別世界のオレと過ごす、ちょっと変わった日常
東アズマ
プロローグ
日は暮れ、小学生の遊んでいる声が聞こえなくなったころだろうか。
突然、誰も入ってこないはずの扉が開いた。
「ただいまー。と言っても誰もいないけどね」
「えっと……、おかえり?」
俺の家に入ってきた人は、制服を着ている少女だった。
制服を見るに、俺と同じ高校に通っているのだろう。
「す、すみません。部屋を間違えました!」
少女は凄まじい勢いで部屋から出ていき、少し経つとまた入ってきた。
「部屋は間違ってなかった……。ということは空き巣ですか⁉ 早く通報しなきゃ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! ここは俺の家だよ。君こそなんで俺の家に入って来られるの」
鍵は全て閉めてあったはずなので、両親以外入ってくることはできない。
「なにを言ってるんですか、ここは私の家です」
「いやいや、落ち着いて周りを見て見なよ。君の私物は無いでしょ」
彼女が言っていることが理解できない。
いきなり俺の家に入ってきては、自分の家だと主張する。
とりあえず、少女を椅子に座ってもらう。
着席した少女は周囲をぐるりと見渡す。
「たしかにそうですね……。ですがなぜ、私の両親の写真があるんですか」
「え、どういうこと?」
彼女はテーブル上にあるものに指を差した。
「この写真ですよ」
それは母さんと父さん、そして俺が写っている家族写真。
この家に引っ越すときにノリで撮ったものだ。
「ただの家族写真だね」
「では、これを見てください」
女の子はスマホを取り出し、ある一枚の写真を見せてきた。
「俺の母さんと父さんだ……」
スマホに映っていたのは、俺の両親。
撮っている場所はおそらく、俺の家。
「両親から、兄がいるなんて聞いたこともないですし、あなたはいったい何者ですか」
「それはこっちのセリフでもあるよ。妹がいるなんて聞いたこともない」
親戚にこんな少女がいるとも聞いたことがない。
仮に妹だとしても、存在を今日まで知らなかったというのも無理がある。
「とりあえず、状況を整理しよう。君と俺はここが自分の家だと主張している。そして、理由はわからないけど両親が似すぎている」
「大方そんな感じですね。互いに証明する方法を持っているので、このままでは埒が明かないのではないでしょうか?」
確かにその通りだ。主張ばかりしていても何の解決にもならない。
だが、話し合っても不可解な点が多すぎる。
……どうしたものか。
「あの、個人間での解決が難しいなら、第三者に助けを求めるというのは?」
「それだ。そうしよう」
彼女からの言葉にハッとする。
母さんと父さんなら、なにか知っているかもしれない。
スマホを取り出して、電話をかけてみる。
この時間帯は家にいるはずだから、応答しないということはないだろう。
『もしもし? 楓から電話なんて珍しいね』
「母さんに聞きたいことがあってね。単刀直入に言うと、俺に妹っていないよね?」
『何を言ってるの、うちは楓だけよ』
「だよね。でもさ、いや口で言うより見せた方が早いか。ビデオ通話に切り替えて」
スマホの画面に母さんの顔が写る。
……相変わらず老けないな。
俺が物心ついたときから、母の顔が全く変わってない。
「この子なんだけどさ」
『あら、可愛い。いつの間に彼女を作ったの?』
「残念ながら違う。この子に替わるから話を聞いてあげて」
女の子にスマホを渡す。
一応音量を上げて、俺も聞けるようにした。
『こんにちは。お名前は?』
「こ、こんにちは。名鳥楓と言います」
俺と同じ名前だ。珍しいこともあるんだな。
『あら、うちの楓とまったく同じ名前ね。どうしたの?』
「えっと、上手く言葉にできないのですが、問題が起きまして」
「母さん、話せば長くなるんだけどそれでもいい?」
俺と楓は、先程までに起きたこと、不可解な事のすべてを話した。
二人とも、語彙力がないのか、聞き手の解釈に任せたところもある。
『楓に変わってもらっていい?』
「わ、わかりました」
「大丈夫、ちゃんと聞こえてるから。あと君も聞いた方がいいだろう」
音量を上げているので、声は届く。
『楓ちゃんは彼女じゃないの?』
「だから違うんだって」
『友達ということでも?』
「ない」
説明したのに、なぜ確認したのだろうか。
『だいたいわかったわ。とりあえず楓ちゃんの親御さんにも電話してみたら?』
「そうするつもりだよ。あと、さっき言った写真を送っておくよ。じゃあまた」
電話を切り、楓の方に向き直る。
「じゃあ、君の親御さんにも確認を取ろうか」
彼女はスマホを取り出し、両親に連絡を取ろうとする。
「メッセージは送信できるのですが、電話ができないです」
「圏外になっているとか?」
電話だけできないというケースを聞いたことがない。
「なっていないです」
困ったな。メッセージだと、いつ返信がくるかわからない。
「わかった。連絡手段があるならよかったよ。」
なにかあったら困るので、少し安心した。
「それにしても、一体どういうことなんだろうね。まるで世界が変わってしまったみたいだね」
すると否や、彼女は顎に手を当てて、考えごとを始めた。
少し時間が経ち、彼女は口を開いた。
「これは私の仮説なのですが」
俺は彼女の紡ぐ言葉に耳を傾けた。
「もしかしたらここは私から見てここは、似通った世界。つまりパラレルワールドなのかもしれません」
「その仮説が合っていたら、いろいろと説明はつくけど、そんなことありえるの?」
「わかりません。でも、同じ部屋、同じ両親、同じ名前で説明がつくのは、これだけでしょう」
そんなSFみたいな話を鵜呑みにはできないが、なぜか彼女の言っていることに納得している自分がいた。
「ということは君は俺ってこと?」
「そういうことになりますね」
たしかに言われてみれば、顔などが酷似している。
髪の長さなどは違うのだが、そっくりさんというレベルを超えている。
「俺は男で、君は女。性別がそもそも違うけど、それはどうやって説明するの?」
「パラレルワールドは可能性の世界ですから、胎児の時点で違ったのでしょう」
「ここまで来ると、もうなにがなんだか……」
受け入れ難い現実を目の当たりにしたとき人間は考えるのをやめるのだろうか。
「君の世界に帰る方法は知っているの?」
連絡はできるとしても、親御さんが心配するだろう。
「知っているわけないでしょう。私も、気づいたらここにいましたから」
「半分キレてるよね」
「キレてません」
「さいですか」
……理不尽極まりない。
「そういえば、学校とか大丈夫?」
いつ帰れるかわからないから、学業に支障を来たす可能性があるだろう。
「明日から夏休みなので、夏休み中はモーマンタイです」
「そうだったんだ。悠のやつ、なんで教えてくれないんだよ」
「今日は終業式のはずですけど」
「あー、ちょっとね」
含みのある言い方に彼女はきょとんとした顔をしている。
……これからどうしようか。
男一人だけで住んでいる家は安心できないと思う。
安全な場所となると、やはりあそこだろう。
「今から実家に行く? 野郎と二人でいるより、大人がいるほうがいいと思う」
「念のため、それがいいかもしれませんね」
母さんに『例の子と今から家に帰るから。事情はあとで説明する』と連絡を入れ、十秒も経たずに返信がきた。
『了解』の一言だけ。
……メッセージの時だけドライなんだよな。
「母さんからの許可も取れたし、準備するから適当にくつろいでいていいよ」
荷物をまとめ、気づけば夕日が沈み切りそうなころになっていた。
その間、楓は両親に連絡していたようだ。
「それじゃあ、行こうか」
彼女は俺を見て、明らかに顔が引きつっていた。
「なんでそんな大荷物なんですか」
俺は、ダッフルバッグを二つ持っていた。
バッグの中には衣服はもちろん、ゲームや様々な物が入っている。
「夏休み中、ずっと入り浸るつもりだからね」
「だとしても多すぎです!」
「……なら減らすか」
「すごい不服そうですね」
衣服を半分にし、ゲームや娯楽を必要最低限にした結果、ダッフルバッグ一個分になった。
「ちょっといい? 行く前にさ」
「どうしたんですか。早くしないと遅くなりますよ」
「わかってる。でも、一つ気になることがあってね」
彼女は、振り返って、俺をじっと見る。
「気になること?」
「俺も君も敬語はやめよう。自分に敬語ってむず痒いからさ」
「それもそうですね。けど、あなた最初から敬語か怪しかったですよ」
「いやぁ、あはは」
俺的には、敬語を使っていたつもりだったのだが。
「まあ、いいです。よろしくね。楓」
彼女が少し微笑んだような気がした。
…………気のせいか。
「ああ、よろしく。楓」
「改めて、行こう!」
俺と楓は実家へと向かった。交通費はすべて俺負担で。
プロローグ完。一話へ続く
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