第6話 冥戯黙示録 目次②


 エントランス中央に集まるのは、五人の悪魔。

 

 その一人が立ち塞がり、扇子に拳を止められている。


「因縁の再逢さいほうってところやけど……それ、そのままでええの?」


 悪魔と化した楓は、ふとそんなことを尋ねてくる。


 それ。抽象的な指示代名詞。曖昧であやふやで不明瞭。


 頭で理解するよりも先に、異変を感じ取ったのは体だった。


「……っ」


 ピキピキという音が鳴り、拳が引っ付いて離れない。


 痛みも感触も感じなかったけど、どう見ても異常な状態。


 反応が一歩遅れたことを歯噛みしつつも、理解が追いついた。


(あの扇子……氷結能力か……)


 拳を強引に引き剥がし、ブチッという音が鳴る。


 皮膚がめくれ、肉が剥きだしになるも、指は動いた。


 あくまで素人判断だけど、凍傷の心配はなさそうだった。


「目先の苦より、後の利を選ぶか。……気に入った。ワテの侍従にならへん?」


 蒼色の扇子を開き、顔に冷風を送りながら、楓は問う。


 侍従。つまり、『悪魔の手下になれ』というお誘いだろう。


「お断りだ。人の命を軽んじる集団には下らない」


 ジェノは即座に否定して、視線を奥の方へと向ける。


 悪魔が誰で、どんな取引だとしても、今は問題じゃない。


 それより気になるのは、さっきのヤクザの人がどうなったか。


「はぁ、はぁ……。おるなら、早よう出さんかい……」


 視線の先には、四つん這いになり、荒い呼吸をする男が見えた。


 楓の存在を確認できて、苦しむよりも安堵しているようにも感じる。


(良かった、無事みたいだ。介入した甲斐はあったのかな……)


 相手は赤の他人。とはいえ、助けるために動いた。


 間接的かもしれないけど、役には立てたのかもしれない。


「振られたようだね。彼を射止めるには、『愛』が足りないんじゃないかい?」


「必要なのは、『愛』ではなく『しつけ』よ。身内を滅し、選択の余地を奪えばよい」


 そこに口を挟んだのは、二人の悪魔だった。


 『愛』を推すのは、貴族服を着る黒髪の若い男。


 『愛』を否定するのは、袈裟を着る坊主頭の老人。


 どちらも見覚えがないけど、凄まじい存在感を放つ。


(これが第一級悪魔……。センスが隠し切れてない……)


 異常なのは、垂れ流し状態の膨大な光。


 通常時でこれなら、本気はもっと上のはず。


 よっぽどの理由がない限り、戦いたくはないな。


 戦えそうな人と言えば、さっきから黙っている悪魔。


「…………」


 薄茶色の髪をツーブロックにした、白スーツの男。


 顔は強面だったけど、センスを一切感じられなかった。


 言ってしまえば、その辺にいるマフィアたちと大差がない。


「さてさて……役者も出揃ったところで、本題に入ってもよろしいか?」


 すると、ひと段落した空気を察し、リアは再び進行役に徹する。


「「「「「…………………………」」」」」


 返ってくるのは、深い沈黙。


 口を差し挟む人は誰もいなかった。


 逆らえばどうなるか分かったからだろう。


「では、肝心のルールを説明させてもらうが、地下108階から地上1階を目指すにあたって、様々なゲームが用意してある。そこを突破するには、一定量のチップが必要となり、参加者同士で奪い合ってもらうのが基本となるぞい」


 続けてリアは、ルールの詳細を説明していく。


 カジノという舞台を活かした、至って平凡な内容。


 悪魔の印象とは異なる、健全なゲームのように思えた。


「チップの保有数が自ずと攻略の鍵となるが、一定の数を均等に配るわけではない。不平等こそが平等。生物として生きる上で当たり前の理であり、誰もが納得する条件で分配されることとなる。それすなわち――命の価値」


 嫌な前置きを挟むリアは、両手を地面に置く。


 他の四人の悪魔たちも同様の動作を行っていった。


 直後、地面には、巨大な黒い魔法陣が展開されていく。


(これって……もしかして、罠!?)


 背中がゾワゾワっとして、異質な空気を嫌でも感じる。


 どう考えても普通じゃない。あの時の儀式とよく似ていた。

 

 聖体拝領の儀式。罪人の魂を生贄に、神を召喚したものと同じ。


(いや、それにしては取り乱してる人がいない。何がどうなってる)


 しかし、辺りを見渡し、正気を取り戻す。

 

 エントランスに集まった全員が、平静を保つ。


 事前に説明を受けていたようにしか思えなかった。


「…………」


 直後、足元に現れたのはブラックカード。


 キャッシュカードと似たような見た目のもの。


 すぐさまジェノは、それを拾い、表裏を確かめる。


(文字も数も書かれてない。特徴は……色?)


 仮説を立てつつ、反射的に辺りを観察していく。


 見えたのは、グリーン、ゴールド、プラチナ等の色。


 既視感のあるカードが、それぞれの足元に出現していた。


「察した者もいると思うが、今配られたものはキャッシュカードと同じ原理。色により、引き出せる上限が異なる。グリーンが最も上限が少なく、ゴールド、プラチナ、ブラックの順に上限が増える。それらを使い、自分の命の残高からチップを引き出し、勝負に挑んでもらうのが本ゲームの肝となる! 質問はあるか?」


 腰に手を当て、誇らしげにリアは語る。


 理屈は分かったし、罠じゃないのも理解できる。


 ブラックは最上位で、チップの数が有利なのも分かった。


 だけど、気になることがある。どうしても、切り離せない問題だ。


「あの、質問です。……上限を全て使い切った場合どうなるんですか?」


 ジェノが尋ねたのは、一番最悪のパターン。


 命と呼ばれたチップがなくなった時に起こること。


「当然、死ぬ。地獄に落ちるオマケ付きでな。……他に質問はあるか?」


 返ってきたのは、ある意味で予想通りの回答。


 自然と周りにいる人の目つきが、鋭くなっていく。


 異論を挟む気配はなく、勝負が始まるのを待っている。


 これで確信した。今のを知らされてなかったのは自分だけ。


(メリッサ……。俺にだけ黙ってたな……)


 カードをぎゅっと握り、後ろを振り返る。


 そこには、顔を背ける嘘つき者の姿が見えた。


 分かったところで、遅い。取返しがつかない状態。


「よし……ではこれより、冥戯黙示録の開始を宣言するぞい!!!」


 リアは声高らかに言い放ち、命を賭けるゲームが始まった。

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