第5話 妹

「よし、もう一本だ」


「ハァ...ハァ.............フッ!」


 地面を抉る音とともに、身体が前方へ加速する。

 冷たく乾燥した空気に満ちた寒空の下、肺が凍るような感覚に襲われながら呼吸を早める。

 季節は冬、全ての色彩がワントーン落ちた感じがする広原で、いつものトレーニングを行っていた。

 お父さんのいる場所からポツリと一本だけ立っている木まで全力疾走し、木を切り返して戻ってくる。少し休息を挟みまた全力疾走を繰り返すインターバル走。

 本来これは心肺機能と下肢の筋肉を鍛える目的だが、今行っているのはそれだけでは無い。

 体内の魔力を使い肺や筋肉を満たし、補強及び強化を行う身体強化の基礎魔術。

 私やお父さんは黒髪黒目なので、魔力を放出しにくい代わりに身体の内側に干渉するのに優れている。そのため、まずは得意を伸ばそうと言う方針だそうだ。

 最初こそ全然感覚が掴めなかったが、もうこの基礎魔術を"8年"も続けているのだ、流石に少しは慣れてきたというもの。

 風に髪をなびかせながら、約200m程の距離をわずか10秒で走りきる。

 これで何本目だったか...

 汗すら置き去りにするスピードで何度も駆けたが、止まると途端に汗が吹き出る。


「ッ....ハァ....ハァ....」


「よし、よく頑張ったねセイバー。今日はここまでにしようか」


「あ...いや...まだいける...かも......」


「......ここまでだ」


「......いや......いける」


 荒い息を整えるよう一度大きく息を吸い込み、肺と心臓、全身の筋肉に魔力を満たす。それは魔力神経の走行に沿って、紫色を放ちながら皮膚下に透けていく。


「セイバー」


 大丈夫だよお父さん、まだやれる、まだ足りない。

 関節は軋むし肺は破れそうだけど、鼓膜の奥で血管がドクンドクン言ってるけど、あと一本...いや二本だけ。


「────────ッ!」


 脚で地球を自転させるイメージで地面を踏みつける。

 直後加速。

 僅か三歩で最高速度へ達した私を押しとどめるように向かい風が襲ってくるが、推進力は決して落ちない。

 だが、五歩目に入った私のすぐ横を追い風が通過した。

 あ、なつかしい。

 目の前を電車とか大きいバスとかがすごいスピードで通過した時、風で吸い込まれそうになる感覚。

 それが私の横で起きた。

 その後、私は正面で何かに包まれ、ズザーっと地面を削る音を立てながらスピードを落としていく。


「......わ......お父さん」


「こら」


「いて」


 お父さんは私を大きく上回る速度で追いつき、正面から受け止めていた。

 呆れたような顔をしたお父さんから柔らかいチョップを脳天に食らう。


「はぁ、自分を追い込めるのは凄いけど、無茶はしないでくれ」


「ご、ごめんなさい」


「ん、よろしい。そのために僕が見てるんだからね、さぁ休憩にしよう」


 そう言うとお父さんは私の体をフワッと持ち上げ、所謂お姫様抱っこをする形で家の方に歩いて行く。


「ちょ、お父さんっ!自分で歩けるってば!」


「無茶した罰だ、我慢するんだね」


「十歳にもなって......は、恥ずかしいよ......」


 顔を赤くする私と裏腹に、お父さんは満更でもなさそうだった。

 くっ、この親バカめぇ!

 そうしてお父さんの腕の中で揺られること5分、うちの近くに辿り着いたことでようやく解放してくれた。

 よっと地面に着地し、お父さんより少し前を歩く。

 しばらくすると、玄関の方に白くて小さい人影が覗いているのが見えた。


「おや、今日は珍しくお出迎えかい?」


「わーシスゥーーー!!」


 思わず駆け出し、私より小さな体目掛けてダイブしてしまう。

 が、直前でサラリと躱され階段の柱に顔面を強打した。あかん、また異世界転生してしまう。


「わ、"お姉ちゃん"大丈夫......?」


「ゼンゼンダイジョウブ!」


「いや、鼻血いっぱい出てるけど......」


 振り返り親指を立ててみせるも心配そうな目で...あいや、ちょっと引いてる目でそう言われた。

 私は思いっきり鼻をすすり気合いで鼻血を止める。

 私のことを"お姉ちゃん"と呼ぶこの小さくて可愛い生き物は、何を隠そう私の妹である!

 それにしてもいつにも増して可愛いなぁ、産まれてきてくれてから今日で2919日になるが、毎日前日の可愛さを更新している。

 雪のように白い肌と髪色に、透き通るような青眼はお母さんをそのまま小さくしたみたいだった。



「おはようシス、今日もとびきり可愛い!」


「......変なこと言ってないで、もう朝ごはんできてるから。あ、お父さんおかえり」


「ただいま、シス」


 頭を撫でようと手を伸ばしたが、すぱっと払われてしまった。もう何日もお姉ちゃんを遂行できていない気がする...。

 だが、ここで深追いしても好感度が下がる一方なので素直に食卓に向かうと、既に並べられていた朝食を食べはじめる。

 相変わらずおいしいなぁなんて思いながら頬を緩ませていると、シスがパタパタと2階に向かって行く姿を横目に捉え、思わず声をかけた。


「シスー、朝ごはんはー?」


「もう食べたよ、準備もしないとだし」


「準備?」


 階段の途中で足を止めたシスは、木柱の間から少し訝しげな表情でこちらを一瞥する。


「今日はみんなで近くの村に買い物行くんでしょ、昨日言ってたのにもう忘れたの?」


「あ!そういえばそうだった...!」


 そうだ、お父さんが一日家にいるのでせっかくなら家族そろって出掛けようとなってたんだった。

 それに明日はシスの大事な誕生日だからそのプレゼントをこっそり調達するという超極秘任務も私の中であるのだ。

 そんな大事なこと今のいままですっかり忘れていたなんて...。

 シスがぼそっと「お姉ちゃんのばか」と呟きそのまま二階へ上がっていってしまった。


「わ、私も早く準備しないと!」


 忙しなく朝食を口へ詰め込む。

 運動後のせいで水分が足りず、トーストエッグが喉でつっかえた。それを牛乳で無理やり流し込むと、私は急いで二階の自室へ向かう。


「お母さんごちそうさまでした!今日も美味しかった!」


 二階へ続く階段をドタドタと駆けながらそう伝えると「お粗末さまでした」と優しい声が帰ってきた。

 毎日のように美味しい朝ごはんを作ってくれるお母さんには感謝してもしきれない。

 夜になると考えすぎてしまったり、色んな事が不安になりがちな私が「まぁ明日も美味しい朝ごはんが待ってるから良いか」の精神で何度救われたか。

 自室へ入ると、両開きのタンスから適当な服を取り出す。

 着ていた服をぽいーと扉横の籠に投げ入れ、お出かけ用の服に着替える。

 黒い髪を櫛で軽く整え準備完了。

 姿見の前で再度身だしなみのチェックを行う。

 身長は140cm程まで成長し、十歳にしては少し高め。相変わらず黒い髪は肩口まで真っ直ぐ下りている。したがって服装も暗めの色で統一されており誰が着ても同じようなシンプルな服装だ。冬は結局コートを羽織るのでなんだか適当になってしまうのは、私だけでは無いはず...。

 黒いハーフパンツからのびる細い脚の先にお出かけ用のブーツを履くと、少しメリハリがついてマシな格好になった。

 正直な所、寒いので分厚い生地のロングスカートか長ズボンにしたかったが、せっかくの家族揃ってのお出かけだし、なにしろシスが居るのでグッと堪える。

 冬の生足は女のプライドばい、空気がひんやりちべたい。

 すると、部屋の外から階段を下りる小さい足音が聞こえてきた。

 シスの準備が終わって玄関へ向かったのだと察した私は、その少し後に自室を後にする。

 ブーツを鳴らしながら階段を下りると、玄関手前の壁にかけられた白いマフラーを取り、首に巻いてから既に外で待っている家族と合流する。


「お待たせしました」


「お姉ちゃんおそい」


「あ゙っ──────」


 目が焼け落ちるかと思った。

 なぜって目の前にいるシスがあまりにも可愛...いや可愛いの一言で済ませていいのかこれ?もっと適切で的確な表現が...いやというかこれはちゃんと目の前に存在しているのだろうか。

 実は私は異世界になんて転生してなくて長い長い夢を見ているだけで、目の前の究極可愛生命体は私の妄想が産み出した幻覚...?いやだとするならナイスだ私の妄想力。

 雪のように白い髪を揺らす目の前の少女は首元に着脱可能な白いフワフワを纏い、それと同色のコートを羽織っており、所々にアクセントとして水色のラインが入っていた。どこまでも白く儚い夢のような存在に不安を覚えるが、コートから伸びる細い脚はしっかりと地を踏んでおり、そこから可愛らしいシルエットの影を伸ばしていた。

 つまりは120億点満点ってこと。

 一見、真っ白い服装はシスの白髪と白肌を目立たなくさせるかと思われたが、そんな考えは甘かったらしい。それは本当に美しく綺麗な白色は私だと言わんばかりに際立っており、服の白色はこの少女にわからされていた。私もわからされたい。


「はいっ、じゃあみんな揃ったところでそろそろ出発しましょうか」


「───────ハッ」


 お母さんが胸の前で手を鳴らす音でなんとか現実に引き戻された。

 シスはこちらをジトーと眺めていたが、しばらくしてからくるりと旋回し村の方へ歩き始める。


「ま、待ってよシスぅ」


 先頭に私とシス、その後ろにお父さんとお母さんが並ぶ形で歩を進める。

 ここから村まではだいたい1km程で徒歩15分とかからない。軽く話していたらいつの間にか着いている程度の距離だ。


 私は吸い寄せられるように、横目でシスの姿を眺める。

 身長は私より頭1.5個分小さく、風に優しくなびく髪からはサラサラと光の粒子が溢れているような気がした。

 あと何故か甘くていい匂いもする気がする。

 綺麗な横顔についつい見惚れてしまっていると、大きくどこまでも透き通るような蒼い瞳がふいにこちらを捉える。


「....なに?」


「うえっ!?あ、いや、相変わらず可愛いなぁ〜なんて」


 しまった、流石に見すぎたか。

 私は誤魔化すように人差し指で頬を掻きながらぎこちない笑顔を浮かべる。

 シスは少し呆れたような表情を浮かべたが、前を向き直して会話をしてくれるようだ。


「似合うでしょ、お......お母さんが冬用に買ってきてくれたの。お姉ちゃんは相変わらず地味で暗いね」


 シスは自慢気に鼻を鳴らして、それが当然であるかのように言い放つ。そして、最後の言葉が地味に痛い。


「う、ま、まぁでも私に可愛い感じのは似合わないかなぁ」


「......そんなことない」


「ん?」


「なんでもない!」


 髪を揺らしてふいとそっぽを向かれてしまう。

 うう、ごめんねちゃんと聞き取れなくて。なんだか朝からシスには嫌われっぱなしな気がするよ...。

 ヨヨヨと静かに涙を流していると、そっぽを向いていたはずのシスから僅かに視線を感じる。

 それから、小さな美少女は少し言いづらそうに口を開く。


「それから...お姉ちゃん」


「え、なになに?」


 しばらく少し悩んだような顔を浮かべつつ、一つ大きく息を吐いたと思えば、意を決したようにこちらを見据える。

 ん......え、なんだ?

 今までにないほど真剣味を帯びた表情。

 加えて、適切なタイミングを逃しまいと慎重にこちらを伺うシスの緊張感。

 こ、これはァ!

 まさかまさかのもしかして!シスからの愛のこくは────────


「お姉ちゃん、"魔漏れ"してるよ.......」


「─────え?.......嘘!!???」


 "魔漏れ"とは。

 その名の通り、身体の何処かしらから魔力が漏れている状態を指す。

 魔漏れは基本的にはまだ魔力操作が覚束無いような小さい子どもに現れる症状で、歳を重ねる毎に自然と治っていくことが殆どだ。

 そして、魔漏れしていたとしてもその魔力の可視性は非常に低い為、結局誰にも気付かれずに治っていくという場合が大多数である。

 それ以外で魔漏れしているパターンと言えば、チンピラや荒くれ者が自分の力を大きく見せるようにわざと魔力を放出しているエリマキトカゲのエリの役割パターンだったり、私みたいに魔力制御がまだ上手くなくて、気を抜いたり驚いたりするとひょこっと魔力の塊が顔を出すパターンだったり。

 オマケに私の魔力は人より少し濃いめなので、可視性がものすごく高い。

 これが周りからどういう風に見られるかを例えると、ガムをクチャクチャ噛みながら眉間に皺を寄せて、大股+がに股で肩で風をきって歩くいているように見られるか、鼻から一本だけドスが付くほど太い鼻毛が出ているようなものである。

 つまりはめちゃくちゃ恥ずかしいということ。私はいま最愛の妹に「お姉ちゃん、コアラが2匹ぶら下がれる位の鼻毛でてるよ......」って指摘されたレベルなのである。死にたい。


「ど、どこ!どこからっ!??」


 顔を真っ赤に染め上げながら自分の体をクルクルと見回すが、どこにも見当たらない。


「ココ」


 するとシスは自身の頭のてっぺんを指さした。私はシュバッと音がなるくらい素早く両手を頭頂部へ、すると手のひらに少し温かいものが触れる。こっ、こいつめェ!


「ふぬぬぬぬぬ......」


 私は漏れ出している魔力の塊を両方の手のひらで体へ押し戻す。すると、それはゆっくりと体内へ溶け込んでいった。


「はぁっ、はぁっ」


 息が荒い、真冬だと言うのにも関わらず体全体が火照っている。

 村に着く前に気付けたのは不幸中の幸いだった。

 お姉ちゃんとして情けない姿を見せてしまったが、シスには感謝しないと。

 すると、その様子を一部始終見ていた後ろの二人からも声がかけられてしまう。


「あらセイバーちゃんまた"魔漏らし"しちゃったの?」


 あらあら〜、とお母さんが微笑んでみせる。

 何気ないお母さんの言葉が私の心を傷つけた。


「魔漏らしって言うの恥ずかしいのでやめてもらってもいいですかっ!?」


 その言い方は語感が"おもらし"と似てるので恥ずかしさが増すのだ。

 私は耳まで赤く染め上げ、目に涙を溜めながらお母さんに抗議する。

 思わず大きな声を出したら、またちょっと魔漏れした。もう、なんなんだよう。

 私は右上腕辺りからニュッと飛び出した紫の発光体を慌てて体内に押し込む。


「きょ、今日はもう帰りませんかぁ......?」


 涙目で訴えかけるも「だーめ」とお母さんは首を横に振った。


「はは、相変わらず魔力制御はまだ難しいかい?」


「うう、お父さんの教え方が下手なせい」


「おっと、これは手厳しいな」


 恥ずかしさを誤魔化すようにジトーっと目を向けると、お父さんはあっけらかんと笑って見せた。


「.......ごめんウソ、きっと私が不器用なだけ」


 私は前を向きなおして止まっていた足を進める。

 すると、私の言葉に対して斜め後ろを歩くお母さんから微笑むような声が続けられる。


「ふふ、不器用な所もとことんお父さんと同じなのね〜」


「そうだね、僕も魔力制御は本当に苦手だった。正直なところ、今でも得意とは言い難いけど」


「そうなの?」


「ああ、それこそセイバーくらいの歳の頃なんて魔術なんてからっきしだったんだよ」


「そ、そうなんだ」


 素直に驚いた。

 お父さんから魔術の教えを解いて貰っている身からすると、素人目でも卓越した魔術使いだとわかっていたからだ。

 普段見ているお父さんの力なんてほんの一部だろうけど、その節々から垣間見える精密で丁寧な魔力制御は、彼が一流であることを物語っている。

 あんな風になりたいと、私のモチベーションの一つですらあったのだ。

 そんなお父さんにも、苦手なことや出来ないことがあったのだろうか。


「でも、初歩中の初歩の魔力障壁すらろくに張れない子なんて、きっと居ないよ」


 魔力障壁。

 体の周りに薄く魔力を纏い常駐させることで、自らの身を守る防護服のような役割を為すもの。

 基礎魔術の一つであり、難易度は決して高くない。

 感覚としては蛇口のひねりを軽く回して、水をチョロチョロと出す感覚で魔力を放出し続けるイメージらしい、だが私はそのひねりの調節が下手で、オマケに出てくる魔力は水と言うよりスライムみたいにドロッとしたものなので、未だに感覚が掴めずにいるのだ。

 この八年間で成功したことなんて数えるくらいで、コンディションが最高潮でなおかつ空気が乾燥している時ごく稀に数秒だけ成功するレベル。

 人によっては一日二日で習得することが可能なのだが、そんな初歩の魔術で躓きまくっている私っていったい......。

 前世の名残で段々と考えがネガティブになっていき、視線が自然と足元へ流れていく。

 だが、私がこんなふうに卑屈になるのは珍しいことではなく、既に対処に慣れているお父さんから声がかかる。


「それでも、君の身体強化の魔術は一級品だ。僕はセイバーに魔術のセンスが無いとは全く思わないよ」


「そ、そうかなぁ...」


 その道のプロフェッショナルであろうお父さんにそんなこと言われると、否が応でも嬉しくなってしまう。

 私の顔の角度が30度上がった。

 この機を逃しまいと、お母さんがさらに追撃する。


「お父さんが言うなら間違いないわよ。それに得手不得手は誰にでもある、大事なのは工夫と継続よ。セイバーちゃんは確かに少し不器用かもしれないけど、ちゃんと自分で考えて変われる子、努力を続けられる子。そんな子が何かを成すことに、才能がないなんてことないんだから」


「そうだよセイバー。それに今は出来ないかもしれないけど、案外きっかけひとつで変わるもんだよ」


「う、うぇへへえ。そ、そうかなぁっ?」


 目まぐるしく攻守を入れ替え、様々な角度から打ち込まれる両親のポジティブパンチ。圧倒的コンビネーションを前にに私のネガティブは為す術なくノックアウト、指先一つ動かすことなくテンカウントを迎え、あえなく敗退していった。

 立ち直るどころか内面から外観まで施工工事を行われ、私の心は外はカリカリ中はジューシーの唐揚げにされてしまったのだった。

 自己肯定感がグツグツと沸騰し、そのせいでアッツアツになった両ほっぺたに手を当てる。口からはだらしない声が漏れ、頭上からハート型の魔力がシャボン玉のように湧き出ては、パチパチと音を立てて弾けていった。


「元気になったのはいいけど、その顔のまま村まで行かないでよね」


 横目で眺めるだけで聞き手に徹していたシスから不意にそう言われ、緩みきった私の表情筋は姉としての威厳を取り戻そうと躍動する。


「ああ、まかせなシス」


 自分の中でキリッと音が鳴るような顔を意識して作り、キザなセリフもはいちゃったりして!ふふ、姉の威厳取り戻したり...。


「.......はぁ」


「.......?」


 シスが無言のまま面倒くさいものを見るような目をこちらへ向ける。あ、あれ?それは多分お姉ちゃんを見る目ではないよね...?


「もう......お父さんとお母さんが無責任に褒めたりするから、こんなふうにすぐ調子乗るんだからね」


 後ろを見ながらシスがそう告げると、両親は悪びれた様子もなく同じような笑みを浮かべていた。


「ふふ、反応が可愛くってついね?」


「こちらの好意をあんな風に受け入れられると、なんだかどんどんあげたくなるんだよ」


「雛鳥の餌付け!??」


 いたずらに笑う2人に思わず声上げてしまう。シスは一つ大きく息を吐き、横にいる私の方を向き直す。


「お姉ちゃんもキメ顔だかなんだか知らないけど、早くそのシャクレた顎を戻して。...変に顔なんか作らなくてもお姉ちゃんは普通の顔してればいいんだから」


「は、はい......」


「あらあら」


「ははは」


 後ろの二人が何故か生あたたかい目を向けてきた。

 両親は時折このような顔を私たちに向けてくるので、その度に「まさか私また魔漏れしてるのでは....?」と不安になる。

 だが、ほとんどの場合それは杞憂に終わるので、正直やめて欲しい。

 ともあれ、シスの言う通りにコネコネと両手で顔を揉みほぐしていつもの顔に戻す。


「ふぅ、さっきから情けないところばっかり見せちゃってごめんね」


「別に、なんとも思ってない」


 それは言葉の前に『別にお姉ちゃんのことなんて』ってつかないよね!?大丈夫だよね!?

 顔に出ないようになんとか余裕そうな笑顔を貼り付けるが、その額からはダラダラと滝汗が流れていた。

 ま、まずい。なんとか話題を変えなければ......

 えーと、えーと......


「そ、それにしてもシスはすごいよね」


「......?」


 とうとつに投げかけられた賛辞の言葉に、隣をトコトコ歩く天使は困惑の表情を浮かべる。

 よし、とりあえず話題に興味は示してくれたね。

 ここからは話の的を私からシスに変換するんだ。


「だって、シスは白髪碧眼だから魔力元素はお母さんと同じような感じでしょ?外への干渉力が高い分、気を抜いたらすぐ魔漏れ起こしちゃいそうだけど......」


「......」


 黙って話を聞いていたシスは、一度悩むような素振りを見せたが、すぐにこちらへ向き直り小さくて可愛い口を動かし始める。


「私だって、その......まだ少し魔漏れしてるし」


「えっ......そうなの!??」


 その告白があまりにも意外なことで、思わず声を上げてしまう。

 それに対して、シスは少し頬を赤くしながら控えめに頷いた。

 その様子からみても、嘘や冗談という訳では無いのだろう。


「でっ、でも、全然そんな風には見えないよ!?」


 問題はそこである。

 私の場合は魔漏れを起こすと『あ、あの人魔漏れしてる』ってすぐわかるレベルなのに対し、シスはどの方向どの角度からみても、ただキラキラしていて良い匂いのする、完全無欠美少女でしかなかった。

 私が頭の上にハテナマークを浮かべてきると、斜め後ろからお母さんが補足してくれる。


「シスはセイバーちゃんと違って魔力濃度が薄いからあんまり目立たないの。でも......あまりしないであげてほしいのだけれど、しっかり目を凝らして見ることも出来るのよ?」


「そ、そうなんだ!」


 それを聞いた私はすかさずシスをジーッと眺める事にした。

 へ、へへ、可愛い妹の普段は見えていない物を見ようとするなんて......なんだか興奮ゲフンゲフン、お姉ちゃんとして知っておかないとダメだよネ!

 宇宙兄弟の天体観測では『見えないものを見ようとして』たわけだし、これは当然の権利であり別に普通のこと!なんにも悪いことではないハズ!

 私は基礎魔術である身体強化の応用で魔力を眼に流しこむと、無理やり視力を底上げする。


「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬ......!」


 1080p.....4k......8k......16k......32k......

 グングン視力を上げていく。

 だが、だがまだ見えない。

 私の目には、ただ超高画質になってキラキラと可愛さが限界突破を迎えようとしているシスが映るだけだった。


「ダメだーーーー!!!」


 これ以上光り輝くシスを高画質にすると、視神経及び後頭野が焼き切れると判断し、魔力供給を遮断する。

 額の汗を手で拭い、眉間を指で摘みながらマッサージを行う。

 なんか、真冬にも関わらずさっきからずっと汗をかいているような.......

 まぁでも、今回は高画質なシスが見れたので良しとしよう。必要犠牲ネセサリーサクリファイスってやつだ。

 身体強化まで使ってシスをガン見したせいですっごい睨まれたが、空を見ながら鼻歌を歌い気づいていないフリをする。

 あ、雪降ってきてる。


「そ──────────」


「......ん?」


 そんな時、ふとシスがとんでもないことを口にする。


「そんなに見たいなら......見せてあげても、いいけど......」


「──────────な」







「なんだって!?!?!?」







 頭の中と頭の外で同様の動揺を表す叫びがでてしまい、聴覚がハウリングを起こす。の、脳が揺れるぅ......って、そんなことより!

 な、な、だって今なんていった!?

 ミ、ミセテアゲテモ......?

 あ、あー!あれね!あの〜、あっ妖怪!

 大妖怪 ミセテ=ア=ゲテモ ね!

 だからつまり『ミセテ=ア=ゲテモ良いけど』ってことね(?)

 へ〜そんなに良いんだあの妖怪って!

 見た事も聞いた事も無いけど、シスが言うなら間違いないよねきっと!私もいつかみてみたいなぁミセテ=ア=ゲテモ〜(?)


「だ、だから......お姉ちゃんにだったら、その......見せても良いって言ったのっ!!」


 あ、だめだ。

 耳まで赤くしながら告げるシスがあまりにも可愛いかったので、その言葉を一言一句拾い上げては、耐水サンドペーパー2000番で磨き上げ、大脳皮質の聴覚野まで丁寧に運送してしまった。

 シスの言ったことを要約すると、つまり"見せても良い"ってことらしい。

 うーん、なるほどなぁ......


「──────────なんで!?」


 当然である。

 オセロをしていた筈が隣の盤から飛んできた飛車角王手で敗北し、「いい勝負でした」と手を差し伸べたら思いっきりビンタをお見舞いされたとする、「なんで!?」と叫びたくなるのは当然でしょ(?)まるでチェスだな(オセロ)

 だが、不躾に大声を出した下民の疑問に対しても、目の前の天使様はしっかり答えてくれるらしい。


「だ、だって私いつもお姉ちゃんの見ちゃってるし......お姉ちゃんだけ見られっぱなしは、その......不公平だしっ!」


「な、なるほど......?」


 そ、それでいいんですか?

 確かに私はいつも魔漏れを見られているけれど、それはあくまで私の不器用さが招いた結果であって、周りの人は別に見たくもない物を見せられているわけで、今回の場合は見えていない事がデフォルトで、私が見たいけど見えない物をシス自らの意思で見せるというわけで......!

 私とシスでは状況も立場も得られる恩恵も全く違うのでは!?

 ぐるぐる回る思考の濁流に呑まれ、いつまでも煮え切らない態度を取っていたせいで、シスの顔はどんどんと赤くなっていく。


「も、もうっ!見たいのか見たくないのか、どっちなの!」


 そりゃ見たいですよ!?!?

 リトルセイバーを百人召喚して見たいか見たくないかのアンケートを取れば、全会一致で見たいになるよ!!

 で、でも本当にいいのか!?

 姉妹とはいえこんなに小さく可愛くて、今も目尻に少し涙を溜めながら顔を赤くしているような、純粋無垢で健気な子の見られたら恥ずかしいところを!こんな下心満載で、思いの丈を包み隠さずに言うなら『シスの魔漏れを!見ながら、魔漏れを見られて恥ずかしがるシスを!見たい!そうしたい!!』なんて思っている人間が......見てもいいのかなぁ!?

 なんだか考えれば考えるほど、自分が何をしようとしているかが明確になってきて、頭のかわりに目が回ってきた。

 顔と耳があっつくて思考がまとまらず、逃げるようにお父さんの方を振り返ってしまう。


 助けてファジえもん!


「......セイバー、今から言うことをよく聞きなさい」


「お父さん......?」


 お父さんが真剣な顔つきになる。

 その表情は、いつも私と魔術の訓練をする時の顔と同じだった。

 黒く静かな双眸が私の瞳を捉え、そこから流れ込んでくる凪のような心象風景が現実世界を分断し、私とお父さんだけの空間を作り出す。

 その穏やかな空間が、荒れ猛る私の心に落ち着きを取り戻させてくれた。

 父であり、師でもある男の声が静かな世界に響く。


『いいかい?セイバー、男にはね、引いちゃ行けない時と言うものがあるんだ』


『私、女だけど......』


『浪漫を前に、男も女も関係ないよ』


『で、でも......良いのかな、私なんかが......もしかしたら、嫌われちゃうかも!』


『セイバー、大事なのはどうなるかではなく、どうしたいか』


『お父さん......』


『数多に存在する未来に怯えるより、たった一つの輝かしい今を』


『お父さん......!』


『泥臭くたっていい、惨めだっていい。僅かでも可能性があるのなら、可能な限り、精一杯を』


『お父さんっ!!』


 ありがとう、お父さん。

 私.......私わかった気がするよ。

 もはや二人の間に言葉は要らず、気がつけばお互いに噴き出しあっていた。

 凪に落ちる水滴が如く、お互いの笑いは伝播し共鳴し合う。

 ひとしきり笑ったところで、私たちは再度しっかりと向き合った。

 先程までとは違い、何処か晴れ晴れとした表情の私を見て、お父さんは納得したように何度も頷き、鼻の下を人差し指でこする。

 ことの終わりを示すように、お父さんは優しい目を私に向けて、ウインクの要領で片目を閉じサムズアップで告げる。


『──────────Good luck forever』


 グッドラックフォーエバ──────



 ドバチコォン!!!



 突如として、何かが弾けるような音が鳴り響き、お父さんが作り出した心象風景は瓦解する。

 崩れ去っていく世界のひび割れから、にこやかな笑顔を貼り付けたお母さんが姿を現した。


「セイバーちゃん?あまりお父さんの言うことを鵜呑みにしちゃだめよ?も、変なこと教えないように......ね?」


「「アッ、ハイ」」


 お父さんの後頭部から煙が上がっている。

 どうやら私たちのやり取りにただならぬ気配を感じ、それを中断させるために思いっ切りシバいたようだ。

 ファージ呼び、それ即ちお母さんはぷんぷんである。

 お父さんと私による心の会話は体感時間は長くとも、現実世界では0.2秒満たない。

 だが、その一瞬の違和感をお母さんが見逃すはずも無かった。


 だけど......受け取ったよ、お父さん!


 私は意を決して、シスの方へ向き直る。

 両者、まだ頬は赤い。

 己が行おうとしている事を考えると恥ずかしすぎて死にそうだ。

 だが、脳がそれに気づく前に口を動かせ!

 唸れ声帯、高らかに吠えろ!

 言え!

 叫べ!

 自らの願いを──────────




「──────────そ、その......見たいです。シスの魔漏れがどんなか......見せて欲しいです」




 ──やっぱりコレ変態じゃねぇ!???

 自分の言動を今一度省みて、脳が適切に処理した結果、私の顔は耳の先端までグツグツと茹で上がり、蒸気を上げた。

 あー、もうだめだよこれ。

 現行犯だよ、地下行きで強制労働だよ。

 牛丼も食えやしない日当で312日働き詰めだよ。

 こんな事なら前世でチンチロ練習しておくんだった!くやしい!(くやしい)


 私は断罪を待つ大罪人のような面持ちで、恐る恐るシスの方を見る。

 あぁ、神も仏もワンピースもこの世には存在しない......。

 恥ずかしそうに目を逸らしたシスは、その口を開き審判を下す。


「......しょ、しょうがないなぁ。そこまで言うなら──────────いいよ」



─"ひとつなぎの大秘宝ワンピース"は

  ︎ ︎ 実在する!!!(ドン!!)─



「い、いいいいいいのぉ!??」


 信じられないとばかりに声を上げたが、シスはこくりと頷いてしまう。

 心做しか、さっきより頬が赤くなっている。

 そりゃそうだ、自分から弱みを晒すなんて恥ずかしいに決まってる。

 ただ、それでも公平を期すために、私のために行動してくれているのだ。

 正面から受け止めなければ、姉がすたると言うものではなかろうか。

 私は歩いていた足を止め、体ごとシスに向き直る。


「それでは、お願い致す」


「.......ん」


 シスも自ずと足を止め、前を向いたままゆっくり両手を首元へ持っていく。

 首を覆っていた白いふわふわを取り外すと、無防備にも細くて白い肌が顕になった。

 どこまで可愛く、されど一夜の夢のように儚く美しい御尊顔と、それを支える細くしなやかな首筋。

 それは私に、冬に咲く大輪の白ユリを彷彿とさせた。

 取り外した防寒具を脇に抱え、白い髪に隠されているうなじの部分へ両手を差し込む。

 潤いを持ったシスの蒼眼が揺れた気がして、その横顔に視線をやると、パチリと目が合って─


『いくよ......?』


 少し恥ずかしそうに、そう告げている気がした。



「わぁ......」


 考えるより先に感嘆の声が漏れる。

 シスはうなじに回した両手を、覆いかぶさっていた髪を払うように動かした。

 するとどうだ。

 そのうなじを中心に白銀に煌めく光の粒子がサラサラと溢れ、それは姫を護る親衛隊のように主の周囲で常駐した。

 私のイメージ補正では無く、本物の光に包まれているシスは、その美しさもさることながら、自らの存在を爛々と主張しているようだった。


「きれい......」


「────ッ!?」


 圧倒的な存在感を前に、ばかみたいに思ったことを口走ってしまうが、特に後悔は無い。

 だって、本当に綺麗だなって思ったから。

 少し治まっていたシスの顔の赤みが、またぐんぐん赤くなっていく。


「べっ!別にっ!これって綺麗とかっ、そういうのじゃないしっ!」


 シスの感情の乱れに伴い、またサラサラと魔力が溢れ出る。

 私の顔の前まで漂って来たその光の粒子から、なんだかいい匂いがしている事にきづいて、思わず鼻を近づけて嗅いでしまう。

 それはとても甘くて、抱きしめたくなるようなシスの香りがした。


「ふぇっ.........へ.........へんたいっ!!!」


「はっ......!」


 その叫びで我に返る。

 わ、わ私は今何を!??

 シスは目に涙を浮かべながら、私の前に漂っている魔力を手で払い霧散させてしまう。

 その後、顔を一層赤くして自分の身を両手で抱きながら、ジトリと私を睨む。


「ごっ、ごめんね!目の前に来たからつい......!」


「だからって......だからって!に......匂いを、嗅ぐなんて......っ!」


 ちがくてっ!あの時の私はシスの可愛い成分を急に過剰摂取してしまったせいでちょっとおかしくなってて!ま、まずい何か気の利いたことを言ってフォローしなければぁ!!


「でも、その......めっちゃいい匂いだったょ......?」


「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!?」


 だめだーーーー!!

 墓穴を掘るどころか棺桶も自作して地獄行きの特急電車まで予約してしまった!

 くっ......こうなったら、最後の手段を使うしかない......!

 姉として不甲斐ない!だがこれも致し方ない!


「さ──────────」


「......さ?」


「三十六計逃げるに如かず〜〜〜〜!!」


「あっ!ま、まてぇー!」


 風冴ゆる枯木色の道を


 ぴょんぴょんと跳ねるように


 白い兎が黒い狐をおいかける


 やけに重苦しい燻銀の凍て空から


 しんしんと振る牡丹雪を身に溶かしながら


「うふふ、転ばないようにね〜」


「先に着いててもいいけど、迷子になるなよー」


 和やかに木霊する二人の声は


 然れど白息と共に空に溶け───────








次回 違和感





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