第2話 ビーツセイバー
暗闇の中に、赤と青の長細い閃光が灯る。
光に照らされ妖しく陰るは、白髪と尻尾をサラリと揺らす少女。
その両手には二色の剣が握られている。
ビームサーベル、もしくはライトセーバーと聞けば誰もが頭に浮かぶだろう。
"セイバーフォックス"を名乗るその少女は、両手に握った光剣を自身の周りで不規則に旋回させ、その動きをなぞるように光の線が次々と形成されていく。
体や獣耳に当たりそうで当たらない距離を高速で行き交わすその姿は、まるで光の魔法を自由自在に操っているようだ。
動きの確認が済んだのか両手を落ち着かせると、ゲームプレイエリアの中央から前方ギリギリまで歩き出す。
そんな光景を見て、会場が少しザワつく。
この種目「ビーツセイバー」は、前方からスピードを持って飛んでくる目標を正確に切り裂いていくゲーム性、勿論リズム感覚も必要ではあるが、何より反応速度が大事になってくる。
つまり限りのある5㎡のエリア内では、前方へ行けば行くほど早く反応しなければならない。後ろのスペースに余裕はできるが、そもそも使わないのであればただ難易度を上げる行為でしかない。
その為、普通は中央よりも少し後ろに下がるのがセオリーなのだが...
この少女の立ち位置は前方めいっぱい。
既に曲は始まる寸前、元の位置に戻るには遅すぎる。
観客の中には「バカが、自殺行為だ!負けの言い訳作りしてんじゃねぇ!」と罵声を浴びせるものも現れる。
聞こえているのか聞こえていないのか、少し俯いている少女の表情はアバター及び本人からも窺うことは出来ない。
両足は肩幅より少し広く、腕をダラりと下げ正面を向いている、全身の力を抜いたようなフォーム。
既に曲は流れ出し、『ノーツ』と呼ばれる破壊対象が三機ほど15m前方にスポーンし、猛スピードで向かってきている。
少女は俯いたまま、まだ動かない。
「おい!やる気ねぇんか!」
「怖気付いたなら帰れー!」
「出場者は全員本気できてんだぞ!」
会場は既にブーイングに包まれつつある。
皆が不安や不満を抱えた表情を浮かべる中、そうでない者が2人。
いや、アバターも合わせれば"3人"か。
少女は音を立てながら大きく息を吸い込むと、ゆっくりと顔を上げる。
ようやく動き出したプレイヤーに注目が集まるが、歪としか言えない光景を目に観客は息を飲む。
そう、"笑っていた"のだ。
不敵に、ニヤリと。
「やっちゃえ、せいちゃん」
どこかで誰かが呟く。
刹那─────────────
─────────会場に戦慄が走る。
ズパパパン!と可愛らしい少女の見た目には似つかない破壊音が三度響く。
すると、彼女の周囲に迫っていた筈の三機のノーツが赤と青の火花を散らし消滅した。
画面端には3comboの文字。
結果だけ見れば普通のことだ。
それがこのゲームなのだから。
ノーツの色と同じ色を持った光剣で対象を切り伏せる。
何も驚くような事では無い。
では、何故皆が有り得ない現象を目の当たりにしたかの様な顔を浮かべているのか。
つまり、異様だったのはその"結果"に至るまでの"過程"である。
「スタンフル...ツイスト...!?」
観客の一人が声を漏らす。
スタンフルツイストとは、アクロバットの一つで後方宙返りに一回転のひねりを加えるというもの。
難易度は高いが、ある程度の運動神経が備わっており、尚且つ何時間もの練習を重ねれば習得することは可能だ。
ましてや幼少から体操を習っていた彼女なら、既にそれが出来ても不思議ではない。
だが、それらが"同時に"起こったのであれば、話は変わってくる。
最初に少女は前方めいっぱいに位置していた。
そして、ノーツが射程範囲に入った瞬間、後方に向かって軽やかに跳ねスタンフルツイストを行いながらノーツを全て捌ききったのだ。
空中で複雑に体勢が変わる中、鮮やかな光の弧を描き、重力を嘲笑い踊り舞うが如く。
そしてちょうどゲームプレイエリアの中央に見事な着地をして見せた。
空中での体幹、位置感覚、平衡感覚、そしてその軽やかなバネ、疑いようのないポテンシャル。
ひっくり返る。
形勢が、空気が、観客の反応が。
張り詰めた空気が今、決壊する。
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」」」
「なぁんだ今の!??」
「あのバグ映像ってガチでアクロバットだったのかよ!」
「やべぇ!やべぇよ今の!」
反応は三者三様だが、思うことは同じ。
こいつはやばい、と。
ビーツセイバーのプレイスタイルは主にふたつ。
スタイリッシュさや見栄えにこだわり、難易度やスコアを下げるか、こだわりを捨て去り難易度を上げスコアを稼ぐか。
対して彼女はその両方を行って見せた圧倒的希少種。
今まで誰もが試みたが、誰もが諦めた道をその小さな体で当然のように熟す。
だが、まだ始まって間もないのも事実。
音ゲーは性質上、曲の序盤は比較的簡単だがサビに向かうにつれて難易度が上がっていく傾向にある。
審査員などもいないためいくらスタイリッシュにスコアを稼ごうが意味は無い。
ひとつのミスが致命傷になる大会という場で、いつまで自分のスタイルを貫けるか──
◇
──────────うん、悪くない。
いつもの環境より天井が高いし、横にも縦にも幅が広い。
次々に召喚されていくノーツを"いつものように"切り裂いていく。
時には後ろ向きで、時には側宙をしながら。
縦も後ろもめいっぱい、使える範囲は使っていく。
カウンターの数字が200comboを超えたあたりで、ノーツに混じってモーニングスターが飛んできたり、電気を帯びた壁が向かってきたりする。
これに当たってしまうとcomboは途切れるわスコアは減るわ、最悪の場合ゲームオーバーになってしまうが、流石に世界大会にまで来たのだ。
こんな障害物、問題になんてなり得ない。
モーニングスターは身を左右に揺らしサラリと避け、腰上の高さに広がる電気壁は背面跳びの要領で飛び越える。
勿論その最中で仕留められるノーツはしっかり仕留める。
その後も間髪入れずノーツが飛んでくるが、こちらも伊達に3年間プレイしていない。
斬る、捌く、跳ねる、避ける。
風を切る音と服の擦れる音が段々と激しくなる。
左に浮かぶ無機質な数字のカウンターが700comboを超えたことを目視すると、僅かに笑みが零れたのを自覚した。
「いける....」
ここまでノーミス、フルコンボは目前。
課題曲も最終局面に差し掛かる、だがもちろん油断はしない。
というより、本当の戦いはここからだからだ。
今一度集中力を高める。
しばらくすると、世界が淡い赤色の光を放ち始めた。
本来、ビーツセイバーの曲はノーツの譜面が毎度同じ、つまり何度も練習すればそのうち慣れてくるし覚えられる。
難易度の高い曲も、時間さえかければ誰でもフルコンボ出来るという事だ。
だが、大会用に作られたこの課題曲は700comboを超えた終盤のタイミングでラスサビに入ると、ノーツに規則性はなくなりリズムは合っているものの場所や色は完全にランダムに生成される。
こうなってしまえば、今までのやり方では通用しない。
ならばと、私は目の使い方を変える。
眼球は基本的に動かさず視野全体を俯瞰的に視る。
動体視力を捨て去り、その代わりに反射と反応で対応するのだ。
正直言ってとても難しい。
練習では何度もミスを重ねた。
あまりの難易度に心が折れかけることもあった。
練習で出来ないことが本番で出来るはずが無いと、私もそう思う。
だが、今回に限っては何かが違う、ノーツが読める、体が動く。
集中の泉に身が包まれ、体が生ぬるい。
だが不快感はない。
脳と脊髄からのシナプス連絡がスムーズに行われ、神経と筋が一体となって行く。
なんの隔たりもなく考えたように体が動く。
上昇していく体温とは裏腹に、脳はいたって冷静、自分を第三者視点から見下ろしている錯覚さえ覚える。
数字は既に800comboを超えていた。
だが気づかない。
目の前に迫るノーツをただひたすら切り刻んでゆく事のみに脳のストレージを費やしている彼女に、もはやcombo数は見えていなかった。
右下赤、左上青、中央赤、右赤青赤青、左下青青赤..........
今一度会場がザワつく。
反射に近い反応速度とそれに対応させる運動スピード、構成する全てが高水準。今大会きっての"最速"であると、誰もが認めざるを得なかった。
その後も舞い踊るようにノーツを切り裂き、その度に赤と青の火花を撒き散らす。
何度も
何度も
何度も
瞬きも呼吸も忘れ、心臓の音に煩わしさを感じた頃にようやく気づく。
あれだけ迫ってきていたノーツの勢いがが収まっていることに。
出来た余裕に大きく息を入れると、思わず声が漏れる。
「終わった...のか...?」
否、まだ曲は流れ続けている。
しかし下がってゆくBPMと緩やかな曲調が、着々と終わりへ向かっていることを示していた。
一つ一つ、向かってくるノーツを丁寧に処理して行く。
ここまできて凡ミスなどしてられない、集中は切らさない。
ぽつりと単騎でノーツが向かって来る、赤色、右下。
曲の小節からしてこれが最後のノーツだろうと経験からもわかった。
ふぅ、と熱くなった息を吐き、少し手を震わせながら赤い光剣を上段に構える。
「私の...勝ちだ...」
確信を持って振り下ろす。
だが、それは一瞬の出来事だった。
光剣が届く間合いの1歩手前、ノーツが弧を描きながら反対側へ移動しやがった。
「やっ............」
躱された。
右下へ振り下ろした光剣が空を切る。
分かっている、即座に左上段に向かい振り上げればそのノーツは処理できる、そこまでスピードは無い、対応してみせろ。
大丈夫、間に合う。
体に信号を送る、反応が鈍い、体が重い。
たが、間に合う。
あれが最後のノーツだ、あれさえ切ればフルコンボなんだ。
きっと、間に合う。
嫌だ嫌だ、こんなチャンスもう無い最後の最後に...こんな...なんで体が動かないんだ!
も う 間 に 合 わ な . . .
『──────────私にどんなお返しをくれるの?』
「ふぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
咆哮。
それによりようやく体が動き出すと同時に世界が加速する。
間に合うか間に合わないかの瀬戸際。
地面を踏みしめ左に体を跳ばす。
着地のことなんて知るもんか、約束したんだ!勝つって!
だから届け.....
届け!!!
──────────スパンッ...
「──────────ッ!!!」
届い「ぐへぇ!!!」
腹部に強い衝撃を受けた後、顔面に冷たい感触が張り付く。
あぁ、きっとなにかにぶち当たった後、地面に倒れ込んだんだな私は。
「....す...スコアは..」
倒れ込んだまま目線を走らせると、そこにはこう表示がされていた。
【full combo!】
直後、悲鳴にも似た歓声が私を包み込む。
や、やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!
やった、やったんだ!
私にもなにか、成し遂げることが出来たんだ!
そう声を上げたつもりだったが、疲弊しきっていたのか上手く声が出ない。
だが、もうそんなことはどうでもいい。
そうだ、今日を記念日にしよう。
友星 星葉本当に頑張った記念日として国に申請し、祝日にしてもおう。
そして今夜は家族にホットパイを焼くんだ。
そんな呑気なことを思っていると、あることに気がつく。
アドレナリンが切れたからだろうか、地面に沈み込んでいるのでは無いかと思うほど体が重い。
でも、大会優勝候補がこのザマでは示しがつかないよねっ
私は何とか立ち上がろうと地面に手をつく。
「あ....あれ...」
だが、力が入らない。
というかお腹が燃えているのではないかと思うほど熱い。
え...なにこれ...?
人って限界まで頑張り過ぎたらこんなことになるの...?
私が貧弱すぎるだけか...?
なんだか呼吸もしにくいし、え、大丈夫だよねこれ!?
やだ目の前が霞む、それにやけに眠たくなってきた。
すると、目の前に過去の映像を映し出すフィルムがパラパラとフラッシュバックしていく。
『やったぁ!今日はカレーライスだ!』
『やばっ、前髪切りすぎた...?あ、いや誰も気づかないか』
『ほんとにこの自販機ゾロ目揃ったことある人いるのか?』
走馬灯がうっすい!!なんだこれ!!
あえ、走馬灯...?
それって死ぬ前に見るやつじゃ...
さっきまで地面に沈むように体が重かったのが、今ではフワフワと空中を漂っているような感覚に変わっている。
あぁ...これはダメだと、何となく悟る。
無くなりつつある意識の中、残った部分はまいちゃんのことを考えていた。
ごめん、約束守れないかも。
最後に顔が見たかったなぁ
声も、聞きたかった
まいちゃん...
「........ま...ぃ...ちゃ...
プツリと、そこで完全に意識が途切れた。
次回 異世界転生!?
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