第二十九話 挟撃!?

――ピピピピピピピピッ!!


警告アラート! 後方至近ニ動体反応、複数ヲ検知!」

「ふぇっ!?」


 『狼』たちを倒して、ほっと息をついた……その直後。

 すぐ隣に浮いていたシルフィード・エッジから突然に警告音が鳴り響いて、私はぎょっとして振り返る。

 続いて目に入ってきたのは……私を慌てさせるには十分すぎる状況だった。


「ウソ……ッ! いつの間に!?」


 私の背後、魔導銃使いガン・ウィザードのおじさんたちとは逆方向の草原。

 そこから、ガラの悪そうな男たちが一斉に姿を現した。


 手には剣やメイス等の近接武器、身体にはぼろっちく薄汚れた防具。

 明らかに賊っぽい雰囲気の男が四人、草原から石畳の道へと飛び出し、最後尾の幌馬車へと肉薄する!


「あぁっ!? そっちはダメ!!」


 ……そこには、サーシャさんとミーシャさんが!!


「クレオさん、大変です! 賊の人たちが、反対側からも!!」


 私は慌てて大声をあげて、クレオさんたちに助けを求めた。

 けれど彼ら自警団の面々は、魔導銃使いガン・ウィザードたちから集中射撃を受け続けていて、完全に釘付け状態。

 自分たちの身を守るだけで精一杯の様子で、私の声も聞こえていないようで……。


 ……ダメだ、私が何とかしないと!!


 今にも最後尾の幌馬車に襲い掛かろうとしている男たちを指さし、私は命じる。


「シルフィード・エッジ! モード:ニード――……」


――ピピピピピピピッ!


警告アラート! 前方ヨリ魔導収束反応!!」

「ッ!?」


 再び、マルコからの警告。

 意識が咄嗟に防御へと傾き、私の周囲にエメラルドグリーンの障壁が展開される。


――バララララララララッッ!!


 次の瞬間、長く連なる破裂音と同時に。

 私を囲む球形の障壁に何かが次々とぶつかり、弾けた。


――ガガガガガガガガッッ!


 削岩機が岩や壁を削る時のような、激しい音が耳朶を叩く。


「ひゃあっ!?」


 思わず身体がびくりと震えて、視線が下に落ちる。


 ……ッ! 頑張れ私、怖がってる場合じゃない!


 心の中で自分を励まし、きつく閉じた目を開けて前を見ると……。

 視界に入ってきたのは、草原の中に立つ二人の男の姿。


 二人とも革っぽい素材でできた防具を身に着けていて、短くて黒い魔導銃をこちらに向けてニヤニヤしている。


 目の前の人間が自分に銃口を向けている……という状況は、思った以上に恐ろしく、今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られるけれど。


 ……逃げちゃダメ! この人たちをやっつけて、二人を護るんだ!


 きゅっと唇を引き結び、男たちを睨みつける。


「新タナ目標、計六。識別コード再設定、タンゴワンシックス


 マルコがそう告げて、私が攻撃を命じようと口を開きかけた……その時。


「きゃぁああっ!」


 幼く高い声での悲鳴に続いて、


「ミーシャ!? やめて! ミーシャを、妹を返してっ!!」


 サーシャさんの叫び声が響いた。


 ……しまったっ!!


 慌てて声が聞こえた方向、最後尾の幌馬車の方を見る。


「ぐっへへへ、捕まえたぜ? お嬢ちゃん」

「いやぁぁっ、触らないでよ!」


 目に飛び込んできた光景は、今の私にとってまさに最悪なものだった。


 踊り子の衣装を纏った、月白色の髪の女の子……ミーシャさんが、賊の男の1人に捕まって幌馬車から引きずりだされていく。

 それを追って飛び出したサーシャさんも、他の男二人に背後から羽交い絞めにされて捕らえられてしまった。


 ……どうにかして、助けないと!


「おぉっと、そこの調教師テイマーのガキ! 余計なことはするんじゃねぇぞ?」


 最悪の状況に焦る私に、ミーシャさんを捕まえた男がイヤらしい笑みを浮かべて言う。


「そこからちょっとでも魔物を動かしてみろ? この嬢ちゃんのカワイイ顔に、一生消えないキズが付くことになるぜ?」


 男はその太い腕をミーシャさんの首にぎゅっと巻きつけると、手にした剣を頬に突き付けた。


「ひっ――……っ」


 ミーシャさんの幼い面立ちが恐怖に引きつり、声にならない悲鳴が上がる。

 大きな金色の瞳に涙が溜まって、ぽろりと零れるのが見えた。


「っ……!」

「やめてっ! 放して! 妹を返して!!」


 もはやどうしていいか分からず思考停止に陥る私と、男たちの拘束から逃れようとじたばたと暴れるサーシャさん。

 直前まで私の周囲に並んで障壁を張っていたシルフィード・エッジたちも……私の頭が真っ白になって、指示を失ってしまったからだろう。

 障壁が消え、その動きがあからさまに乱れた。


 それを服従の証と捉えたからだろうか?


 賊たちは顔を見合わせ、にんまりとわらうと、


「よーしよし、物分かりの良いガキは好きだぜ? そのまま見張り台を降りて、こっちに――……」

「放して! 放してって……ばっ!!!」


 その瞬間、サーシャさんが一際強く身をよじって、背後の男たちからの拘束を振り切ると、


「妹は、渡さない!!」


 長い月白色の髪をたなびかせ、ミーシャさんを拘束する男に突進!

 さらに右手を左腰にやったかと思うと、男の顔に向かってサッと一閃!!


「ぐぁぁっ!?」


 男は左目を抑えて身をのけぞらせ、苦悶の表情で悲鳴を挙げる。

 見れば、振り抜いたサーシャさんの右手には短刀が握られていて、男は左目を深々と斬られて真っ赤な液体が流れ出ていた。


「おねぇちゃん……っ!」

「ミーシャ!」


 男はたまらず捕らえていた少女を手放して、解放されたミーシャさんがサーシャさんの腰へと涙ぐんで飛びつく。


 しかし、相手は危険なならず者。

 そんなことをされて、黙っているはずがなく……。


「この、クソアマがァァアアアッ!」


 左目を斬られた男が、怒り狂ってサーシャさんへと襲い掛かる。

 男の大きな手がサーシャさんの腕を強引に引っ掴み、


「きゃっ――……!」


 次の瞬間には、サーシャさんの身体は妹から引きはがされ、石畳の地面の上に転がされていた。

 男は腕を引っ張ってサーシャんさんの姿勢を崩した後、足を引っ搔けて地面に放り投げたのだ。


「おいバカ! そいつはお頭から……!」

「んなもん知るかァッ!」


 賊徒たちの何人かが慌てた様子で男を止めようとするが、男は容赦なくサーシャさんに向かって両手で剣を振り上げて――……。


「あぁっ!? ダメ!!」


 ハッとした私が手を伸ばして声を上げた瞬間には、仰向けに倒れたサーシャさんのお腹に向かって、ギラリと光る白刃が振り下ろされていた。


「いっぺん死んどけやァ!」


 ……ダメ、間に合わない!


 シルフィード・エッジにどんな指示を出しても、私が何をしても、もう間に合いそうにない。

 あと瞬き一つでもした後には、凶刃はサーシャさんのお腹を裂いているだろう。


 ……まもれなかった……?


 ……絶対まもるって、約束したのに。信じてるって、言ってくれたのに。


 そう感じたとたん。

 無力感と、悲しさと、後悔と……何もできない自分への怒りとが、一気にずわっと胸中に広がって……。


 ……助けられないんだ。私、


 急に世界が”ゆっくり”になって、周りの音が妙にぐわんぐわん頭に響いて……。


「おねぇちゃん! いやぁぁぁああっ!!」


 ミーシャさんの幼くて高い声が、悲鳴が、鼓膜を激しく叩いて。


 急に目の前が、真っ暗になった。



 そして――……。

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