Saint Bird

Canarie

第1話

フィンリー•アウィスは、父の研究室に入り浸るのが幼い頃から好きだった。

このフォーゲルラント帝国で、最も名誉ある職の一つである鳥類学者のヨルグの一人娘として育ったフィンリーは、物心ついた頃から鳥たちに囲まれて育った。


父の部屋の鳥籠には、フクロウからエナガまで、さまざまな種類と大きさの鳥が飼育されている。


フィンリーは教会学校から帰ると、父の部屋で鳥と遊ぶか、音楽家の母と一緒に居間で音楽演奏するのが常であった。

いつものように、父の部屋に行き、今日はメジロのバジルと遊ぼうとしていたが、バジルの鳥籠の近くの新聞の見出しに目が移る。



帝都で、10年に一度の魔笛の試奏会があるのだ。フィンリーはまだ14歳なので、生まれて初めて行われる試奏会だ。


「ねえお父さん!!

私、帝都に行きたい。

今週末試奏会なんでしょう?連れて行ってよ!

隣町の学院での講義も週末はないでしょう?」


常に穏やか、穏やかを通り過ごし、フィンリーからみるとおっとりしすぎているヨルグは、分厚い丸眼鏡の奥の、フィンリーにそっくりなエメラルドの瞳を珍しく鋭くする。


「試奏会に行きたいだって?だめだ。絶対にね!

いきなりどうしたのさ?今まであんな魔笛になんて一回も関心を持たなかったのに。」


ヨルグは、ミミズクを観察しながら何か書類を書いていたが、中断して立ち上がる。



フィンリーは、ヨルグの鳥類学者にしてはみずぼらしい緑のよれよれのベスト、綺麗に洗ってはあるが古い長袖のシャツ、疲れ気味のチェック柄のズボンに、痩せぎすな体格を見て首を振る。


「なんで、お父さんは鳥ことを誰よりも知ってるのに、凄い鳥類学者なのに、王都の学院で働けないの?

お給与だって安いわ。私が読んだどの鳥類学者の本より、お父さんのほうが鳥に詳しいのに。


私、お父さんの研究が優れていること、召喚士として出仕して認めさせるんだから!!」


フィンリーがやる気満々にヨルグに主張していると、ヨルグはフィンリーに近づき、背の高さに膝を折ると、瞳を合わせて微笑みかける。


「ありがとう、フィンリー。でもね、私があまり出世できず、他の鳥類学者よりも稼げないのは、私の業績不足なんだよ。


召喚士になることがどう言うことかわかっているかい?

学校も辞めて、、教会か王室か企業に所属し、働かなくてはいけない。簡単に家にも帰れないんだよ。


それとも、お前は今の暮らしが嫌かな?」


「そんなこと、、ないわ。他の鳥類学者よりは少し貧乏だけど、、困ったりはしないし。学校も楽しいし。

でもね!間違ってるものは間違ってるの!!

お父さんの鳥に関する知識は凄いんだから!


お父さんがついてきてくれないならお母さんに頼むし、お母さんがダメなら一人で行くもんね。」


フィンリーは父が頭を撫でようとしたのを後ろに下がって避けると、ドアまでかけて行き、階段を走って下がり、居間まで降りていった。



フィンリーが居間の扉を開けると、普段はリュートを弾きながら歌っている母のアナスタジアは、2階で二人が騒ぐのが聴こえたのか、部屋中央の椅子から立ち上がっている。



「お父さんと喧嘩したの?ずいぶん怒った顔をしているわよ、フィン。

あの人が怒るのも珍しいし、どうしたの?」


アナスタジアはいつも通りふんわりと微笑み、フィンリーに自分の隣の椅子に座るように椅子を片手で軽く触る。


「私、帝都に行きたいの。

私が魔笛を吹いて、鳥の召喚士になってお父さんの研究を実践し、広めみせるわ!


私、お父さんの研究が認められてないの、納得がいかないわ!!

誰よりも鳥のことを知っているのに、、

お父さんにそれを話したのに、全然取り合ってくれないし気にしてないの。

なんで私のほうが悔しがってるのよ、、。


お父さんなんか嫌い、、。」



自分に素直な分、感情の振れが大きく、悔しがりながら泣き出すフィンリーを、アナスタジアは抱き寄せて頭を撫でた。


「フィンリーは優しいのね。お父さんのためにそんなに悔しがれるなんて。私はフィンリーが優しく育って嬉しいわ。


、、お母さんは昔帝都の劇団を追い出されたことがあってね。だから一緒にいけないけれど、あなたなら魔笛を吹いて、立派な召喚士になれると信じているわ。


私の代わりに、あなたの保護者を道中つけるから、行ってきなさい。


私からお父さんには話すから。」


「本当??」


フィンリーは泣き顔のままだったが、瞳を光らせてアナスタジアを見つめた。





翌日の朝、ヨルグは、アナスタジアの横に立ち、隣町の女傭兵と旅立つフィンリーの後ろ姿を見送った。


「、、私は、君だけでなくフィンリーのことも守れないのか、、。」


「何言ってるの?あの時全てを捨てて、私を守ってくれたじゃないの。」


険しい表情で呟くヨルグを見上げ、アナスタジアはふんわりと微笑む。


「、、君のその笑顔にはいつも助けてもらうね。、、エイルがいれば大丈夫だとは思うけれど。私の娘だなんて知れたら、あの子にも危険が。」


「フィンは貴方に似て賢い子よ。きっと上手くやるわ。」


アナスタジアは、プラチナブロンドの長い髪を、そよ風になびかせながら、フィンリーと似た形の良い唇に弧を描いた。







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