通報しとこ〜ね〜」
自分の足元が、ガラガラと音を立てて崩れていくような。
それでいいのか法治国家ジャパン。海上都市って、日本だけで7個ぐらい建ってた気がするんだけど。
眉間を揉みほぐすことで耐える。
「もういっこだけ質問させてください。
さっきのパンチで......その、そんな都合の良い現象が起こるもんなんですか」
乗っ取った魔物だけにダメージを与えて、男は軽傷で済むなんて。
「多分〜、魔法だよ〜」
昨日ならば信じてない言葉、今ならあるていど信憑性のある言葉。
「呪文、唱えてたでしょ〜?ステッキも持ってたし。魔法なんじゃないかな〜」
戦闘前にコルパが言ってた、魔法の発動条件。ステッキを構えること、イメージすること、呪文ぽいものを唱えること。
トドメは魔法だったんだ。パンチの。
「パンチの!?」
「パンチの〜」
「それにしても、やっぱり見込んだ通りだよ〜。キミには才能があるんだ〜」
「さ、才能?
そうじゃなくて〜、と言葉を考える様子のコルパ。
「キミには魔法の才能はなかったけど、魔法少女の才能があったってコト〜」
わかんなくていいよ〜、とはぐらかされる。詳しく答える気はなさそうだ。
疑問符が頭を埋め尽くした。魔法の才能じゃない、魔法少女の才能ってなに?
「......そろそろ、帰ってもいいですか?身も心も魔法少女になっちゃいそうで」
日常に帰らないと脳みそが侵食される。気がする。
「そう言いたいところだけど〜、もうちょっとやることがあるんだな〜」
ン、とコルパが視線を向けた先。
私の手、じゃなくてステッキ。
「それが、魔法行使ユニット兼、変身アイテムのステッキくんだよ〜
今回はボクが変身させたけど〜、」
無理やりね。
「次からは〜、ステッキを使って変身できるようになるんだ〜
今回はその初期設定〜」
「は、はぁ」
ステッキの初期設定。と言われてもピンと来ないんだけど、どうせ終わるまでは解放されないだろう......
そんなことを考えていると、コルパはどこからともなく説明書を取り出した。器用に翼で持ち上げて、内容を読み上げ始める。
「セットアップ手順〜。
1.ステッキの尻尾をつまんだ状態で。
2.ステッキのお腹を6回ノック。
3.スリーカウントで録音が始まるので、
4.キーワードを録音させる。
5.終わったら頭を強く握って保存。
以上〜」
......読み上げたんだからやれよ。みたいな視線を向けられても困る。
ステッキの尻尾、お腹、頭......????
えと、片端にサラサラの毛束が生えてるから、こっちが尻尾だと仮定して......。ステッキの真ん中らへん、お腹を6回ノック。
「ソッチハ、背中デス」
「うわぁ!?」
そういえばこのステッキ喋るんだった。わからんて、棒の背中とお腹なんて。
「キーワードを言うのが変身の合図だから〜。暴発しないように普段言わない言葉の方がいいよ〜」
でも咄嗟に言いやすいものでもあるとよい、とも。
コルパからのアドバイス。
なんだけど、なんだか逆に考え込んでしまう。えーっとえーっと、普段言わないけど咄嗟に言いやすい言葉言い淀まない言葉......
「キーワードノ設定ヲ始メマス。」
「えっ」
考えこんでるうちに6回つついちゃったのか、勝手にステッキが喋り始めた。
「スリーカウントデ録音シマス。スリー、トゥー」
「わーっまってまって!」
「ワン!」
「ささみシソの葉はさみ揚げ!!!!!!」
頭をギュッ!
.......
「設定ヲ保存シマシタ。キーワードハ、『ささみシソの葉はさみ揚げ!!!!!!』デス」
録音を再生するな.....!!!
「好きなの〜?ナントカはさみ揚げ」
「ちがいます......うう......」
直前に思い浮かんだのがトイレでのコルパとの会話だっただけなんです......昨日の晩ご飯のお惣菜だったんです......。
「ちなみに〜。1回決めたら90日は変えられないらしいから〜。はさみ揚げで頑張ろうね〜」
説明書をひらひらしていた。
はさみ揚げなのか。90日間2140時間129600分の間はさみ揚げ......はさみ揚げの魔法少女......
「セットアップはこれで済んだみたいだね〜。『変身解除!』って叫べば、簡単に元の姿に戻れるから。誰も見てないところでやってね〜」
それじゃあボクはこれで〜、と飛び立っていくコルパ、見送ることしかできないわたし。
未だに脳みそがはさみ揚げに支配されていたからだ。
吹いた風が、ショートマントを撫でていく。
──えらく流されるままだったけど。実感が無いなりに、わたしはこの島の平和を守ったんだ。
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