第10話 弟と彼女とメガネ
メガネ女子になって一日が経過した。結局、一日中、目黒君に避けられていた。午後になっても、目黒君の態度は変わることはなかった。
「明日からどうしようかなあ」
帰宅後、自分の部屋で宿題をやりながらため息を吐く。せっかく、メガネ女子になるという画期的なアイデアを思いついて実行できたと思ったのに、これからどうしたらいいものか。明日もメガネをかけていこうか迷いが生じた。
とはいえ、今日はまだ初日。今日はたまたま、私がメガネをかけるという行動自体に驚いて、戸惑っていただけかもしれない。何日かすれば、私のメガネ姿にも慣れてくれるだろうか。だとしても、今日の目黒君を見ていたら、彼との仲は進展することがなさそうで、また何か別の策を講じる必要がある。
そう思いながら、今日の目黒君の行動を振り返る。今までは昼食を私の隣の席、つまり自分の席で取っていたのに、今日に限ってほかのクラスメイトの男子と一緒に取っていた。どうにも私のメガネ姿に慣れて、私と親しく話している姿が想像できない。
「とりあえず一週間は様子見だな。メガネはかけて登校しよう」
今日一日メガネをかけてみたが、鼻と耳の部分に違和感があったが、慣れれば大して気にならなかった。視界の観点でいえば、紫外線カットとブルーライトが入ったレンズのおかげで、メガネをかけていない時よりも目に負担がかからず楽だった気がした。目がよい人もメガネをかける時代が来ている。
「姉ちゃん、メガネってどこで買った?」
考え事をしながらも、数学の宿題の問題集を解いていたら、部屋のドアをノックもせずに弟が侵入してきた。いくら姉弟とはいえ、礼儀というものがあるだろう。
「郁人(いくと)、何度も言っているけど、部屋に入るときはノックというものを」
「どうせ、宿題していただけだろ。姉ちゃんは真面目さんだから。それで、メガネは」
「はいはい。じゃあ、そこに突っ立っていないで座ったら?」
宿題をしていただけとは、ひどい言い草だ。学生の本分は勉強なのに、それをおろそかにしてはいけない。とはいえ、弟だって勉強はしっかりとやっている。現在、中学二年生だが、すでに高校受験を視野に入れて勉強に取り組んでいると母が言っていた。
今回は「メガネ」という言葉に免じて、ドアの未ノック問題を許してやろう。
「やっぱりメガネ屋で買った方がいいのかな?」
私の部屋のベッドに座った弟は、部屋を見渡していた。それにしても、今日の朝はメガネのことをバカにしていたのに、どういう心境の変化か。メガネに興味を持ってくれたのは嬉しいが、怪しすぎる。弟は私とよく似て面長で大人っぽい顔立ちをしているので、私と同じようなメガネが似合いそうだ。
「そりゃあ、メガネに詳しいのはメガネ屋さんだからね。でも別にオシャレにファッションとしてメガネをかけるなら、雑貨屋とかでもいいんじゃない?」
「そうかなあ。でも、姉ちゃんのかけているメガネ、メガネ屋で買ったんだろ。おしゃれでいいな」
「あ、ありがとう。それで、どうしてメガネをかけようなんて思ったの?郁人もようやくメガネをかけた人間に興味をも」
「彼女が、『郁人君ってメガネも似合いそう』って、言ってくれて……」
そういえば、弟にはすでに彼女がいるのだった。確か、彼女の写真を見せてもらった時にメガネをかけていたはずだ。伊達ではないとしたら、メガネの苦労を知っているのに、弟にメガネをかけさせようとしているのか。
「彼女って、メガネかけていたよね?」
「そうだよ。だから、今度、メガネコーデして一緒に出掛けられたらいいねって話してた」
「はあ」
弟と彼女のラブラブ話を聞かされて、いつもの私なら、ただ純粋に弟たちの仲の良さを嬉しく思うのに、今は嬉しさよりも怒りの感情がわいてくる。私が運命の相手との距離を全力で埋めようとしているのに、弟は何もせずに彼女とラブラブと楽しそうに過ごしている。この差はいったい何なのか。
「とはいえ、メガネ二人っていうのは、ガリ勉カップルって思われそうだけどね」
「なるほど……」
楽しそうな顔が一転して、弟の表情が暗くなる。メガネと言えば、ガリ勉とかインテリというイメージはあるが、メガネの種類にもよるのではないだろうか。
「別に他人のことなんか気にしないで、メガネがかけたいのなら、メガネ屋さんに行ってみたらどう?」
「そうだよね。ありがとう。姉ちゃんに相談したら、なんだか大丈夫な気がしてきた!メガネを買うついでに、彼女にコンタクトを勧めてみるよ!そしたら、メガネなしのおそろコーデもできるし」
弟は、話は済んだとばかりに、ルンルンと上機嫌に部屋から出ていった。残された私は弟の言葉の意味を考える。
「コンタクトを勧める……」
私にとっては、メガネをかけていない人はただの人間としか思えない。とはいえ、一度目黒君のメガネなしの姿も見てみたい気がした。
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