第七話 古代兵器《オルト=マシーナ》との戦闘 ②
―パヒュ!…ドゴォオオオン!
閃光、そして轟音。
古代兵器の角の先端が一瞬光を放ったと思いきや、先程までアルの背後にあった金属製の扉の半分が突風の前の木の葉のごとく吹き飛んだ。
アルは地面をごろごろと転がって受け身を取ると背後を見て、
「………」
絶句するしかなかった。
先程自分が必死でこじ開けた重く頑丈な金属製の扉が、一瞬でこのざまである。仮に直撃していたら、彼は死体すら残らず消滅させられていたことだろう。
脳裏に”逃走”の二文字が浮かぶが、それらは即かき消される。
……もうすぐ帝国の調査隊が来る。こんな化け物と調査隊がかち合ったら、一巻の終わりだ。
帝国正規の調査隊には護衛も随伴しているが、極めて軽装であり人数も少ない。
この遺跡が国境付近にあり、ずっと緊張状態にある共和国側を下手に刺激しないようにするためである。そんな連中がこいつに襲われれば、間違いなく全滅だ。
そして仮にそんなことになった場合、その責任は誰が負うのか?とても理不尽な話だが、先に遺跡に潜って露払いをしていた冒険者―…つまりはアルが負うことになるのである。
依頼を請け負って遺跡にもぐっておきながら、きちんと仕事を終えていないとはどういうことだ!お陰でこっちは大損害じゃないか!!…ということだ。
当然ながら報酬は減額。というか、全滅ともなれば報酬ゼロどころか罰金と禁固刑をくらってマイナスになる可能性すらある。
…ハッキリ言って冗談ではない。
そもそも背を向けて逃げ出したところでこいつが大人しく返してくれるはずもない。つまりは、この古代兵器はここで倒す以外の選択肢がないのである。
だがそんなことを考えている間にも、古代兵器は再び胴を旋回、角をこちらへと指向してくる。
「くっ…」
もはや受け身のことすら考えず、大慌てで右へ跳ぶ。
再び閃光、轟音がその場に満ちて、今度はすぐ近くの床が爆発した。
直撃ではないにも関わらず、凄まじい衝撃と瓦礫片が襲い掛かり、アルは無様に床を転がってうめき声をあげる。
……こんなところで死ねるか!
転がりながらも魔導銃を構え、床に伏せた姿勢で狙いを定める。
「…くらえ」
遺跡は極力壊してはいけない、などと考えている余裕はない。思い切り、最大出力での一撃。
銃口から眩く紅い光の束が放たれ、古代兵器の胴体へと突き刺さる。
―コォオン!
「!」
が、無情にも弾かれてしまう。
今の一撃…収束型での全力射撃は、アルが現状で持ちうる最大級の火力だ。それが容易に弾かれたとあっては、もはや打つ手がない。
目を見開くアルに、古代兵器は胴体上の触角からの射撃で応戦してくる。
アルはその場から必死に立ち上がると全速で移動してどうにか攻撃を躱すが、体の感覚に違和感を感じて顔をしかめた。身体強化魔法の効果が切れかかっているのだ。
非常にまずい展開である。
今まで古代兵器の攻撃を回避してこれたのは、バフが残っていたからである。
アルの素の身体能力のみでの勝負となればかなり分が悪い。
もちろんバフをかけなおすこともできるが、そのためにはそれなりに神経を集中させる必要があり、そんな余裕を目の前の化け物が与えてくれるとはとても思えなかった。
……どこかに弱点はないのか。
装甲のつなぎ目や、赤い単眼を狙っての連続射撃。
―カァアン!コォオン!
だがやはり障壁に弾かれる。
どうにかバフがきれる前に勝負をつける必要があるが、手持ちの装備では相手にダメージを与えることすらできない。
焦るアルに向け、古代兵器が再び長大なる角で狙いを定める。
―…チィィィィイイイイン…!
耳鳴りのような音が聞こえて、そして。
『警告:排熱システムニ障害。オーバーヒート発生、緊急排熱ヲ実行。要請:周辺戦闘要員ニヨル援護』
角は火を噴かず、不意に古代兵器の動きが鈍くなった。
同時に、角や目がついている方向とは反対側…つまりは古代兵器の背中側から、ぶしゅぅうう、と音を立てて蒸気が吹き出し始める。
……ここだ。
誰に教えられたわけでも、知っていたわけでもない。
それはただのカンであったが、今を逃せば勝ちはないとアルは確信していた。
こいつの装甲に対して正面から攻撃してもダメージは与えられない。ならば上から、背後からならどうだ。
地面を蹴り、上へと跳ぶ。そしてすぐに足元に障壁を展開、その障壁を蹴ってさらに上へ跳び、再び足元へ障壁を張る。
―バガガガガガガガガッ!
古代兵器の触角が火を噴き、足元を掠める。障壁は一瞬で破壊されるが、彼は既により上へと跳んでいる。
そして古代兵器のほぼ真上へと身を躍らせたとき、攻撃は急に止んだ。
……やはり真上には攻撃できんか。そしてここが―…
空中で身をひねりながら、アルは相手のある部位へと狙いを定める。
それは、古代兵器の胴の後ろからにょっきり二本生えている棒状のパーツ。オレンジ色に発光するそれは、今も夥しい量の蒸気を吐き出し続けている。
……ここが、お前の弱点だ。
―ヴシュゥゥン!…ヴシュゥゥン!
自由落下に身を任せながら、二発発砲。
ビーム状に収束された魔力は果たして、障壁に阻まれることなく古代兵器の弱点を撃ち抜いた。
『ビィィィ!ビィィィ!』
さしもの古代兵器もこれは効いたらしい。聞きなれない悲鳴を上げ、狼狽えているように見える。
『警告!警告!排熱機構ニ甚大ナ損害』
着地するアルの背後で、古代兵器はなおもその胴をゆっくりと旋回させ、自身の背後にいる敵へと狙いを定めようとする。
『自壊ノ恐レアリ。全システム…緊急…停…止…』
―ヒュゥゥウウンンン…
だがその途中で力尽きたか、力の抜けるような音を立ててついに古代兵器はその動きを止めた。
アルは振り返ると、古代兵器に向けて魔導銃を構え、しばし間をおく。そして再び動き出すことがない様子を見ると、深いため息をついて言った。
「…やったか」
まずは、どうにか生き残れたことに安堵する。
しばらくその場で息を整え、気持ちを落ち着け、ついで周囲を見回し…その惨状を見て彼はがっくりと肩を落とした。
……あぁ、またこれだ。
彼の眼前に広がるは、見事に破壊された遺跡の数々。
扉は吹き飛び、床に大穴は空き、壁は削れ、扉を吹き飛ばした攻撃の流れ弾であろう、扉の外に見える遺跡も一部が見る影もなく倒壊していた。おまけに不可抗力とはいえ、前代未聞の動く古代兵器を壊してしまった。
これはどう考えても…
……報酬減額、だな。
再び肩を落とし、大きくため息をつく。今日一日の労力の一部が無に帰すのだと考えると、徒労感が一気に押し寄せてくる。
これが今回だけならまだ諦めもつこうが、妙なジンクスがついてしまったのだろうか。
彼が遺跡に潜ると割と高い確率で今回のような非常時が起こり、遺跡やら何やらを破壊してしまうのだ。そのせいで最近は、ギルド内で”ルインズ・ブレイカー”などという不名誉なあだ名がつく始末…。
依頼はしっかりこなしているはずなのに、そのたびに報酬を減額される方としては堪ったものではない。こうしてため息が出るのも当然である。
…まぁ最も、実際のところはといえば、屋内であるにも関わらず平気で炸裂系の魔法を使ったり、力ずくで無理やり扉や隔壁を開けようとしたりと、彼自身にも過分に問題はある。
だがアルはその点にまったく気づいておらず、反省もしないので、事は一向に改善する気配を見せないのであった。
……いや、だが今回はまだ何とかなるか。
そんな彼は、ふと腕を組んで考え、思う。
先程どこからか聞こえてきた声の主、声色からして恐らくは若い女性だが、今回いきなり古代兵器が動き出して襲ってきたのはそいつのせいだろう。一瞬古代人の生き残りか等とバカげたことを考えてしまったが、そんなことがあるはずはない。
多分、どこからか古代語で指示を出し、先程の化け物を操っていたのだ。こちらの探知魔法に引っかからなかった以上近くにはいないかもしれないが、遺跡の更に奥に潜んでいるのかもしれない。
だとすれば、その黒幕を捕まえさえすれば、今回の遺跡破壊の責任はすべてそいつのせいにできる。
……どこで古代語の話し方を学んだのかは知らないが、お陰で散々な目に遭わされた。このツケは高くつくぞ。
一億Gのお宝ともども見つけ出して、帝国の調査隊がきたら直々に突き出してやろう。
そう心に誓い、アルは再び遺跡の奥へ、奥へと足を踏み入れていった。
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