ビーツセイバーで世界ランカーの私は異世界でもやっぱりはぐれ者、されど最速「人間関係は狭く深く派なだけだから!」
@HinoChana
第1話 大会当日
「つ、遂にやってた...WMGC...!」
WMGC、正式には〈World Music Games Championship〉という名を掲げ開催される世界大会、Music Gamesと付く通り種目はいわゆる「音ゲー」である。
我らが日本でオタク文化が発展していく中、古くから根強い人気を誇るゲームジャンルであり、子供から大人まで誰もが一度は触れたことがあるであろう音ゲー。ゲームセンターは勿論、大きな銭湯などでも偶に目にすることが出来る、馴染み深いゲームである。
そして近年では、技術改革がもたらしたソーシャル ネットワーキング サービスの普及により、動画配信サイト等で誰かのプレイ動画を見たり、アプリをインストールすることで誰でも気軽にゲームをプレイすることが可能になった。
これにより、音ゲー界隈は更なる盛り上がりを獲得することとなる。
そしてその勢いは海外にまで広がり、今では多額の賞金が出る世界大会が開催されるまでに成長を遂げた。
では、その世界大会の日程と会場は?
──────────今現在、私の目の前である。
もう9月下旬だというのにも関わらず、まだミンミンとセミの鳴く昼下がり、見たこともないような広さの建物を前に、この私"
東京ゲームショウスタジアムを名乗るこの建物の看板には、どでかく「東京ドームぴったり一個分!」と書かれている。
大きさの比較としてよく使われる東京ドームだが、行ったことがないので大きさの想像がつかないし、「東京ドーム5個分!」とかならまだしも、ぴったり一個分ならわざわざ言わなくてもいいのでは? なんてケチをつけたくなってしまうのは、きっと暑さと多すぎる人だかりのせいです。
まだ大会が始まる4時間前だというのに何故こんなにも人が多いのか。
それは、大会開始時刻まで一部のゲームスペースを解放し、一般客にアトラクションとして体験遊戯してもらう為である。
そうすることで、大会がはじまったとしても「ついでに見ていくか」となる心理を利用し客入りを良くさせ、同時に実際に体験したゲームの世界レベルが
え?だったらそんな暑いところに突っ立ってないで中でゲームを楽しんだらって?
本当に私がゲームの体験と大会の観戦に来ただけの客なら、説明がつかないだろう。
顔面蒼白なのにも関わらず、顎に目掛けてダラダラと流れ落ちる大量の汗。酷い目のクマに、直立時の角度を忘れたのかガクガクと震える膝。浅く早い呼吸と、さっきから握ったままで開かない手。
わ...私がゲームの体験と大会の観戦に来ただけの客なら!説明がつっ...つかないだろう!?
運営と客というwin-winの関係性の中に紛れ込んだ唯一の
そうです、私は────────────
───────
◇
...........ぃ.............ぉ......ぃ............
「おーい! せいちゃーん!」
「...はっ! はい!」
両肩をゆらされ混濁していた意識が覚醒する。目の前にはミディアムカットの金髪をサラリと揺らした美少女が少し頬を膨らませながらこちらを見ていた。
「ま、まいちゃん...」
「もうっ、連絡しても反応無いから心配したよー!」
「あ、ご!ごめんっ」
彼女の名前は"鶴百合 まい"ちゃん。
中一の頃に知り合って、そこから3年間なにかとずっと一緒に居てくれる、私が唯一自信を持って友だちだと言える人。
え?友だち少なくねって...?
ち、違うから。
人間関係は狭く深く派なだけだから!
ほんとなんだから!
そんなまいちゃんは、おでこの上でくくったひと房の前髪をぴょこぴょこ揺らしながら話ていた。
私はチョウチンアンコウの提灯に誘われる小魚のように、つい目で追いかけてしまう。
「ちょっと、どこみてるのさ」
「あ、いやその今日も元気で可愛くて、まいちゃんの顔を見るために太陽は昇って来たんだろうなぁ...あはは」
「前髪に向かって言うな」
そういうことは目を見て言ってみろ!と脇腹をつつかれ、変な声が漏れる。
まいちゃんのキラキラオーラを近距離で浴びたせいで、ただでさえ訳の分からないポエムを口走ってしまったのに、それを目を見て言うなんて恐れ多い。
「それにしても暑かったんじゃない?こんなところで何してたのさ」
そう言うとまいちゃんは肩に下げたトートバッグの中から何かを手渡してきた。
ポ、ポカリだァ!!
長時間炎天下に晒され続け、水分とミネラルを絞りきってしまった私に与えられたオアシス。
思い出すかのように喉の渇きが溢れ、水分補給という欲求に焦らされる。
うずうずしながらチラとまいちゃんを見ると「いいよ」と号令が下る。それに抗える筈も無く、質問に答える前に口にしてしまう。
ゴッゴッゴッ!ありがたいよぅキンキンに冷えてるよぅ!
ぷはぁぁぁ生き返るううう。
ペットボトルが半分になる位まで飲み干した私は、袖で口を拭うとようやく会話を再開させた。
「いやその、いざ目の前に来ると緊張がすごくて、色々考えてるうちにどんどんネガティブになっていって、気づいた時にはもう動けなくなってました...」
「それで現実逃避した意識が飛んでったまま戻ってこなくなったと」
私に対する理解度が高いまいちゃんは鋭い考察力で現状に至るまでの経緯を把握した。
スミマセン...と頭を下げる私。
まいちゃんはウンウンと頭を揺らすと「ハァ..」とため息をひとつつき、同時に前髪もシナァ...と萎れていく。
「あのねせいちゃん、君は意識が飛んでて気づかなかったのかも知れないけど、凄いことになってたんだからね?」
「え?んん.....え?」
凄いこと...?
残念なことに全く記憶にない。というか、今何時だ?どれくらいこの場に立ってたんだ私は?
頭上に浮かぶ大量のはてなマークに気づいたのか、まいちゃんは「やっぱりー...」と呟くと、私に説明するため間もなく口を開く。
「こんな広いところの中心で微動だにせず突っ立ってるから、日本の文化学びたての外国人観光客が銅像のコスプレしてるストリートパフォーマーと勘違いして『Oh!This is Japanese Cosplayer!』って写真撮り出したんだよ!? そこからどんどん人だかりが大きくなって、色んな人にでっかいカメラで写真取られまくってたんだからね!それにこの炎天下の中、顔面蒼白だし汗まみれだから『SAMURAI SOUL!』とか言われてたんだから!」
まいちゃんの言葉を一つ一つ食む。
うんうん、コスプレイヤーで写真で人が集まって炎天下のSAMURAIで...あははっ今日ってそんなイベントもやってる日なんだ知らなかった。
私もちょっとそのコスプレイヤー見てみたいかも...
「へへ...ところでそれって誰の話ですか?」
「せ・い・ば・ちゃ・ん!!!」
「えええええええええ!!!!」
ぶっ倒れそうになった。
だってまいちゃんが突き出したスマホ画面に映るSNSに、私の写真が投稿されていたから。
文章が全て英語なことから海外の方の投稿なのだろう。ハッシュタグを見ると#WMGCに#Japanese Cosplayer #SAMURAI SOULと並んでいる。
2...2000イイネ!???
なんちゅうもんバズらせてるんだ。
空いた口が閉じないでいると、ふとある違和感に気づく。写真の背景からも人が大勢集まっていた事は分かるが、今の私の周りには全然人が居ないのだ。
キョロキョロと見渡してみても、それぞれがそれぞれの目的地へ向かっているような足取りで、私を見て足を止めるような人は居なくなっていた。
「大丈夫、もうみんな追い払ったから」
「えっ...!」
「せいちゃんを中心に人だかりができてるのが見えたの、また変なトラブルに巻き込まれてると思って」
「みんなを追い払ったあとは汗の量が凄かったから自販機で飲み物買って、さっき起こしたってこと」
ぴこぴこ前髪を動かしながらなんでもないように語る。
だがそれが当たり前にできるような事では無いことを知っている。
大人たちが作る人だかりに飛び込み、なるべく当たり障りの無いように、刺激して敵対しないように意識しながらも大勢の誘導に成功した。
勇気がいらないわけが無い、怖くなかったわけがないのだ。
だが彼女は行動を起こした、たった一人のために、私みたいな人のために。
あぁ、こういうところがほんとうに...
「た、助けてくれて、ほんとうにありがとうございます...その...そういうところ好きです、まえちゃん」
「どういたしまして、好きなのは嬉しいけど、名前が"まえ"ちゃんになってるよ?」
しまった、動く前髪を眺めてたらつい!
えいっ、と脳天に手刀を食らった。
うへへ、と自分でも気持ち悪いと思う声が漏れる。
その後すぐ、まいちゃんは振り返ると私の手を取り会場に向かって歩き出した。
「さ、早く行こっ。スタッフがせいちゃんのこと探してたよ?」
「えっ、わっ、まっ、まだ心の準備が!」
「大丈ー夫、私も着いていくし。それに『私は2000イイネ獲得したJAPANESE SAMURAIだー!』って堂々としとけばいいんだよー」
「ゔっ」
最近できたばかりの傷を早くも抉られたが、実際そうなのかも知れない。
意識はなかったにしろ、あれだけの事をしでかしたんだ、もう失うものは何も無いか...。
なら、まいちゃんの横に並んでも恥ずかしくないように、堂々と前を向こう。
「それで...なんで学校の体操服なの?」
「やっぱり帰りますぅ!」
やっぱりおかしいですよね分かってたんですけど動きやすい服装これしか無くて悩みに悩んで結局これが一番しっくりきたというかあぁもう恥ずかしい恥ずかs...
◇
そこからしばらくして、まいちゃんの牽引とスタッフさんの案内により無事「個人ゲームスペース」へたどり着く。
ここは大会前のウォームアップや使用するゲーム機の感度や重さの調節を行うために設けられた場所だ。
プレイヤー一人一人の本番前に1時間ほど時間が割り当てられ、その間でゲーム機に慣れたりコンディションを整えたりする。
ちなみにまいちゃんはついさっき大会開始の案内に呼ばれていたので、今頃は本番の真っ最中だろう。つまり先程まで自分の1時間練習を抜け出して私のところに駆けつけてくれていたのだ。
本人曰く「大丈夫だよ、いつもと変わんないし午前中に一般開放されてる所でも遊んだしねっ」と言っていたが、それにしても申し訳ない。
わざわざ私のために時間を割いてくれたのだ、それに報わなければならない。
それから、まいちゃんの参加種目は私とは違うので、お互いに争いあう事にならないので安心だ。
一括りに音ゲーと言っても、その種類は様々。
リズムに合わせ太鼓をバチで叩くもの、サークル状に配置されたボタンを中央の円形モニターの指示に合わせてタッチするもの。これがまいちゃんの参加種目、通称「muimui」。
そして目の前に佇むのは全体的に黒をベースとし、歪な圧を放つ無機質な機械、私の獲物。
「ビーツセイバー」である。
5㎡の正四角形をした黒い床、その中央に立つ。その四角形の角からから垂直方向へ真っ直ぐ伸びた長細い柱が全てセンサーになっており、人の動きとスティックコントローラーを感知しモニター及びVRゴーグルへ反映させる。
目の前の黒いアーケード筐体へ取り付けられた大きなモニターにスティックコントローラーを向け、適当なボタンを長押しするとゲームが起動する。
映し出されたメニューを素早く操作し、既に登録済みのアカウントを読み込むと、目の前の画面に私のアバターが現れる。
キリッとした青い目を持つ白髪ショートカットの女の子、両側の頭部からは獣耳が生えており、腰からサラリと真っ白でフサフサの尻尾を揺らす。
黒と白のシンプルなtシャツに、黒いショートパンツを履いたそのアバターは現実の私の動きを完全にトレースしながら動く。
さすがは最新機種、家庭用ゲーム機は勿論、ゲームセンターに置いてある物に比べてすっごいヌルヌル動く!
思わず「おぉ...」と声が漏れ、あまつさえその場でくるりと一回転してしまう。
現実の私は滑稽に映っているだろうが、映し出されるアバターは実に様になっていた。
動作確認も兼ねてその場で屈伸やストレッチを開始、軽く飛び跳ねたりもしてみた。
床のグリップは効きすぎず、されど滑るようなことはない丁度いい感じだった。
ある程度体が温まってきたのを感じ、そのまま訓練モードをスタートさせると、首から下げたままのVRゴーグルをしっかり装着する。
先程までとは違いFPS視点に、いつも通り最初はゆっくりと感覚を掴み、そこからどんどんギアを上げていく。
ここからは私の練習を背景に、どのような経緯で大会に出場することになったのかを説明しようっ!
元々はまいちゃんに誘われて初めてゲームセンターでやった「ビーツセイバー」。
それに初日から5000円溶かすほどどっぷりハマった私は、なけなしのお小遣いで家庭用VRゲーム本体を購入し、車の止まっていないガレージ付きの駐車場で、毎日のように遊んでた。
1年経過したあたりからセイバーフォックスの名前で動画配信サイトにプレイ動画をアップするようになったのだが、とある動画が国内外問わず大バズりをかます。
幼稚園から中学1年まで新体操を習っていた私は、ある程度の運動神経とアクロバットを習得していた。普通のプレイに飽きてきた私は、その動きをビーツセイバーに取り入れたのだ。
だが、家庭用VR機でその激しい動きを完全にトレースできるはずもなく、私のアバターの腕は伸びるわ脚は飛んでくわで、とにかくバグり散らかし大暴れしたのだ。
だがそんな変な動きにも関わらず、普通程度に良いスコアを叩き出すもんだから、そのギャップがツボにハマりイイネと再生数を多く獲得した。
そこから同じような動画を、人気の曲にしたり難易度を上げたりして投稿し続け、ある程度のファンが付くこととなる。わかる、面白いよねゲームのバグ動画、私も好きでよく見るんだ、バグオリンピックとか...
そこで大会の運営スタッフから声がかかり、既に大会出場が決まっていたまいちゃんの後押しもあって、気づいたらこんなところに来てしまっていた。
まぁいわばSNSで少し人気を持っている私を利用した客寄せ、運営側も客も私の実力には期待していないだろう。
だが、私にも中学生の青春時代をこのゲームに捧げた自負がある、ただで敗退してやる気なんてさらさらない。
「熱っつい...」
少し汗が出てきたのを感じ、上下の長袖を脱いで半袖半ズボンの体操服になる。
ついでに時間を確認するがまだまだたっぷりあるようだ。
私は訓練モードのレベルを3つ程上げ、再度スティックコントローラーを振り始める。
さて、本番に向けて仕上げに取り掛かるとしようか──────────
──────────コンコンコンと三度ほど扉が叩かれ、直後向こう側から女性の声がする。
「友星 星葉さん、出番まで10分前となりますが、よろしいでしょうか?」
あぁ、もうそんな時間か...思ったよりあっという間だったなぁ
「....友星さん?....開けますよ〜?」
女性はそう言うと、扉がゆっくりと開かれる。
「失礼しま.....!?とっ、友星さん!??」
「コヒューッ....コヒューッ....」
ぜ、全力でやりすぎたァ!!
軽く温めるだけのつもりがオーバーヒート、そのまま身体中のエンジンが焼き切れてしまった。
こんな時に私の悪い癖が出てた。
一度集中してしまうと、それの事しか考えなくていい時間が心地よくて、ついついやりすぎてしまう。
いや、そんなかっこいい理由じゃないか...
実際はただ本番前の緊張を紛れさせるために必死になっていただけだ。
そうだ、覚悟なんて決まってなかった。
カッコつけてみただけでほんとは今からでも帰りたい。なんて、そんな弱気で意気地のない私のことが嫌いだ。
「あ、あの本番行けますか...?」
「はっ、はひっ...」
もう今更逃げ出せないという現実が、無理やり私を立ち上がらせる。
体が重い、これはきっと疲労だけでなくメンタルからも来ている。
ヨタヨタとスタッフの女性の案内に従いついて行くと、競技ステージに設置されたゲーム筐体の裏まで案内される。
「このカーテンの向こう側が競技スペースになります、登録されている名前が呼ばれましたら、ここからステージまでお願いします」
丁寧な説明をしてくれたスタッフはそのまま脇の方へ控えていった。
この向こうが、競技ステージ...
一応、誰でも観戦できるようにはなっているらしいが、果たして私のプレイなんかを見に来ている人がいるのだろうか?
痙攣する筋肉を引きずりながら、やけに重く分厚いカーテンをほんの少しだけ開き、隙間から場を覗く。
するとそこには、目を疑うような光景が広がっていた。
ステージを中心にたくさんの人が見に来ていたのだ。見るだけでも100...いや150人は超えているかもしれない。
それに、少し高い位置に4面の大きなモニターが吊り下げられている。後ろの方の観客は、あのモニターで観戦するのだろう。
「あ.....あわ...わ...」
終わった、と。
正直そう思った。
体が真っ黒い水を吸ったかのように、ずしりと重くなり、対して頭は真っ白に染まった。
視線、期待、圧、プレッシャー。
こんな大勢に見られるということが、こんなにも怖いだなんて。
ダメだ、私に耐えられるわけが無い。
最初から無謀だった、思い上がっていた。
だからこうして思い知ることになるんだ。
私も、もしかしたら輝けるかもなんて、まいちゃんに並びたいだなんて、甚だしいにも程があった。
「ネットでは10万回も見られてるんだし高難度曲もハイスコア取れるしっ、100人や1000人ドンとこーい!」なんて言っていたあの頃の自分をぶん殴りたい!!
ネットで10万回とリアルで100人同時だったら後者の方がやばいに決まってるのに...!!
「じ...辞退...しよう...」
もう、それしか無かった。
だってさっきから体の震えが止まらないんだ。
まいちゃん、悲しむかな...
でも人間には得手不得手があって、どうしても出来ないことがあるんです。
きっと分かってくれるはず...ごめん、まいちゃん...
「私がどうかした〜?」
不意に後ろから声をかけられ、振り返る。
するとそこには、いつもと変わらないまいちゃんが居た。
「まっ、まいちゃん!競技は」
「さっき終わったよ〜」
ふわりとした雰囲気を纏いながら、にへらと笑ってみせる。手と前髪をヒラヒラさせながらこちらへ歩いてくるまいちゃんを見て、きっとこの子を好きにならなかった男子はいないんだろうなぁなんて思ってしまう。
「その...どうだった...?」
私はバカか。
デリケートな話題だ、相手からその話をしてくるまで質問するのはタブーだと分かっていたのに、思わず聞いてしまった。そんなことも分からなくなるほど程メンタルが参っているらしい。
だが目の前の美少女はそんなこと気にする様子もなく、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの表情を浮かべる。
「ふっふっふっ、もっちろん!暫定1位!まだ決まったわけじゃないけど、あのスコアを抜かれることはまず無いんじゃないかなぁ〜」
「すっ、すごい!!まいちゃん!!」
「だって、もしこれで結果が振るわなかったら、せいちゃん気にしちゃうでしょ?練習時間を削っちゃった〜とか」
「あっ....」
見透かされていた。
そうだ、私はきっとその心配を解消するためにこの質問をしたのだ。
少しでも気を楽にしたくて。
「だから私頑張ったよ〜?せいちゃんになんの気兼ねもなく大会にでて貰って、思う存分楽しんで欲しかったから!」
「まいちゃん...」
この期に及んで、この子は自分よりも他人を考える。
すると彼女は大きく一歩、私に近ずき両手を取った。
「だから、せいちゃんも頑張って!私の親友はすごいんだぞって、みんなに自慢させてよ!それで二人で二種目制覇して、トロフィー持って帰ろう?私、待ってるよ」
どこまでも明るく、ひたむきに優しい。 そんな、ずっと握っていたくなるような彼女の手から、小さく薄いサイズの何かを渡される。受け取ったそれを見てみると、「mai」とロゴの入ったミニキャラのアクリルキーホルダーだった。
「これは...」
「そりゃ優勝候補だからね、グッズのひとつやふたつ、出店で売ってるよ〜」
「す、すごい...」
「はい、私はせいちゃんにプレゼントをあげました!」
まいちゃんそう言うと、ぴょんと後ろに下がり腰を斜め横に折り曲げる。ウインクするように片目を閉じこちらを上目遣いで見据えると、物欲しそうにこう言い放った。
「ねぇ、せいちゃんはさ────────
──────────私にどんなお返しをくれるの?
あまりの尊さに電撃が走る。
次々に尊死していく脳細胞、だが無くなったものは補わなければならない。
まだ機能を失っていない脳組織をフル稼働させ、新しく脳細胞を作り替えていく。
そうしてクリアになって行く脳内は、次に疲弊しきっていた私の心肺機能と筋組織の修復を開始。熱くなる胸、早くなる鼓動。グリコーゲンが足りない部分はまいちゃん成分で補え、まだ足りない、まだ足りない。
今、全身が震えている。
それは恐怖か緊張か。
否、武者震いに決まっているだろう。
彼女の期待に答えるんだと、私の体の全細胞が同じ目的で同じ方向を向いている。
まいちゃんは信じてくれている、こんな私を。
プレッシャーになんて感じない。
あぁ、今はただ、この子の期待に応えたくて仕方が無い。
嘘のように軽くなった体を動かし、彼女の前に跪く。
今度はしっかりと目を見て一言一句はっきりと。
「お望みとあらば、如何なるものでも」
予想外の反応だったのか、少し顔を赤くしたまいちゃんは、それでもとニコッと笑い私に告げる。
「なら...必ず勝ってきて」
「御意」
仕方ない。
スッと立ち上がると私は後ろへ振り返る。
そのタイミングでちょうど実況が声を上げた。
『さぁて!次の出場者(プレイヤー)はぁ!SNSフォロワー5万人越え!バグビーツセイバーでお馴染みの〈セイバーフォックス〉だぁ!!』
カーテンが開き、私はステージに向かって歩き出す。すぐさま大きな歓声に包み込まれる、先程よりも人が集まっているようだ。歓声の中には「今日は腕と脚ぶっ飛ばすなよォ!」だとか「Let's go!SAMURAI SOUL!」だとか「まだガキじゃん、大会に出場するレベルなのかね」だとか、散々な言われっぷりだが、私の耳には届かない。
ステージ中央まで来ると、手順通りに素早く準備を完了させる。
VRゴーグルを装着し、その場で三度ほど飛び跳ね床の感覚を確認する。
大丈夫だ、いける。
モニターに表示されている準備完了のボタンを押すと、課題曲が表示されカウントダウンが始まった。
5..........
静かに目を閉じる。
4..........
ひとつ大きく深呼吸
3..........
集中、私と世界の境界が曖昧になりジワァと広がっていく。
2..........
包み込む、世界に溶けだした私の意識を今一度ギュウと包み込む。
1..........
視覚と聴覚、運動感覚以外の情報を切り捨て、それらに全神経を注ぐ。
..........0
ゆっくり目を開く。
『課題曲「MEGARODOPANIC」スタートだぁ!!』
「セイバーフォックス...出るッ!」
次回 ビーツセイバー
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