批判思考

■アマネ

さて、話が長くなったが、今していたのは、作文力と読解力の話だ。

これが頭の良さに直結している。

何故ならこれらは、情報を明確に処理する能力だからだ。




■アマネ

作文力を鍛えたければ、読書感想文などの作文訓練をするのが良い。

読解力を鍛えたければ、評論読解など、受験用の国語ドリルなどをやれば良い。




■アマネ

そして、読解力と作文力を両方同時に鍛えられる訓練もある。




■サトエ

ええ、便利じゃん。




■ユウコ

どんなもの?




■アマネ

それが、本文要約の訓練だ。

本文を読み、内容を要約しなさい、と云うようなアレだ。

アレはつまり、本文を読んでちゃんと読解できていなくては要約ができないから読解力が必要だし、要約した結果どんな文章になるか構築できなくてはならないから作文力が必要になる。




■アマネ

要約の仕方など人それぞれのセンスであって、画一的な要約ばかりでは個性がなくなる、なんて事がもしかしたら気になるかもしれないが、それについては気にしなくて良い。

何故ならこの訓練は、情緒だとか作家能力の訓練ではなく、与えられた情報を論理的に処理する訓練だからだ。

その観点で挑むのであれば、要約した結果の文章は大体同じものになる。

少くとも要点を省略してしまうようでは要約とは云えないし、本文に書いてない情報を追加するのも内容の改竄になる。




■アマネ

そしてわざわざ本文から乖離した言葉遣いや表現を用いては、却って本文との対比がしにくくなる。

だから基本的には、どうしたってある程度一定の結果が要約文として完成するのだよ。

だからこそ、採点も可能になる。




■アマネ

何度も云うが、情緒や作家性、芸術性の訓練ではなく、国語力即ち情報を処理する能力の訓練と云う観点だ。

その観点での訓練が、情報を処理する能力たる頭の良さを育む。

国語力は即ち頭の良さ、と云うのはそう云う事なのだよ。




■アマネ

機械的に書かれた文章は量産品のように味気ないかもしれないが、作家でもない限り気にする必要はない。

誤解の生じないような明確な意思疎通・情報処理をする能力の訓練が国語と云う科目なのだよ。




■アマネ

再度、日常生活、特に仕事と云うものをする際の国語力の必要性と有用性の例え話をしよう。

大抵の仕事と云うのは、お金を払う側の要望を満足させる事で収益が発生する。

簡単に云えば、自分にはできない仕事を代わりにやってくれるから、その代わりに代金を支払う、と云う事だ。

つまり、頼まれてもいない仕事をやったって、収益になる事はあまりない。




■アマネ

需要のないところに収益は発生しない。

需要を生み出す仕事もあるだろうが、結局そうして生まれた需要に依って収益が発生する訳だ。

買う人がいるから売れる。

君らも、別に要らないものにお金は払わんだろう。




■コウタロウ

まあ、確かに……。




■アマネ

それを前提として、ここからが本題なのだが……。

需要に応える事で収益が発生すると云う事は、需要にちゃんと応えられなければならないと云う事。

その為には、相手がまず何を求めているのかを汲み取れるようでなければならない。

お客さんはあれこれ言葉を重ねているが要するにこれを求めているのだな、と云うところを汲み取らねば、どんな仕事をしたら良いかが判断できない。

そこで有用なスキルが、読解力なのだよ。




■アマネ

特に客と云うのは、基本的には素人ばかりだ。

医者にとってみれば患者は医学の素人、レストランにとってみれば客は料理の素人だ。

自分ではできない判らない事をやってくれるから、お金を払おうと思える訳だ。

だからこそ、専門家には、金を払うだけの価値がある。

人手が必要と云うのでもなければ、自分でできる事なら自分でやってしまうだろうしな。




■アマネ

と云う事は、専門用語も使えず、しどろもどろな説明で求めてくる素人の要望を、何とか汲み取って叶えないといけないのだ。

専門家同士であれば一言ですむ話も、素人は専門用語なんて判らないから、たくさんの言葉を使って何とか伝えようとしてくる。

時には支離滅裂だったり、聞きかじった間違った専門用語を使っていたり、誤解や勘違いも大量にある状態でだ。




■アマネ

そんな時に、判り易く云えだとか専門用語を使えなんて、専門家が素人に求めるようではいけない。

だって、相手は素人なのだ。

そしてそんな横柄な態度を取れば、素人はもう近寄ってこず、収益にならんだろう。

もし私が君らに対して、今より無遠慮に専門用語のオンパレードを展開していたなら、きっとこんなに私の話に付き合わないのではないかな。




■ユウコ

うーん、確かに……。




■アマネ

と云う訳で、素人のよく判らない言葉に、じっくり耳を傾け、相手が本当に何を求めているかを汲み取り、それを自分の専門スキルを駆使して解決する。

そこに、収益が発生するのだよ。

嫌だろう、何と云う病名なのかを医学的に伝えられねば治療できないなんて医者が求めてきたら。

患者としては寧ろ、そこをも踏まえて助けてほしくて病院に来ているのだから。

だから読解力は、必要で重要で、極めて有用なのだ。




■アマネ

更に、こう云う方法で貴方の望みは達成できるけど、そのように進めて良いか、と云う提案を、素人の客相手にしなくてはいけない。

その時、専門的な学習に勤しむ学生相手じゃあるまいし、専門用語を駆使するようではいけない。

その路に進もうとする者は専門用語なども使えるようにならねばならないが、客が専門用語を扱える必要はない。

だからよく云われるのが、専門用語を使わずに素人にも理解できるような話し方が重宝される、と云う事なのだ。

いつだか君も気にしていたかな?




■シン

ええ……云ったような気もしますね。




■アマネ

成長の為なら、専門用語の体得を拒んではいけない。

だが客は、成長したくて来ているのではなく、仕事をしてほしくてきているだけなのだ。




■シン

ああ……。




■アマネ

そうして、自分の伝えるべき内容を適切な言語表現で相手に伝える能力が必要となる。

そしてそれが、作文力なのだ。




■アマネ

素人が専門家に合わせると云うのはそもそも無理な相談だ。

それができる人はそもそも素人じゃない。

大は小を兼ねるではないが、専門家が素人に合わせられてこそ、専門家たる価値がある。

自分の専門性や高度性を素人相手に勝ち誇っていては、嫌悪感くらいしか生まれない。

その専門性で素人の望みを叶えるのが仕事なのだ。




■アマネ

その仕事をこなす為に、素人の言葉を汲み取る読解力と、素人に判り易く伝えられる作文力が必要になる。

学校の国語の出題と照らし合わせるなら、本文を読んで作者の主張を述べよ、と云うのは、相手の言葉を聞いて相手の要望を汲み取れ、と云うのと、同じスキルなのだよ。

そして、回答を何文字で書きなさいと云うのは、伝えるべき内容を、適切な長さ、表現で伝えなさい、と云うのと、同じスキルなのだ。




■アマネ

だから学生の内に、高度な国語力を鍛えておくのは、社会生活でも極めて有用だと云う事だ。

学校は割と、日常に即したものも実は教えてくれているのだよ。




■ジュン

なるほど……。




■アマネ

そんな訳で、話を戻すが……。

主観同士は独立で多様で自由なのだが、国語で訓練するのは客観的な情報処理能力なのだ。

と云うわけで、そこを意識しながら、学生の君らは国語の授業に臨むのが良いだろう。




■コウタロウ

成程なあ。




■アマネ

さて、話が長くてすまないが、もう一つ重要な能力がある。

それは、批判だ。




■サトエ

批判ってやっちゃいけない事なんじゃないの?




■アマネ

世間ではそう云われているようだが、それは批判と云うものが非難とごっちゃになっている。




■アマネ

相手に悪口を云ったり、頭ごなしに否定したり攻撃的であったり、これは非難と云う態度だ。

これをしてはいけないのは、まあ何となく判るだろう。

具体的に云うなら、相手への攻撃だからアウトなのだ。




■アマネ

ところで、批判とはそう云うものではない。

批判とは端的に云えば、分析の事なのだ。

目の前にあるものを捕まえて、これはどういうものだろう、何と云っているのだろうと、その意味合いを明確に判断するのが、批判だ。




■アマネ

だから、間違った意見に対して批判をするなら、おやこれは間違っているようだね、と云う結論になる。

それは、間違った意見が間違っていると云っているだけで当たり前の事で、どこにも問題はない。

こんな間違いをするなんてお前はバカだアホだとなったら、これは非難であって悪質だし、議論の邪魔だと云うのはその通りだ。




■アマネ

だが、批判はそう云うものではない。

そして、にも拘わらず、主張の不備を指摘されたり、依って却下されただけで、非難された訳でもないのに、攻撃された、酷い、なんて受け取ってしまうのは、自分の主張への相手からの不備指摘について、読解ができていない、と云う事だ。

云われたのは、その意見には不備があると云う事だけであって、お前は頭が悪いだとか云われた訳ではない。

云われていない事を云われたと勝手に受け取ってしまっては、コミュニケーションが成立しない。

云った云わないと争いになるのは、作文力と読解力の不足が主に原因なのだよ。




■アマネ

相手の主張を否定してはいけない、考え方は人それぞれなのだから、と云う者も居るが、これもちょっと違う。




■アマネ

考え方や価値観は、確かに人それぞれだ。

主観は自由で多様なのだから。

だが、事実がどうであるかと云う客観は一定だ。

客観は客観であり、主観とは独立なのだ。




■アマネ

だから人が、自分は空を飛べると思う事は自由だが、それは事実ではないと云う指摘は、これはこれで正しいのだ。

何故なら、主観と客観は独立なのだから。




■アマネ

勿論人付き合いの範疇で、それを相手に伝えるのが有意義かどうかはまた別問題だ。

何故なら、主観と客観は独立なのだから。




■アマネ

あまり正論ばかり述べていると人に嫌われる事もあるだろう。

それは、相手の主観に対して、それとは独立の客観を押し付ける形になるから、ナンセンスな態度になっているだけなのだ。




■コウタロウ

む、難しいな。




■アマネ

じゃあ、こう考えてみよう。

例えば君らのクラスで、誰かが占いの話で盛り上がっていたりしないかな。




■アマネ

占いの結果によれば君はこうだ、今日の運勢はああだ、と云って盛り上がっている。

もしその場に訳知り顔で、占いなんて非科学的で論拠なんてないのだぜ、と干渉したらどうなるか。




■ユウコ

ウザいね。




■アマネ

そう、ウザいだろう。

恐らくは、煙たがられる。

それは何故か。




■アマネ

そもそも彼らは、占いの科学的妥当性について検討していたり、それを基にした実用的方法論を展開している訳ではなく、占いを題材に、お喋りをし、楽しんでいるだけだ。

それはつまり、主観範疇のやり取りなのだよ。

主軸は楽しい事、楽しいと感じるのは主観なのだ。




■アマネ

一方、占いの科学的妥当性などは、事実の範疇、客観範疇の話だ。

主観と客観は独立なのだから、主観的な盛り上がりをしているところへ客観的事情を持ち込むのが、間違っているのだ。




■アマネ

それは、外国の犯罪を、この国の法律で裁こうとするようなもの。

或いは、自分の家のルールを、他人の家で展開しようとするようなもの。

もしくは、フィクション作品の内容を、現実法則で評価しようとするようなもの。

全く違う世界同士が、噛み合う訳がないのだよ。




■アマネ

そして、こっちの世界にはこっちの事情がある、と云う事実を無視して、どこかの世界のルールを強制的に持ち込まれたら、当然そこには、それを拒否しようと云う反応が生まれるであろう。




■サトエ

な、成程……。




■アマネ

正しさが全てではない、と云う者もいるが、それは例えば、主観範疇には客観範疇の正しさなどは適用できないぞ、と云う事なのだよ。

何故なら、主観と客観は独立だからだ。




■コウタロウ

うーん、確かにそうか。




■アマネ

話を戻すが、批判と云うのは客観範疇にあるもので、目の前の対象がどのようなものであるかを分析する態度の事だ。

例えば議論などをする場合、間違った意見を採用する訳にはいかない。

何故なら議論の目的は、正しさの解明だからだ。

間違ったものを排除してこそ、正しさだけを取り出せる。

だから相手の意見には、基本的には批判検討をし、その正当性を確認していかなくてはならないのだ。




■サトエ

ふうん……でもなんか、ちょっとやな感じ。




■アマネ

そうかね?

主観は自由だから、君がそう思うなら勿論そうであろう。

それで、どんなところが嫌な感じがするかな?




■サトエ

だってさ、人の言葉端を捕まえて、重箱の隅をつつくようにされてもさ。

そんな事する奴、性格悪いなって思っちゃうんだけど。




■コウタロウ

それは確かに。




■アマネ

ふうむ。

勿論大前提として、君の価値観を否定はしない。

だが、こう話してみるとどうかな。




■アマネ

例えば皆で、飛行機にでも乗って海外旅行にでも行くとしよう。

その飛行機だが、オンボロで墜落しかねないものだったとしたら、君らは乗りたいと思うだろうか?




■ユウコ

思わない。

恐すぎる。




■アマネ

では、一見綺麗で問題ないような飛行機だが、実はメンテナンスがされていなかったとしたらどうだろう。




■ジュン

やっぱりそんな飛行機も乗りたくはないね。




■アマネ

そうだ。

飛行機と云うものは、安全に飛んでくれてこそ価値がある。

だからその安全性を確保していないような飛行機は、使い物にならないと云う事だ。




■アマネ

ではその安全性は、誰が担保する?




■コウタロウ

整備士とかじゃないの?




■アマネ

そうだ。

さて整備士は、その飛行機をどのようにメンテナンスするのだろうか?




■シン

あちこち調べて、故障箇所がないかを探す……。




■アマネ

それが、批判検討なのだよ。




■アマネ

この飛行機は絶対大丈夫だなどと決めつける事なく、丁寧に、重箱の隅をつつくように点検をする。

そしてほんのちょっとでも訝しなところがあれば、もうその飛行機は、修理が済むまで使わない。

だってそうしないと、乗客が死ぬかもしれないだろう。




■アマネ

では飛行機に対してそんな事をする整備士は、性格が悪いのだろうか?

それとも、安全の為に尽力してくれる、ありがたい存在だろうか?




■サトエ

むう、成程……。




■アマネ

他の例えだ。

君らは、プログラミングと云うものが判るかね?




■ジュン

何か、コンピュータの奴?




■アマネ

そうだ。

例えば君らが、インターネットで買い物をしたりできるのは、そのようにプログラマがシステムを構築してくれているからなのだが、デバッグと云う言葉を聞いた事があるかな。

完成したシステムをテストして、訝しなところ、故障箇所、つまりバグと云うものが存在しないかチェックする作業だ。




■アマネ

さてそこで、プログラマが作ったこのシステムが壊れているはずがない、そんなのプログラマに失礼だ、などと云って、デバッガが自分の仕事であるデバッグ作業をしないままにシステムを展開したらどうなる?

もしバグのせいで、お金を払ったのに払われていません、なんて事になったら、ただの丸損になる。

それでは困るから、システムが問題ないものかどうかを確認する必要がある。

それがデバッグ作業であり、批判検討なのだよ。




■アマネ

この時、デバッガと云うのはシステムを提出したプログラマに対して失礼なのだろうか?

性格が悪い人なのだろうか?




■アマネ

そうでなく、プログラマは全力で素晴らしい仕事をしてくれたはずだと信じ、それに全力で報いる為にデバッグ作業をする。

この全力の二人三脚に依って、そのシステムは素晴らしいクオリティを実現でき、社会の役に立つようになる。

これは寧ろ、当然の事であり、或いは素晴らしい事ではないだろうか?




■コウタロウ

ううん……。




■アマネ

議論も同様なのだよ。

相手が折角、意見を提出してくれたのだ。

その意見を、無条件に素通しし、チェックもしない。

失礼と云うなら、その方が失礼ではないだろうか?




■アマネ

それは要するに、相手の意見はどうでも良いと云う事だ。

どんなものであれ、素通ししてしまう訳なのだから。

或いは、自分には自分の考えがあり、相手には相手の意見がある、人それぞれなんだから、と云って、結局相手の意見を検討もしないで、自分の意見だけに拘り続ける。

これでは相手が意見を出した意味がないであろう。




■アマネ

誰かが意見を出したなら、皆でそれを批判検討する。

そして不備があれば、皆で修正する。

これを、不備がなくなるまで徹底的にやる。

そうすればこそ、高クオリティの素晴らしい結論が得られる。

議論はその為の会合であり、協力プレイだ。




■アマネ

誰かが何かを云ったら、徹底的にいじめ抜いて相手を苦しませろ、などと云っている訳ではない。

口喧嘩じゃあるまいし、議論の場でそんな事をしている者が居たら、ご退場願うだけだ。




■アマネ

さて君、君は飛行機の整備士やデバッガに対しては、性格が悪いと思うかな?




■サトエ

……いや、思わない。




■アマネ

では、素晴らしい結論の為に、議論の場で相手の意見を批判検討する者は、性格が悪いと依然思うだろうか?




■サトエ

……思わない、かな。

ちょっと誤解してたと思う。




■アマネ

そうであれば良かった。

いや別に、君が変わらず、そんな奴は性格が悪いと云うなら勿論それで結構なのだが、批判と云うものが誤解されていると思ったものでね。

誤解のせいで嫌われると云うのも、淋しいだろう。




■サトエ

いや別に、アマネさんを嫌いって云った訳じゃないけど。




■アマネ

ふむ、しかし哲学者と云うのは、正にこの批判と云うものをやりまくる人間なのだよ。




■シン

え?

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