第4話 転校生

「転校生を紹介します」


 会うのは難しいと思っていた運命の相手と、まさかの形で再会とすることになった。これは、二次元でよくある典型的な再会ともいえる。実は私は、二次元に生きていたのではないかと疑ってしまった。



 朝のHRで突然、担任が転校生を紹介した。GW明けのこんな時期に転校生とは珍しい。とはいえ、私にとってはそいつがメガネをかけているか、否か。それが興味の対象になる。


「目黒藍(めぐろあい)です。よろしくお願いします」


「仁美、あんたが好きそうな男子が……。いや、あんたわかりやすすぎ」


 前の席に座るみさとが後ろを振り返ってきた。そして、私の表情を見て苦笑している。私の顔はきっと真っ赤に染まっているに違いない。慌てて顔を伏せたが、親友にはばれてしまった。


「じ、実はね……。今紹介されている転校生を私……」


「うわ、それはすごいね」


 私は正直にみさとに転校生と電車で会ったことを話すことにした。


 もし、事前に電車で会った運命の相手が私のクラスに転校生としてやってくるのを知っていたら、もう少し表情をコントロールできたはずだ。顔を真っ赤にすることなく、スマートに転校生の紹介を聞いていられた。不意打ちだったので対処できなかっただけだとわかってもらいたい。


 だって、あれは反則だ。あのメガネ姿に惚れない方がおかしい。電車で出会った時も思ったが、シャープな顔立ちにスクエア型の黒縁メガネ。王道のザ・メガネスタイル。もっと細かく言うと、吊り上がった一重の瞳に銀縁メガネが良く似合っていた。とはいえ、メガネを外したら、三白眼の吊り上がった瞳で目つきが悪く見えてしまうだろう。メガネをかけることで、目つきの悪さが中和されている。


「羽田、まだ朝のHRは終わっていないぞ。前を向け。それで、目黒の席だが……」


 担任が教室全体に視線を向けた。私もつられて辺りを見回すが、現状、このクラスで空いている席は一つしかなかった。どうして朝、教室に入ってすぐに気づかなかったのか。私の隣の席に見知らぬ机といすがあったことに。


「席はそうだな、日好の席の隣がちょうど空いていたな。そこに座ってもらおうか」


「なななななっ!」


 担任の言葉に私の心は大荒れだ。つい、心の荒れ具合が言葉に出てしまった。確かに空いている場所は私の隣しかない。


「わかりました」


 転校生の目黒君は軽く頷いて返事をする。そして、私の元に(正確には私の隣の席)に向かって歩いてきた。


「よろしくね」


「よ、よよよよ、ろしく、お、おお願い、します」


 席に着く前に、目黒君は私に挨拶してくれたのだが、どうにも平静を保っていられない。せっかく挨拶してくれたのに、ずいぶんと間抜けな返事となってしまった。


 なんと、この男は声まで素敵というオプションがついていたのだ。少し低めのハスキーな声で耳にとても心地よい。ちなみに私はメガネフェチのほかに声フェチでもある。アニメを見るときは、メガネキャラ、推しの声優の二つが被っていたら、その場でガッツポーズをして踊りだしてしまう。


「私の運命の人」


(あれ、これ、昨日も言った気がする……)


「あのねえ、声が思いっきり漏れているけど」


 前の席から親友のあきれた声が聞こえた気がしたが、今はそれに対応している場合ではない。


「エエト……」


 私の心の声はばっちりと隣の転校生に聞こえてしまっていた。転校初日に見ず知らずの生徒に「運命の人」などと告白されては、困惑するしかないだろう。私が逆の立場ならそう思う。ただし、今の私にそんな常識的な考えはなかった。


「日好、この暑さで頭がいかれるのはわかるが、今は朝の中だHR。個人的な告白は休み時間にするように」


「わかりました!」


 今の私は無敵モードだ。このメガネイケメンを逃がすなと頭の中の私が大声で騒ぎ立てている。むろん、こんな大物、逃がすわけがない。



「目黒君って部活はどうするの?」

「前の学校はどうだった?」

「日好さんとは知り合いなの?」


 朝のHRが終わると、転校生の目黒君の周りにはたくさんのクラスメイトが集まってきた。みんな、転校生に興味津々のようだ。私は彼が誰かに取られないか、びくびくしながらも会話に入ることはせず、じっと耳を傾けていた。


「部活は特に希望は無いかな。あんまり運動は得意じゃないから、入るとしたら文科系がいいかな。中学校では卓球部に入っていたけど……」


「前の学校もここと同じようなものだよ。人数も頭のレベルも」


「日好さん、とは初対面の、はず、だよね?」


 クラスメイトの質問に律儀に答える目黒君は、メガネをかけているキャラの定番、陰キャではなかった。運動は得意ではないようだが、少なくともコミュ障で人見知りではないようだ。クラスメイトの質問に一つ一つ丁寧に答えている。最後に振られた質問の回答に、戸惑うような表情で私に視線を向けてきた。


「まあ、初対面、かもしれないですね。ハハハ」


 どうやら、相手は私が朝の電車で一緒だったことに気づいていないらしい。私だけが浮かれて「運命の人」などと言ってしまったことが、今更ながらに恥ずかしくなる。相手は私のことが言葉通り、眼中になかったのだから。


 先ほどまでのハイテンションな気持ちが一気に急降下していく。気持ちが表情に現れていたのだろう。転校生もクラスメイトも黙ってしまい、気まずい空気が辺り一面に広がる。転校生はあごに手を当てて、何やら考え込んでいる。落ち込んでいる私を慰めでもしてくれるのだろうか。

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