第14話 絶好のチャンス

 はっと目を開けると、視界に見えたのは見慣れた自分の部屋の天井だった。


「夢かあ」


 まさか、ちょっとベッドに横になるだけで夢を見るとは思わなかった。ガチャリとドアが開く音がした。


「母さんが夕飯だってさ。珍しいね。姉ちゃんが夕飯前に寝ているのって」


「毎回言うけどさあ。ノックくらいしてか」


「じゃあ、ちゃんと伝えたから早く一階に降りてきなよ」


 ただでさえ夢見が悪かったのに、弟がノックもせずに部屋に入ってきた。まったく災難続きである。とはいえ、これはきっと空腹がいけないのだろう。夕飯をお腹いっぱい食べたら、きっと今見た夢も笑い飛ばせるはずだ。


私は重い腰をあげて、ベッドから下りて一階に向かった。いつもなら、家でも「メガネ女子」になりきるため、メガネをかけているのだが、忘れてベッドわきに置いたままにしてしまった。



 今日の夕食はカレーライスだった。リビングに到着する前に匂いでわかった。一階のリビングにはすでに母親と弟、父親の姿があった。母親と弟がせわしなく動いていたが、父親はすでに椅子に座っていて手伝う気はないようだ。


「やっと降りてきた。体調でも悪いの?郁人から寝ていたみたいだと聞いたけど」


「いや別に体調が悪いわけじゃなくて……」


 体調面に問題はない。問題があるとすれば精神面だ。夢で見た内容が頭から離れない。目黒君が転校するなど、普通に考えたらありえない話だ。転校して一か月で転校するなどなかなかない。しかし、今までの行動を振り返るとありえない話でもない。本人の意思による天候は十分あり得る。


「最後の言葉は何だったんだろう……」


「何か言ったか?」


 夢から覚める直前に目黒君に言われた言葉が引っかかる。私のことを今までどう思っていたのだろうか。考えられるとしたら二択だ。


 好きか、嫌いか。


 もし、夢の中の目黒君が後者を私に伝えたのだとしたら、夢だとしてもショックは計り知れない。明日からどんな顔をして現実の目黒君と接していいのかわからない。反対に前者、「好き」だとしたら。


「それもなかなか……」


「おい、仁美?」


「ダメだよ、父さん。姉ちゃん今、少し頭がおかしくなっているから。姉ちゃんのクラスに転校生が来て、その人がメガネをかけた『運命の人』なんだって。きっと、夢でその人が出てきて、それを思い出しているんだよ」


「放っておいて大丈夫なのか、それ。ああ、もしかして、母さんから聞いているが、最近メガネをかけ始めたのも」


「そうよ。でもまあ、いいんじゃない?高校生なんて一度きりしかないわけだし、青春も勉強も両方頑張ればいいのよ」


 何やら、外野が騒がしいが、彼らに構っている余裕などない。明日からの私の態度で目黒君の未来も変わってくるのだ。


 それから夕食の間中、私はずっと夢のことを考えていた。カレーを服にこぼしてしまうという、幼稚なことをしてしまったが、それもまた仕方ないほどの緊急に考える案件だった。カレーがいつもより辛かったらしいが、味など感じる余裕もなかった。



 次の日、いつものように電車に乗って登校中、珍しいことが起きた。


「いやいやいや、それはありえない」


 目黒君が転校してから一か月が過ぎたが、転校初日以外で彼と同じ電車で登校したことはなかった。帰りも同様である。それなのに、よりによって夢が最悪だった今日に限って一緒の電車となってしまった。


 あまりの驚きに電車内だというのに思わず、独り言が口から出てしまう。目黒君は私がいる場所から一つ離れた入り口付近に立っていた。


 電車では基本的に電車内の乗客観察をしているのだが、目黒君は何せ私の「運命の相手」なのですぐに気づいてしまう。目黒君は他の人間とは違って、存在自体が輝いて見えるのだ。しかし、そんな彼は昨日からコンタクトデビューして、私の「運命の相手」ではなくなってしまいそうになっていた。それなのに。


「め、メガネをかけて、いる……?」


とりあえず、これは神がくれた絶好のチャンスだ。知り合いやクラスメイトがいない電車内なら、目黒君と少し込み入った話も出来るのではないか。そこで双方の意見を率直に交わして、私たちの関係を修復するのだ。


 私は意を決して、目黒君がいる場所へと近づいていく。幸いにして、電車内は歩く程度には余裕があった。


「お、おはよう、目黒く」


「……」

 

「こ、コンタクトはどうしたの?確か昨日、コンタクトデビューしたはずではなか」


「視力の良い奴なんかにわかるかよ」


 せっかくのチャンスだったのに、相手は私と目が合った瞬間に不機嫌になられてしまい、挨拶しても無視。メガネをかけている理由を聞いたらこの返事。いったい、ここからどのように関係を修復できるというのか。


「で、でも私はメガネをかけてきてくれて、うれ」


「そういう日好さんはメガネをかけていないけどね。どうしたの?他人のメガネをかけているのは好きだけど、自分は面倒になった?」


「えっ……」


 目黒君の指摘で慌てて顔に手を当てると、確かに昨日までかけていたはずのメガネがない。そういえば、妙に目の周りがスッキリしているとは思っていた。昨日のショックで夕方からメガネをかけていないことを思い出す。メガネは自分の部屋のベッドわきに置きっぱなしだ。


「やっぱり、日好さんはメガネをかけない方がいいよ。僕が変なことを言ったからかけ始めたんだよね?」


「ま、まあ……」


 おかしい。私は目黒君に好意を持ってもらうため「メガネ女子」となった。それなのに、どうしてその張本人からメガネをかけない方がいいと言われているのか。心なしか、目黒君は私がメガネをかけているときよりも不機嫌だが穏やかな表情をしている。いったいどういうことか。さっぱり意味がわからない。


「まもなく電車が停車します。降り口は右側になります」


 話しているうちに高校の最寄り駅に到着してしまった。もしかしたら、このまま二人きりで一緒に高校まで登校できるかも……。


「おはよう、目黒君に日好さん。君たち、いつもこんなに早い電車に乗っているのかな?先生は初めてこの時間の電車に乗ったよ」


 神様、どうせなら、私と彼の2人きりの時間をもっと欲しかったのですが。

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メガネバカップル 折原さゆみ @orihara192

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