第十二話 遺跡を守りし者

 セルナ=イスト遺跡。

 

 シルフェの街の南、セルナ大森林の中ほどに位置する古代遺跡。そこにアルとユキの二人が足を踏み入れたのは、出発した日の午後に入ったころであった。.


 まず目につくのは、等間隔に立つ奇妙な柱。石材のようでそうでない、奇妙な素材でできたそれは、あちこちを苔に覆われながらも朽ちずに立っている。


 そしてその柱の群れを抜けた先に見えるのが、セルナ=イスト遺跡の本体。

 三角屋根の厩舎きゅうしゃをそのまま巨大にしたかのような造りのそれは、全体を植物で覆われて何だか歪なシルエットになっており…もはや巨大な緑の怪物のような見た目と化していた。


 古代兵器が復活している可能性がある…という話だったが、今のところ、そういったモノは見えない。


 ただ、所々にぐったりと項垂うなだれた六つ脚の鉄の塊が転がっているだけだ。それらはすでに全身が錆びついた上に植物にも張り付かれていて、とてもではないが動き出すとは思えなかった。


「ここ、何のために使われていたんでしょう?」


 周囲をきょろきょろ見廻しながら、ユキが疑問を口にする。


「…古代兵器オルト=マシーナうまやのようなもの、だそうだ。まだ分かっていないことも多いがな」


「へぇ~、うまや…」


 先を歩くアルの言葉に頷きながら、ユキはふと足を止める。

 それからおもむろに近くに立つ柱に近づき、その表面に付く苔を手で少しだけ剥いで、


『ナクチュ第三整備基地…』


 苔の下から顔を出した文字を読み、呟いた。


 アルが振り返り、問う。


「読めるのか?」


「あ、はい。なんとなく、ですけど」


「…意味は分かるか」


「ん、えと、そうですね。『整備基地』、『整備基地』か…」


 ユキは少しの間、細い指を頬に当てて考えると、


「意味は大体、アルさんがさっき言っていた”うまや”と変わらないと思います。古代兵器さんたちの、お世話をする場所…でしょうか」


「…なるほど」


 ……そういうことなら、動けるやつの一体や二体が残っていても、おかしくはない…か。


 答えを聞いたアルは、警戒するようにして周囲を見て、


「!」


 ハッとしてユキの腕を掴み、柱の裏に引き込んだ。驚いたユキが「ひゃっ!?」と悲鳴を上げて、低い声でアルは警告する。


「…静かにしろ」


「…」


 こくこく、と頷くユキ。


 程なくして、二人の耳に低く耳障りな音が入ってくる。


―…ぶぅぅぅんん…


 この森に入ってから何度も聞かされた嫌な音、スパイン・キャスターの羽音だ。

 柱の影からちらりと顔を出してみれば、森から遺跡に向けて三匹の巨大バチが侵入してくる姿が目に入る。


「ッ…しつこい奴らだ」


 アルは小さく舌打ちすると、魔導銃を構えて、


「!、待ってください」


「…なんだ」


 ユキに止められて、首を傾げる。


「アルさん、あれ」


 そんなアルに対し、ユキは声を抑えながらもある方向を指さして…


「…何だアレは」


 ソレを見たアルは、そう唸ることしかできなかった。


 その方向…セルナ=イスト遺跡本体、大きな厩のような形をした建造物がある方向

から、奇妙な物体が空中をふわふわ移動しこちらに近づいてきていた。


 それはぱっと見た感じ、いわゆる『アメンボ』に似ていた。


 大きさは、成人男性であるアルの体の半分ほどか。

 平ぺったい鈍色の胴体に、四本の水平に伸びた足。足先には羽がついており、ヴィイイイインと音を立てて回転している。その胴の下には、奇妙な形の黒い筒がぶら下がっているのも見えた。


 ……あんな魔物は見たことがない。まさか、古代兵器オルト=マシーナか?


 アルがそんなことを考えている間にも、その謎の物体はこちらに向けて飛んできている。


 ここで見つかって、スパイン・キャスターとの挟み撃ちにでもあったら大変だ。


 アルは顔を出そうとするユキの身体を抑えて身を屈めさせ、自身もその場に身を潜め、事の成り行きを見守ることにした。


 そして、次の瞬間。


―ヴィィー!ヴィィー!ヴィィー!


 アルとユキ、二人のすぐ近くまで飛んできていた謎の物体―…恐らくは小型古代兵器が、急にけたたましく聞きなれない音をあげはじめた。


 同時に、


『警告!警告!施設内A-1ブロックヘノ魔導生物侵入ヲ検知。自律迎撃行動開始』


 何事かを古代語で発しながら、スパイン・キャスターに向けて颯爽と突っ込んでいく。


『他ユニットヘ応援要請中、対象:A-1ブロック。推奨:周辺ノ全非戦闘員ノ退避』


 一方のスパイン・キャスター三匹は、突然の未知の敵の登場に戸惑いを隠せない様子だった。

 すぐに攻撃すべきか?どうやって攻撃すべきか?引くべきか?

 三匹が三様に迷っているうちに、


―ダラララララララッ!


「Kisyaaaaaaa!?!?」


 小型古代兵器の下にぶら下がっていた筒が火を噴き、スパイン・キャスターのうち一匹が穴だらけになって墜落した。


 だがこれに、残った二匹はすぐさま反応する。


「KIsyaaaaa!!」


 二匹が同時に小型古代兵器へと組みつき、その強靭な顎で噛み砕きにかかった。

 

 この時点で、勝負は決まったようなもの。彼らの顎は、鉄製の武器や防具ですら粉砕する。

 

 ベギィッ!ミジィッ!と硬いものがへし折れる渇いた音がその場に響き、小型の古代兵器は一瞬でバラバラにされてしまった。


「KISYA,KISyaaaaaaaa!!」


 やってやったぞ、ざまぁみろ!!と、勝利の雄叫びを上げるスパイン・キャスターたち。


 そこへ、間を開けることなく…


―ヴィイイイイイイイン…


 遺跡の奥から一匹、二匹、三匹、四匹、さらに五匹…小型の古代兵器が次々と姿を現し、スパイン・キャスターたちに向け一直線に突進してきた。

 そのほとんどはさっきバラバラにされた古代兵器と同じ姿をしているが、中には黒い筒でなく、黒い箱をぶら下げているモノもある。


「KIsya!?KISYAaaaaa!?!?」


 敵の増援にスパイン・キャスターらは動揺し、ここに来て逃げの一手を決めたようだ。


 慌てた様子で小型古代兵器の群れに背を向け飛び去ろうとするが、


―ダララララララッ!


「KIsyaaaaaaa!?!?」


 一匹がその背に集中砲火を受け、まさにハチの巣になって地に堕ちる。


 さらにもう一匹は、複雑な軌道を描きながら一目散に森の中に逃げ込もうとするが、


―バシュゥウウウウウ!


 小型古代兵器のうち一匹がぶら下げた黒い箱、そこから白く細い槍が飛び出した。

 槍は煙を吐きながら逃げるスパイン・キャスターの後を追い、その背に突き刺さる。


 同時に生ずる、小さな爆炎。

 最後の一匹は悲鳴を上げる間もなく汚い花火と化し、空中でバラバラになって堕ちていった。


 しばしの静寂。


 そののち、


『敵影ナシ。全ユニット、通常シフトヘ復帰』


 小型の古代兵器たちは何事かを発して、遺跡に向けて戻っていった。

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