第27話前世の記憶

あまりに衝撃的な報告に、頭を抱えた。


男神は息子より、ちょっと大きいくらい。

似たような発想だったから、遊びを優先して初動が遅れたのね。


そして私の死因。

家族で遊園地に行った帰りに、逆走車と正面衝突したんだ!


なんか薄ぼんやりとしていたものが一気に晴れた。

なんで忘れていたんだろう。


運転席に乗っていた夫を思う。

彼は生きているだろうか?

運転席は助手席より生存率が高いって聞くけど。


息子は遊び疲れて、後ろの座席で寝ていたから、

事故の事には気づいていないのだろう。

リアルなゲームの世界で、友達が出来た程度の報告だったのだから。


でも、ここまで冷静に考えられるのは

車が突っ込んできた所までしか覚えていないからだ。


高速の料金所を通過してを弧を描くように進み、一般道に出る信号が見えた辺りで

かなりの速度の車が突っ込んできた。

驚いたところまでは覚えている。

その先がないのは、たぶん即死だったのだろう。



神くんとは一昨日まで一緒にいて、遊び飽きたのか

「他の国を見てくる」と言って消えてしまったそうだ。


その後もしばらく運転を楽しんだのち、飽きて地下に潜ろうと穴を掘っていたら

軍隊蟻のトンネルを壊してしまい、出てきた蟻達にあっという間に囲まれたらしい。


北の国の捜索をお願いしていて、かつリユース作戦の最中だったから

溶岩トンネルから支線を横に広げていて、

そこをドラゴンが掘り当ててしまったらしい。



目の前の息子は、息子と分かるんだけど、前世と全く違う顔立ちで

栗色の髪に碧眼、騎士だか勇者だかって服装だけど

身長は130センチに少し足りない。体格の設定はなかったのかな?


そう思ったのは息子も同じだったようで

「服どうしたの?着替えたら?」と冷ややかに言われた。


まぁ、ワンピースっぽく着てるとはいえ水着だからね。

いくら見た目が中学生に変わっているとはいえ

お母さんが水着で出歩くのは、息子からしたらイタイだろう。


自分がここでは魔王役である事を話して

服も作ってもらっている事を伝えると、途端に魔族国に興味を持ったようだった。


ドラゴンには自動運転と追尾機能がついているそうだから、

羊の群れの後を追ってもらう事にした。


でもそんな技術があるんなら、

前世の世界に、オーパーツみたいな伝え方でいいから技術提供してほしかった。

そしたら死なずに済んだのに。



でも言っても仕方がない。まずは場を収めよう。

魔族国までの誘導をアブ美にお願いしていると、ふいに息子が叫んだ。


「その子はアブ美じゃなくて、ハーマイオニーだよ!」


あぁ、またこのパターンか………

虫族メンバーには本名聞き直さないと、って


「そういえば、なんで言葉が通じたの?」

「ドラゴンに翻訳機能がついてるからだよ」

なんだよ、それ……



思わず遊園地の乗り物みたいなレッドドラゴンを見上げる。

なんかロケット砲みたいのがついてるし

コレ、今の技術じゃ勝てないやつじゃない?

それこそオーパーツじゃない⁈


中世くらいなら対応できるかもと思っていたけど

必死にやってきた事は、全部無駄だったの……?

両肩から力が抜けすぎて、腕が重く感じる。


息子は妖精たちと駆け回っている。

物騒な武器を持って、笑顔で走り回っている。



……これは、あくまで遊びなの?

人も死んでるし、住人はみんな迷惑してるけど

この世界を作った神様にしてみたら、ただの遊びだから

なにやってもいいと思ってるの?


なんか虚しくなってきた……


「何かあったのか?」と様子を見ていたルーヴとカルラ天が、こちらに走ってきた。


「北の王ね、大丈夫。無害…」

「子供…だったのか?」ルーヴは怪訝な顔をしている。


「あの者はこちらに与すると?」とカルラ天。

「うん。たぶん大丈夫。ていうか、あれ息子だった」

「はぁ?」

キョトンとしたルーヴを見てため息をつく。その反応になるよね…


目をつぶり、額をトントン叩きながら、多すぎる情報をまとめようとする。


「神は、この世界をゲームと呼んだ。

この世界も登場人物も、神が気ままに作ったもので、

その趣旨は、住人が領土や人の奪い合いをする様を見守る事。


おそらく王に選ばれた人間は、神に都合のいいタイミングで死んだ人間。

その可能性が非常に高い」


統治をさせたいのなら、相応しい人を選ぶだろうけど、

ほぼ同時に死んだと思われる二人が選ばれた時点で、

都合が良かった以外に考えられない。


「つまり、それはどういう事です?」


「…………この世界は、どうあがいても戦争をしなければならない。

そんな前提が組み込まれているのかも知れない」

神がそれを見て楽しむために。



「……人が魔族を害するのも、神の定めだと?

醜いものは滅びろと…そういう訳か?」


はたと気づいて顔を上げると

ルーヴは牙を剝き出しにして、怒りの表情をさらしていた。


「そんなもののために、アタシ等は絶滅するのか⁈」

当事者からしたら、その通りだろう。

現にフェンリルはその身勝手のために、既にふたりしか残っておらず

もうひとりの方はご高齢だ。


気の毒そうな顔をしていたカルラ天が、子供達を眺めながらポツリと言った。

「どこにでもおる童のようだが……」



前世にも戦争ゲームはあった。

くわしくないけど駒を進めて世界征服みたいな物はあったはずだ。

征服することが目的で、その争いに意味はない。


男神にとってはただのゲームだから

自分が楽しければ、画面の中の誰がどうなろうと気に留める事は無い……。



「……そうか……これは男神の趣味なんだ」

そう言うと、ふたりとも振り返る。


「なにか劇的なアイディアが浮かんだ訳ではないけど、

とりあえず北の王は魔族国で保護します。まずは息子を紹介させて」

そう言って二人を連れて向かうと、息子はルーヴを見て目を輝かせた。


『でっかい犬』という失礼極まりないワードが、はっきり顔に書いてある。

それを見たルーヴも

「乗って走ったら速そうだとでも思ったか?」と苦笑する。

そして失礼にも、大きく頷く。


「そういえば、あなたの名前は以前のままなの?」

「キャラ名?変えたよ」

「なんて?」

「ジークハルト!」そう言って偉そうに反り返る。


「どっかで聞いたことがある気がするけど…じゃぁ、ジークって呼べばいいの?」

すると急に恥ずかしくなったのか

「ハルトでいいよ……」と言ってきた。


「ではハルト。乗せてやろうか?」とルーヴ。

「どこに行くつもり?」

「魔族国に戻るのだろう?なぁに、他人の子を千尋の谷には落とさんさ」

やりそうで洒落にならないのだが、ハルトは既に肩車である。


そして止める間もなく砂漠を走って行ってしまった。

私も転生して、久しぶりの再会なんですけど!



「逃げおったな…」と腕を組んだまま、仁王立ちのカルラ天。


はっ!として振り返ると、置いてけぼりのフェンリル族。

そして、もっと遊びたい妖精達……


まさかルーヴ!後は捜索のみだからって、子守りにかこつけて離脱した⁇


「…申し訳ないけど、ルーヴに任せきりには出来ないから…

北の捜索はお願いしても良いでしょうか?」


腕を組んだまま目をつぶり、仁王立ちのカルラ天。

そのカルラ天を

『どうするの?』と言いたげに覗き込むフェンリル族。

ねーねー、みたいに袴の裾を引っ張るキラメラ。シルフは肩と頭に乗っている。


「…………………引率しよう」

折れてくれた形だけど、実はカルラ天も子供が好きそうな気がするのよね。



「では、参るとしよう」と翼を広げるカルラ天。

それについて行こうとする妖精達。わーって喜んで見ているフェンリル族。

そんなフェンリル族に言う、


「追わないと置いていかれるからね」

「えっ?」

既にカルラ天は高い場所。


「フェンリル族が走って追いますので、道の上を飛んであげてくださいねー!」

叫ぶとカルラ天は片手をあげた。

それを見て、慌てて村がある森に奥に向かって走り出すフェンリル族。


カルラ天、子供好きというより、ちっちゃいのが好きなのかも知れない……



「じゃぁ一度、魔族国に帰りますか!」

体育座りのラノドに声をかけると、嬉しそうに返事をした。

ラノドの背中も乗り慣れてきたけど、やっぱり鞍がほしいな。

バーキンに頼んでみよう。


村とは逆方向の、魔族国がある砂漠に向かって飛ぶと

ルーヴは砂地とは思えない勢いで、砂を蹴立てて走っていた。


真上を飛ぶとハルトが気がついて手を振ってきた。

手を振る余裕があるなら大丈夫なのだろうけど、

首が取れるんじゃないかってほど、ガックンガックンしている。


ルーヴも人族には思うところがあるだろう。

でも子供だから許してくれたのだと思う。

毎晩親のいない子達が寒くないように、抱えて寝ているくらいだから。



先に魔族国に戻り、ナンナに話を通すと

やってきたハルトは早速ナンナになついていた。

ハルトにしてみたら、ゲームや物語のキャラクターばっかりなんだもん。


魔族という括りではなく、そういう個性だと思えば

この国は魅力的な人材の宝庫なんだから。



日暮れ前に帰ってきたアロレーラとガルムルにハルトを紹介すると、

「北の王で、息子で、人族!」って頭を抱えていた。


突貫工事の町は、随分建物が建ったけど

まだ中は使える程ではないから、いつものように広場のあちこちで、みんなで野宿。

でも布団をたくさん持ち帰ったので、子供達は楽しそうだ。

いろんな種族の子供達が一緒の布団に包まって、お泊り会みたいになっている。


私は久しぶりにハルトを抱えて、ルーヴのお腹に潜り込んだ。

ここしばらくの張りつめた空気が、すっかり溶けてしまったようだった。





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