1話完結集

夜影空

短い恋

「早く来て。」

俺は電話を切ると同時に家を飛び出した。ここから病院までは遠くない。走れば、数分で着くはずだ。

頼む。まだ――。

         ・ ・ ・


私の病状が悪化した。いたい。

電話をとり、彼に連絡する。

「早く来て。」

と。いたい。彼が来た時、私はどんな顔をすれば良いのだろうか。いたい。この言葉が頭を過ぎる度、不安が増す。いたい。


          ・ ・ ・

私の病気が見つかったのは、中学3年生の卒業式終了後。教室で、頭痛が酷くなり、病院ヘ。そして、脳に癌が見つかった。手術をするには難しい場所にあった。彼にだけ、このことを教えた。彼は、何も言わなかった。

           ・ ・ ・

病室の扉を開ける。

「遅いよ。」

良かった。

「悪い。急いでいる時に限って信号が赤いんだよ。」

まだ、生きている。

「全く。私はもうすぐ、死んじゃうっていうのに。」

「恨むなら信号機にしてくれ。」

彼女は、病人であることを忘れさせるほど明るかった。本当は、

「無理するなよ。最期くらい。」

俺よりも、辛いはずだ。泣きたいはずだ。だから、

「俺が全部、受け止めてやるよ。」

最期くらい、頼って。

「良かった。君が側にいてくれて。嬉しいな。」

「…ああ…。」

泣き叫ぶ。

「私…私、死にたくない…死にたくないよ…もっと、もっと…」

「ああ…。」

泣いている彼女は、とても小さくて、弱くて。当たり前が、当たり前じゃなくなる。

俺は、無力だ。

彼女を、抱きしめる。

「…ありがとう…。」

「ありがとう。俺は、君が好きだよ。」

今言わなければ、伝えられなかった言葉。

彼女は、腕の中から出て、

「ずるいよ…。」

「悪い…」

「私の言葉…取らないでよ…。」

「は?」

「私も、君のことが好き。」

何も、言えなかった。

「またね…最初で最後の、私の…彼氏。」

返事をする間もなく、モニターに映されている線が、平らになり、電子音が鳴る。

俺は、何かしてやれただろうか。俺は――。


      ・ ・ ・


隣には、誰も居ない。いつもここにいた人は、もう居ない。空を見上げ、呟く。

「またね。」


end.

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