第12話 コンタクトデビュー

 目黒君が隣の女子から告白を受けた件から、一週間が経過した。どうやら、一週間ごとに何かしらのイベントが発生するようだ。


「め、目黒君、め、メガネはどうしたの?」


 朝、いつものように早めに登校して教室に入ると、珍しく目黒君がすでに自分の席、つまり私の隣の席に座っていた。今まで一度も私より早く教室にいたことがなかったので驚きだ。しかし、それよりも驚くべきことがあった。


「メガネだと体育とか運動するときに邪魔だから、こ、コンタクトにしてみただけ」


 教室にはすでに3人のクラスメイトが登校してそれぞれ自分の席に座っていたが、その誰もが目黒君のメガネなしの姿に興味を示していた。メガネがないことが気になってはいるものの、声をかけられないのか、ちらちらと私の隣の席を見ていた。


「い、いきなりだよね。こ、コンタクトは、し、したことあるの?」


 あまりの衝撃的な出来事に、私の言葉はしどろもどろになり、嚙みまくってしまう。体育の授業ごときでコンタクトにする人がいるだろうか。部活が運動部ならわからないでもないが、目黒君の部活は。


「目黒君って、確かパソコン部だったよね?それなのに、コンタクトにする必要ある?」


「だから言っただろう?体育の授業で邪魔だからって」


「いやいや、そんなの50分我慢するだけでしょ。それに、目黒君が転校してきてから体育は何度もあるけど、邪魔そうには見えなかったけど」


「……」


 目黒君は急に黙ってしまった。机にうつぶせになり、私の話をこれ以上聞かないアピールを始めた。他のクラスメイトでこのような態度を取られたら、単純に眠たいのかなと思うが、目黒君が授業中に寝ていたのを見たことがない。これは寝たふりではないだろう。


 メガネを外してしまった。


 この事実を私はどう受け止めたらいいだろうか。私がメガネフェチだということは周知の事実であり、当然、目黒君も理解している。そうなると、メガネを外してコンタクトにした理由はただ一つ。


「メガネをかけなかったら、私に好かれないから」


 なんてことだ。私が「メガネ女子」として生活を始めたのをきっかけに、目黒君は反対にメガネをやめてコンタクトデビューをしてしまった。そうなったら、私が目黒君を好きになる理由が。


「いや、別にメガネがなくても、きっと、私は目黒君をう、運命、の……」


 運命の相手。


 その言葉はどうしても口に出来なかった。それからしばらく目黒君は机に突っ伏し、私は隣の席で、うんうん唸っていた。


 15分くらい経ったところで、ようやく親友のみさとが教室に入ってきた。


「おはよ。どうしたの?そんな悲壮な顔をして。また転校生がらみ?」


「お、おはよう、みさと。わ、わたし、これから、ど、どうしたら……」


「日好さんがおかしいのは前からだろ?いちいち僕のせいにしないでくれるかな?」


 みさとなら、私のこのどうしようもない気持ちを理解してくれるだろうか。さっそく相談しようとしたら、悩みのタネの本人に遮られる。やはり、狸寝入りだった。うつぶせになりながらも、周囲の会話に耳を澄ませていたのだ。今は聞き捨てならない言葉だったのか、顔を上げてメガネがない素の姿をみさとにさらしている。


「おはよう、目黒君。今日はメガネじゃないんだね。もしかして、コンタクトにしたとか?」


「そ、そうだけど……」



「あれ、目黒君、コンタクトにしたの?メガネも良かったけど、メガネなしもいいね」

「目黒君、コンタクトデビューおめでとう。メガネの煩わしさから解放された気分はどう?」

「目黒もコンタクトにしたのか。オレもこれを機にコンタクトにしようかな」


 みさとが部活の朝練を終えて教室に入ってきたということは、他の部活も朝練を終えて教室にやってくるということだ。みさとのあとに、ぞろぞろとクラスメイトがやってきた。そして、目黒君のメガネがないことに気付くと、皆、興味津々に目黒君の席に近付いてくる。


「別に人のことなんか、気にすることないだろ」


 クラスメイトの言葉に、目黒君は嫌そうな顔をしていた。素顔の目黒君は、メガネで緩和されていた目つきの悪さが強調されている。吊り上がった一重の瞳の三白眼に不機嫌そうに睨まれたら、威圧感がすごい。そのため、興味津々だったクラスメイトはしぶしぶその場から離れていった。


「それで、コンタクトにした理由だけど」


 クラスメイトが私たちの周りから去っていき、その場には私と目黒君とみさとが残った。てっきり、私とはもう目を合わせてくれないと思ったが、急に私に視線を向けてきた。突然すぎる行動に困惑してしまう。


「そうだねえ。コンタクトにしたら、視界スッキリ、関係もスッキリ清算だねえ。良かったねえ、目黒君。これでもう、仁美から『運命の相手』って言われなくて」


「み、みさと。私は何も言っていな」


「そういうことだ。日好さん、メガネをかけていない僕には興味がなくなったでしょう?メガネをかけた人ならだれでもいいなら、今後、僕に構わないでください」


 何てことだ。メガネを人質に関係を断たれてしまった。


「ど、どうしよう……」


 今日から私は隣の席のメガネなしの目黒君とどのように付き合っていけばいいのだろうか。メガネなしの目黒君に睨まれて、不覚にもときめいてしまった。

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