夏のテイク•ユア•マーク

@ishikawa1133

夏のテイク•ユア•マーク

枯れないと油断して、水をやらず小さくしてしまった百均のサボテン。今の自分と見比べる。涙が乾いちゃってるのは私と同じだ。起き上がりたくない。寝てたい。身体が痛い。


 昨日、中学三年間最後の水泳大会が終わった。元々一歳のときから習ってる水泳。上級者と言われるくらいまで上達はしたけど、そこ止まりだった。明日からはうだつのあがらない受験生となり、面白くもない夏休みを過ごし、あの独特なプールの匂いに触れることもなくなる。


「憂鬱だなぁ」


それらしいことをつぶやいてみても、カーテンの間から差している光が眩しいだけ。




 昨日は最後の地区大会、50と100メートルの自由形で出場した。水泳大会ってのは待ち時間がとにかく長い。そのくせして競技時間はカップラーメンの待ち時間より短い。


 「三年間の全部をかけて。」簡単に口にできるが上手くはいかない。自己ベストの更新もできず、私の最後の大会は終わった。


 いつか雑学好きの友人が教えてくれた。 


「二度寝って科学的に見ても、とても気持ちいい行動の一つらしいよ。」


そんなことを頭の片隅に置きながら、自分を甘やかし、寝る。


 流石に寝ることに疲れ、頭を起こせば今の時刻は、11時13分。デジタル時計の下の部分にある大安の文字が目に入る。


「多分縁起はいいな」


そんなことを考えながらようやく鉛の体を起こし、ベッドから這い出た。


 寝室から出てリビングに行っても誰もいない。共働きの家庭の私は、休日は特にすることもなくダラダラしている。


「バニラアイス食べたいな」


ふと思う。財布を開ける。千円札が一枚と小銭がたくさん。そういえば昨日は疲れて、大会後の自分のご褒美とかも買わず、家で寝ていた。いつもは大会後まっすぐコンビニに行くくせに、昨日は行かなかった。なぜか行かなかった。だから今日行く。バニラアイスを買う。


 


 コンビニまで約一キロ。道中、信号が4つもあるから自転車で15分かかる。外に出るとムワッと空気が暑い。自転車にまたがり漕ぐ。黒いサドルの熱さに驚きながら漕ぐ。


 自転車を漕ぎながら昨日のことを振り返る。


 「テイクユアマーク!」


審判が告げると動いてはいけない。数秒後「ピッ」という高い音が鳴り飛び込む。本当に緊張していた。何かがかかっているわけでもないのに。誰かが見ているわけでもないのに。顧問の先生から指導されたポイントを何一つ意識できないまま、気づけばどちらの種目も終わっていた。でももう部活も引退。反省をしてもつなげる次はない。


 学校での私は、人並みに友達がいて、人並みに勉強ができて、問題の一つも起こさない優良生徒。部活は結構頑張り、三年間一度もサボらず、自主練も人知れずかなりした。


 こんな私でも恋をする人はいる。小学校の時から知り合いのサッカー部のあいつ。小学校の頃は時々遊んだ。でも中学に入ってから、お互い忙しくて、少し疎遠になってしまっている。誰にも言ったことないし、忙しい日々に埋もれて、叶えようともしなかった。


 私はみんなより賢いから、無駄なことはせず優等生の日々を過ごした。無駄に傷つこうとはしなかった。でも賢いふりをしてるひねくれてる馬鹿なのかな?とか時々思ってしまう。


 


 気づけばコンビニが目の前にある。入店BGMと機械的ないらっしゃいませが、私を出迎えた。奥にあるアイスコーナーの前にいく。


「120円の大きめのカップアイスと220円の小さい濃厚アイス。170円のソフトクリームもありだなぁ」


アイスコーナーの冷気が涼しい。


 「よしっ!奮発して高いの2つ買う!」


またもや独り言を言う。ふと外を見る。昼時の陽が眩しい。夏に似合った爽やかな空気をまとう青年が、コンビニの外を自転車で漕いでるのが見える。あいつだ。私のほのかに好きなあいつ。どうでもいいなと思おうとしたその時、胸の中から何かが飛び出してきた。


「また一緒に遊びたいな」


私はあいつが死角に入るまで見つめていた。そしてその後、自分の手の2つのアイスに目を落とし、ため息をついてしまう。


「私って駄目だなぁ」


中学の三年間本当に自分のしたかった事はそんなにしないで、とにかく日々を真面目に生きてるつもりで、自分の恋にも嘘ついて、今更後悔してる…。つよがりで苦笑いをすると、目が細くなり、意に反して涙がこぼれてしまった。


 今さら自分なんて変えられないし何にもならない。そう思いながらアイス2つ分の短いレシートは、すぐにレシート入れに捨てた。レジ袋をかごに乗せ、自転車を漕ぎ出す。行きとは、少し違う道を走る。ふと懐かしい景色が、目に入る。小学校の時あいつを含めて何人かの友達と、男女関係なく遊んだ公園。中学生活はやり直せない。ましてや小学校に戻ることもできない。でも今だけはここにいたい。


 木のベンチに座り、170円のソフトクリームを食べる。日本の夏は蒸し暑い。アイスが溶けるのと私が食べるのどっちが先だろう。私は話し相手もいないから黙々と食べ進める。




 「よっ!」


聞き覚えのある声に呼ばれる。振り返ればあいつがいた。


「ここ懐かしいな。よく遊んだ。覚えてる?」


私は焦りながらも答える。


「忘れるわけないよ」


「そうだよな。てか昨日は大会お疲れ様!」


覚えてくれてたなんて。嬉しくて体温が少し上がる。でも私は自信をもって返答できない。


「ありがと」


「てかさ高校どこ行くの?」


私は、コロコロ変わる話題に答えるのが精一杯なほど、今は頭が回らない。


「〇〇高校」


ここからは少し離れた高校の名前を告げる。


「まじ??」


少しの間がある。これからの別れを告げられるのが嫌で、耳をふさぎたくなる。そして予想外な答えが返ってくる。


「俺も…そこ受けようと思ってたんだ。高校を一緒か〜。嬉しいな!よろしく!まあ俺が落ちちゃうかもしれないどね」


彼は笑顔で答える。私はいよいよ脳みそがショートしてしまう。


「よ、よろしく?」


「受験頑張ろ!」


あいつは笑顔で颯爽と自転車で走り去っていく。なぜか呼び止めたくなってしまう。


「あ!私も頑張る」


あいつは大きく笑顔で頷くとまた漕ぎ出しすぐに私からは見えなくなった。




 溶けかけのアイスももう気にならない。心の砂漠も潤った。自転車にまたがり漕ぎ出す。


「そうだよ。私は今年でまだ15歳。これからだよ。」


 暑さで思考が麻痺してるのかも。それでもいい。新しい日々が始まる予感がしている。いや今始まった。


 「テイク·ユア·マーク!」


私は夏の空気に、新しい世界に飛び込んだ!


 

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