間章 追憶 ―Memory02―

A.D.2101.09.29 ①

「優~希、おはよ!」


 流星群の日から一週間ほど経ったある日のことだった。

 私が朝の教室でぽけーっと座っていると、突然、背後から誰かが覆いかぶさってきた。


 後ろから私の頭を胸と腕で覆うように乗っかってくる相手の顔は、今の私の態勢からでは窺い知ることはできない。

 だが、これが誰かは顔を見なくとも分かる。

 こんなことをしてくる相手は、この教室の中に数えるほどしかいない。


あやー、重いんだけど」

「えぇ~、親友に会って朝一番に言うことがそれぇ?」


 重いとか酷くない?、とおどけた調子で言いながら、頭の上の柔らかな感触が離れていく。

 振り返れば、そこにはやはり自分が考えていた通りの人物がいた。


 栗毛色のショートヘアに、同じような色合いの瞳、少し大人びた整った顔立ちに、すらりとモデルのように長い手足―……友だちの綾が、制服姿で立っていた。


 少し乱れてしまった髪を手櫛で直しつつ、私は綾を恨みがましく見上げる。


「酷くない。っていうか、なんで綾は毎朝会うたびに私の上に乗ってくるかな?」

「ふっ、それはね……そこに、優希の頭があるからだよ」

「いや、意味が分からな―……ぐっふぅ!?」

「おっはよー!」


 突然、背後から強烈な衝撃が襲ってきた。

 後頭部から何かが勢いよく覆いかぶさってきて、首がぐきって逝きそうになる。


「なにー?二人でなに話してたのー?」


 突然奇襲してきたその人物は、胸を私の頭の上に乗っけてぐでーんとしている。

 私の頭を、使い勝手のいいクッションか何かと勘違いしているのだろうか。


「まだ何にも! いま話し始めたとこ」


 綾は快活に返事をした後、くすくすと笑って言う。


「にしても優希、”ぐっふぅ”って何、”ぐっふぅ”って…変な声出して、大丈夫?」

「大丈夫じゃない…琴音ことね、首痛いから、首」

「ん? あ、ごめんごめん」


 大して悪びれた様子もなくそう言って、頭上から圧し掛かってきていた人物は身体を放す。

 私は少しズキズキする首筋を抑えながらも、むふぅ、と頬を膨らませてその人物を見上げた。


 綾と同じく、私と同じクラスに通っている友人の琴音だ。

 少し着崩した制服姿で、薄い茶色に染めた髪を後ろで二つ結びにしている。


「まったく二人とも…朝会った時の挨拶ぐらい、もっと普通にできない?」


 私の苦言に対し、二人は一瞬顔を見合わせて、


「できないねー」

「朝のうちに優希に抱き着いてエネルギーもらっとかないと、一日もたないからね」


 ワザとらしく首を傾げたり、肩をすくめたりして笑い合う。


 私はため息をついて、肩を落としながらも、内心ではそんなに悪い気はしていなかった。


 自分から他人に積極的に絡みに行くのは億劫だし苦手だけど、皆が集まってワイワイガヤガヤやっている教室で1人きりだと、それはそれで寂しくなる……。

 そんな面倒な性格をしている私にとって、何もしなくても向こうからガンガン絡みにきてくれる二人は、とてもありがたい存在なのだ。


「いやー、優希が座ってると、丁度抱き着きやすい位置に頭がくるんだよねー」

「なんかこう、くっ付いてると落ち着くしね。マイナスイオン出てる? みたいな」

「ねー、私は二人の抱き枕やクッションじゃないだけど?」


 くだらないことでバカみたいに笑い合いながら話していると、


「うっす、おはよ!」

「三人とも、おはよう」


 クラスで仲良くしている五人組のうちの、残り二人がやってきた。

 奏多かなたくんと、那由多なゆたくんだ。


 二人は双子の兄弟で、とてもよく似た容姿をしている。

 少し茶色がかった黒くサラサラした短髪と、背格好と着るものが違えば女の子にも見えそうな甘い面立ちが二つ並んでいて、今日も周囲の目を引いていた。


「あ、おっはよう!」


 私と琴音が「おはよー」と普通に返事を返す中、綾は奏多くんと特に意味もなくハイタッチをして盛り上がっている。

 二人の表情はキラキラと、朝の陽ざしと同じぐらいに輝き、華やいで見えた。


 ……余談だけどこの二人、半年ほど前から付き合っている。

 一応、私たち仲良し五人組のメンバー以外には秘密にしているみたいだけれど、特に人目を憚ることなくしれっと手をつないで下校したりしているので、もはやクラスみんなが知っている公然の秘密だ。


 双子の弟である那由多くんに比べて、奏多くんはやたらとテンションが高くてノリも軽めだ。

 私はそういう男子は少し苦手だけれど、綾とは波長が合うのかも知れない。


「そいや、昨日めっちゃ面白い動画見つけたんだけどさ、観る?」

「ほんと!? 観たい、観たい!」


 奏多くんの誘いに、綾が手を叩いて喜んで、琴音も「私も!」と手を上げて応じた。


 奏多くんはそんな二人の反応を見て、得意げに腕の端末を指で叩く。

 動画サイトが立ち上がり、空中にホログラムで動画が表示され始めた。


「こっちで観ようぜ!」


 まだ登校していない隣の席のクラスメイトの机と椅子を勝手に占領して、三人は動画を観始める。

 何となく私はその輪には混ざる気が起きず、自分の席からその様子を眺めていた。


「御代さん」

「ん、なぁに?」


 ふと呼ばれて顔を上げれば、親しげに微笑む那由多くんの姿があった。

 彼は、少し離れた位置で他の子と話しているクラスメイトに「椅子、借りていい?」と一言断ると、私の前の席の椅子を引いてそこに腰を下ろす。


 私の真正面に座った彼は、それからイタズラっぽく、口端をニッと上げると、


「昨日、シスエク全クリしたよ」

「嘘!?」


 それを聞いたとたん、私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

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