第8話 悪魔チンチロ②
卓上に置かれるのは三つのサイコロと、一つの茶碗。
卓についたのは四人。彼らはすでに、紹介を受けた要人たち。
茶碗に手を伸ばし、二つのサイコロを取り除いて、賽を握る男がいた。
「考えていることは同じと見える。まずは親決めといこうか」
マクシス・クズネツォフ。ロシアンマフィアの頭。
顔は濃い目で、薄茶色の短髪に、迷彩柄の軍服を着る。
適性試験の地では、犯罪者たちを一人でまとめ上げた人物。
パオロ陣営のナンバー2に甘んじていたものの、その手腕は確か。
よくよく考えれば、実力相応の立ち位置に収まっているように思えた。
「6に近い数字を出せば親だな。異論はない。さっさと始めよう」
次に会話に応じたのは閻衆。帝国ヤクザの頭。
赤髪リーゼントで、ガタイは良く、赤スーツを着る。
オラつきそうな見た目に反して、冷静沈着な印象を受ける。
「アタシ好みのいい男が揃ってるわねぇ。そそるわぁ……」
発情しているのは、バグジー。イタリアンマフィアの頭。
赤髪アフロで、白塗りの顔、モノクロのピエロ服に袖を通す。
適性試験の元試験官であり、冒険者ギルドのマスターをしていた。
男色家は変わらず、うっとりとした顔で卓についた男たちを眺めている。
「……口より手を動かしては如何かな?」
最後に口を挟むのは、シェン・リー。中国マフィアの頭。
黒の辮髪に、黒のチャイナ服、顔は六十代ぐらいに見える。
恐らく、この中で最年長。年相応に落ち着いた印象を受けた。
「うちも同感っすね。四の五の言わずに、レッツギャンブルっすよ」
メリッサは発言に同意し、全員の意思確認が完了する。
それと同時に、賽は投げられ、茶碗は小気味のいい音を奏でた。
◇◇◇
厳正なる賽の目の結果、親はバグジーに決定。
出た目の強い順から反時計周りに再整列していく。
バグジー、シェン、マクシス、閻衆、メリッサの席順。
親が一巡するまでは、卓から離れられないのが基本ルール。
「最初の親はアタシね。場代はひとまず『1』でいこうかしら」
バグジーが置いたのは、一枚のチップ。
自分の命を前借りしたもの。その最小単位。
親は場代を自由に設定できて、子の参加も自由。
チップ一枚あたりの価値は、人によって違ってくる。
悪魔が決めた命の価値により、配られたカードは全四種。
そのランクに応じ、引き出せるチップの上限が変わっていた。
――グリーン=上限十枚。
――ゴールド=上限二十枚。
――プラチナ=上限三十枚。
――ブラック=上限五十枚。
上限十枚のグリーンなら重く、上限五十枚のブラックなら軽い。
「「「――――」」」
シェン、マクシス、閻衆はノータイムで場代を払う。
全員がブラックカードの所有者。五倍払いでも痛くない。
「…………今回はパスっするっす」
ただ、その中で唯一、メリッサだけが出し渋る。
手元にあるのは十枚のチップ。それが上限いっぱい。
つまり、配られたカードは最低ランクのグリーンだった。
「貧乏人は辛いわね。まぁ、参加は自由だし、やることやっちゃいましょうか」
バグジーは親の役目を果たすため、サイコロを振るう。
出目は、⚃ ⚄ ⚅のシゴロ。一発目から、まさかの特殊目。
子の出目は振るわず、シェン、マクシス、閻衆は二倍払い。
バクジー=五十六枚。
シェン=四十八枚。
マクシス=四十八枚。
閻衆=四十八枚。
メリッサ=十枚。
初戦はあっけなく決着がつき、親番は回っていった。
◇◇◇
ザ・ベネチアンマカオ地下107階。認定の間。電光掲示板前。
人だかりを押しのけ、画面を操作するのは赤いチャイナ服の女性。
「さてさて……」
単独行動ではなく、事前から決めていた動きだった。
『いちいち言わなくても、やることは分かってるっすね』
『無茶をするのはメリッサ。我は止める役。ダンジョンの時と同じね』
脳裏に蘇るのは、エントランスでの会話。
ギャンブルなら、メリッサは必ず無茶をする。
止めるかどうかを判断するのは、ここの情報次第。
(いつものことながら、荷が重いね)
心の中でボヤキながらも、探る手は止まらない。
気付けば、重要そうな項目が目に飛び込んできていた。
―――――――――――――――――――――
【特典一覧】
脱出権=十枚。
冥戯黙示録から脱出できる権利。
悪魔が出口まで同伴するオマケ付き。
一回の権利購入により、一人まで使用可能。
特急権=五十枚。
五分割された担当管轄区間外に進む権利。
最大二十二階相当のショートカットが可能。
移動は専用の特設エレベーターが用いられる。
一回の権利購入により、最大五名まで搭乗可能。
※値段は変動する。
―――――――――――――――――――――
「……こいつは、使える情報ね」
一から十まで知る必要はなく、情報は取捨選択。
取り急ぎ蓮妃は、すでに勝負が始まる卓へと急いだ。
◇◇◇
裏社会の重鎮が集まる卓。
自ずとギャラリーも増えていた。
ビールや柿ピー片手に観戦する者もいる。
そんな中、観戦者に割り込んだのは、蓮妃だった。
「メリッサ……。チップ五十枚を払えば、特急権を獲得できるね。最大二十二階のショートカットが五名まで可能よ。我らでチップを出し合えば、無理する必要はないね。ここは最小賭けで、適当にお茶を濁すのが大吉よ」
すかさず、適切な情報だけ耳打ちをしていく。
見たところ、勝負はメリッサの親番となっていた。
卓に置かれたチップは十枚。ここまで変動はない様子。
「情報さんきゅっす。参考にさせてもらうっすよ」
メリッサは目を合わせることなく、反応する。
自然と手はチップに伸び、卓には場代が提示される。
「……っっ」
思わず息を呑み、他人事ながら頭がクラクラする。
彼女が取ったのは、普通や常識から逸脱している行為。
「オールインっす。破産覚悟の勝負に乗りたい馬鹿はいるっすか!」
一倍払いでも、死が確定してしまう。
馬鹿としか言いようがない大博打だった。
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