こらっ!不殺って言ったでしょ!~最強暗殺者(アサシン)に一目ぼれされた俺の奮闘日誌~

毘沙門河原ミシシッピ麗子

第1話 踊れ、満月の夜に 死神と

死は綺麗な弧を描く。

その日はとても月が綺麗で、小さな女の子が大きくバク中をするのには本当に良く映える夜だった。


くるりと体を回転させ、逆さになった顔、なびく金色の髪の間から覗く目と目が合う。

本能が告げる、獣だ。

目の奥には理性や秩序といった人間が持つ大切な倫理観を全て排除した獣がいた。

獣の手が目に追えない速度で動く、その刹那、月明かりに照らされた鈍く光るものが射出される。


ドン、ドン、ドッ

質量のある物体に何かが刺さる音がする。

それと同時に俺の目の前で動画や漫画でしか見た事のないような悪そうな輩たちが次々と短いうめき声をあげながら倒れていった。


あぁ、死は突然に訪れるのか、カウントもなく。


だがこんな非情な状況でも頭はなんとか働く。

音もなく先ほど大きく回転していた女の子が目の前に立つ。

俺よりも十センチは小さい、見下ろしてしまいそうな細くか弱い女の子。

良かった、と何故か思った。

だって俺の生命の秒針を遮断するのはこんなに可愛い女の子、それなら死も悪くないのかな、なんて思った。

…いや、痛いのはイヤだけど。


ゆっくりと足音もなく近づいてくる。

都会の裏路地で知らない金髪の小さい女の子に殺されるのも俺らしいな。

そう思うと同時に先ほど男たちに殴られた部分が熱をもって脳に鈍痛を与えてきた。

次の瞬間、ゆっくりと俺のまぶたは降りていった…




―――俺、多々良暁(たたらあかつき)はどこにでもいる普通の大学生だ!

…なんて、そんなエロゲ風な自己紹介も必要ないほど俺の人生は「モブ」そのものだった。

そりゃ人並に辛い事も嬉しい事も過ごしてきた。


高校の時は告白をして振られ、大学合格を祝ってくれるのは両親、バイト先はコンビニで、可愛くてピンク髪の幼馴染がいるわけでもなし、バイト先に片言外人で無条件に俺を好きになってくれる同僚がいるわけでもない。


ノーマル、普通、ガチャで言うN、主人公の友達の友達…


当たり障りなく人生を過ごしてきた男が俺だ。


単位が足りず留年するほど破天荒な事もせず、何かに突出したスキルがあるわけでもない。


「退屈だ…」


深夜2時半すぎ、品出しをしながらふとひとり呟いてみる。

…何も起こらない、そりゃそうだ、車が突っ込んできたり強盗が突然現れて自分の中で眠っていた格闘スキルが目覚めるわけじゃない。


「おーい、店員ー」


はーい、元気でもないしやる気がないように聞こえないような中途半端な返事をしながらレジに向かった。


「31番」


すっと指定されたタバコを手に取りレジを打つ。

俺のスキル、最速レジ打ち…はぁ、最弱スキルな方がまだ胸を張って言える。

お互いに無表情のままレジを終えるとすぐに品出しに戻る。

…後何回この夜勤を終えたら何かが変わるんだ…


大学一年の時に入ったコンビニの仕事も体に染みつき決められた時間に決められた配送を受け取り決められた場所に決められた品物を出す。


何も変わらないが、俺みたいなやつにはうってつけの仕事だ。

この日も朝までレジ打ちをして仕事の引継ぎを終わらせると朝日に体をさらしながら部屋に帰る。

うぅ…平日の朝のラッシュで疲れた、今日は授業ないけど、予定もない。

のんびりするか、って言ってもただ寝て起きて、水飲んで寝るだけだけど…


たまに来る漠然とした未来への不安を胸にシャワーを浴びる、汗と一緒に洗い流すのが日課だ。さっぱりした頭でぼーっと動画、SNS徘徊…


どう?モブらしい日課だろう。

俺はベッドに横になり目をつぶった…

俺の日常、リピート機能が搭載されてない?


(てぃろりてぃろてぃろ♪てぃろりてぃろてぃろ♪)

目を開ける前にiPhoneの目覚ましが俺を叩き起こす。

く…目覚ましすらリピートかよ…


眠い目をこすりながらバイトへ行く準備、俺の家からバイト先、大学も徒歩圏内だ。

ふぁ…今日は週末だからそんなに客は来ないかな。

そんな風に思いながら川沿いの遊歩道を通り、少し開けた繁華街を通る。

治安が良くない道を通る、俺の中の非日常と言ったらここの道を通る時くらいかな。

一度サラリーマンがどう見てもその筋のお方に胸倉を掴まれている所を目撃した事がある。


あんな風にはなりたくないな、そう、俺はモブでいいんだ。

誰しもが主人公になれるわけじゃない。

そりゃ人生の主人公は君だ!なんて漫画やドラマじゃやってる。

俺もそう思う、俺の人生は俺のもんだ。

でも技もない、力もない、頭もそんなに働かない。

人には得手不得手ってものがある。

無理はしない事、俺がこの平凡な人生の中で学んだ事だ。



一度だけ勇気を出したことがあった。


駅中で、有名進学校の制服を着た女の子が学ランの数人の連中に絡まれているのを目撃した。

下卑た笑いでその女の子を囲みダルがらみしている、周りには数人、主婦か背広を着た初老の男性、誰もが見て見ぬふりをしていた。


普段だったら俺は風景に溶け込んでた。

だって喧嘩なんて一度もしたことがない、小学生の時に自転車で盛大に転んだ時以来痛みというものを味わっていないんだから。


でもその時俺の中で何かが動いた。


「止めろよ、嫌がってんだろ」


数人の学ランと女の子が俺を見る。


「あ?何お前、この子の知り合い?」


「あ、いや、知り合いっていうか、嫌がってんじゃん」


その刹那、自転車から転げ落ちた×10倍の痛みが頬を襲った。


そこからは簡単、こんな事ある?っていうくらいに袋叩きにあった。

幸いな事に俺を立てないくらいに殴った後は女の子にも絡む事なく学ランたちは立ち去った。

まだ脳震盪を起こしたかのように地面が揺れていた、いや、揺れてたのは俺か。


服も破け、血まみれ、とてもじゃないが見ていられないほどの現状の俺。


「あの大丈夫ですか?すみません、助かりました…あの、よかったら連絡先教えてください!私、お礼がしたいんです」


危機が去った今、女の子からお礼が来るだろう、というか来なければいたたまれない状態だ、下心はなかったものの、殴られながらも俺の頭は冷静になっていた。

それはそうだ、こんなモブ人生の俺が唯一出した勇気。

少しくらいは日常を変える何かがあってもいいだろう。


さあ来い。



いいぞ、もうあいつらは去った、いつでもいいんだぞ。



来て。



………来いよ!!



まだ痛みで立ち上がれない中、ふっと視線を上げるともう女の子はいなかった。


周りの主婦や背広の中年男性がチラ、チラと何度か視線を落とす程度。


その時思った。


俺は主人公じゃないんだって。




何故か歩きながらふとそんな遠い昔の思い出が蘇ってきた。

それと同時に叫びたくなるような恥ずかしさ。

ただヤンキーに絡んでいって返り討ちに合い、さらに助けた女の子にも無視される恥ずかしさ…

ぐぐ、やめろ、この感覚、もう出てくるんじゃない。

消そうと思っても消せない恥の歴史というのは嫌な汗を俺にかかせる。


家だったら枕に顔をうずめて思い切り叫んでるのに…バイト前に気分を下げさせる事を思い出させるなよ…


自然と足早に歩いていた。


バイト先のコンビニはこの繁華街を抜けた先にある。

週末で酔っ払いが数人足取りもおぼつかない様子で歩いている。

…随分不用心ですこと。


そう思いながらふと横目にビルとビルの間が映った。


ゴールド。


ん、ビルとビルの間にゴールド?


歩く速度を急激に落とし、本格的にビルの間の裏路地を見る。


そこに、非日常がいた。


最初は大きな犬か何かかと思った。

完全に立ち止まり暗闇に目を凝らす。


俺のモブ人生の中に突然生まれた非日常は真っ金色の髪だった。




繁華街の裏路地に、額から血を流した金髪の女の子が座り込んでいた。













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