とある夫婦のハナシ~好きと嫌いが裏表~
夜海野 零蘭(やみの れいら)
1話(読み切り)
「ただいま」
アパートの部屋に帰って、そう呼びかけみたけど妻・尚子はいない。
彼女は今、彼女自身の実家に帰っているからだ。
その原因は俺にある。
1週間前、遅く帰宅した日のことだ。
「明宏くん、スーツから女性の香水の匂いがするけど…??」
「き、気のせいだ…」
「何かあるならはっきり説明して!」
「本当に何も無いって言ってんだろ!」
その日は、職場の上司に誘われてスナックに行っていたのだ。
そこには知らない女性も数人いて、一緒にお酒を飲んだり談笑した。
ただ、それ以上のことは何もしていない。
その後日だった。
「お腹の子の状態もあるし…少し実家に帰って心身ともに落ち着けてくるね」
「…ああ」
尚子は言い捨てるようにこう言い放った。
「私は今、はっきりいうと明宏くんの顔は見たくないほどに嫌いよ」
トランクを引きずり、尚子は玄関のドアをバタンと閉めて出ていってしまった。
そう言われても仕方ない。
ちゃんと事情を説明せずに、身重の尚子に不安を与えてしまったのだから。
尚子のいない居間で、男一人でコンビニ弁当を開けて食べる。
そして、適当に家事をして風呂に入って寝る生活だ。
「尚子、体調の方はどうだ?」
「こないだはごめんよ。いつでも帰ってくるのを待ってるから」
メッセージを送ってみても、既読にはなってるが彼女からの返信はない。
このまま、離婚してしまうのか…
でも、俺は尚子が大好きだし、これからも先ずっと夫婦でいたいと思っている。
別居して1ヶ月後、ようやく尚子から返信がきた。
「気持ちも体調も落ち着いたから、そっちに帰るよ」
「〇〇駅(最寄り駅)で待ち合わせしよう」
俺は心が高鳴った。その日は早めに仕事を切り上げて、駅の方へ向かった。
まるで、尚子と初めてデートをした大学生の頃と同じ気持ちだ。
そして、仕事後に駅に向かった。
「明宏くん、こっちこっち」
尚子が大きく手を振る。こころなしか、少しお腹が膨らんでいる。
「尚子、あのときはごめんな…」
「いいのよ、明宏くん。それより、行きたいお店があるからついてきてもらえる?」
そうして着いたのは、初めてデートをしたファミリーレストランだった。
「懐かしいな、ここ。でも、どうしてここに?」
「実はね…」
尚子は徐ろに箱のようなものを取り出した。
「今日、明宏くんのお誕生日でしょ。おめでとう!大したもの出来なくてごめんね」
「気持ちだけでも嬉しい。そして、今こうして夫婦でいてくれてありがとう。」
すると尚子は、申し訳なさそうな顔をして語り始めた。
「あのときは、明宏くんが他の女性の所に行ってしまわないか不安で…その気持を隠すために、思わず「嫌い」なんていってしまったの。でも、本当はあのときだって「好き」だったよ…心の整理をするために、一旦実家に帰ってたんだ。」
「ごめんね。俺もちゃんと「上司から誘われて行った飲み会に女性がいた」って説明すればよかったな。」
そうしてしばらく話し合い、お互いのわだかまりは解消された。
家に帰り、諸用を済ませて尚子が先に寝たところで、誕生日プレゼントを開けてみた。
プレゼントの中身は、俺が前からほしいと思っていた仕事用のやや高価なペンだった。
そして、メッセージも添えられていた。
『明宏くん お誕生日おめでとう。
あなたを「嫌い」と言ってしまってごめん。本当は世界一「好き」で自慢の旦那さまだと思ってるよ。私、うまく気持ちが表現できないんだ。だから、好きな人にも思わず「嫌い」なんて言ってしまって…こんな不器用な私でも、これから夫婦でいてくれるかな?生まれてくる赤ちゃんと、楽しい家庭を作りたい。心からそう思っているよ』
手紙を読み終えた俺は、尚子の無垢な寝顔を見て
「もちろんだ、愛してるよ」
と言って、頬に軽くキスをして眠りについた。
明日明後日も、「嫌い」といわれても君が「好き」だから。
~終~
とある夫婦のハナシ~好きと嫌いが裏表~ 夜海野 零蘭(やみの れいら) @yamino_reila1104
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