第二十一章  心のアスカ ~胸を張れよ、如月 瞬~

天球に戻った瞬のすることの優先事項はHEIGAへの報告だった。

サンバラシアであるセヴァースは特例的にHEIGAに通された。


綾香「仙波総帥に報告事項があるのね?」


瞬「はい、時間がありません。 すぐにでも。」


迅速に仙波総帥に会うことの出来た瞬は現状の報告をした。

その信憑性はセヴァースが実証してくれた。

さらわれたアスカ、フィルムーンと手を組んだこと、その総司令となった自分。

期限が1週間しかないことなど全て話した。

それはHEIGAにとってどれも恐るべきことだったのだ。


仙波「九城三佐、時間が無い。 瞬君と姫龍先生、並びに秋元に面会させろ。」


綾香「はっ! 瞬君とセヴァース様はこちらへ。」


慌しくなるHEIGAに瞬の緊張感も高まった。

瞬は訓練室に通され、セヴァースは別の部屋に通されたようだ。

長くも待たないうちに先生と長身の白衣を着た男の人がやってきた。


先生「聞きましたよ瞬君! とんでもないことになっているようですね!」


瞬「はい、僕は強くならなくてはならないんです。 すぐにでも!」


?「いや、休むんだ。」


雰囲気を読まずに軽く言い放ったその男こそ、仙波総帥が言っていたもう一人の人間だった。


瞬「何故です!?」


先生「紹介しますよ、彼こそ私の友人の秋元 譲さんです。」


秋元「初めまして、かな。

  もっとも私は君の研究もしていたからあまり初めてという感覚は無いがな。

  休めといったのは君の体力が限界を超している、このまま訓練しても身にはなるまい。」


瞬「うっ…。」


先生「秋元さんは天球屈指の医師であり、総学博士です。

  瞬君の気持ちは分かりますがここは彼の言うことを聞いて今日1日は休養をとるべきです。」


秋元「いや、3日は休まねばならん。」


先生「!!」


瞬「そ、そんな! 残り4日で何が出来るというんです!?」


秋元「それを考えるのは君かセヴァースだろう? このまま戦っては死は確実だ。

  万全で戦いたいなら3日は休め、隠れて訓練しようなんて思うなよ。

  君の血液を調べればすぐに分かる事だ。

  瞬君は一度戦うごとに半日分に近い必要エネルギーを一瞬で消費している。

  このまま訓練してみろ、7日経つ前に命を落とすぞ。

  それほど君の体は弱っている、想いのみで立っているのが医学的に不思議なくらいにはな。

  …文句はあるかな?」


瞬「…あ、りません。」


秋元「よし、ではこっちに来たまえ。

  君の体は食事による栄養摂取では回復が追いつかない。

  セヴァースから聞いた話では今日だけでセヴァース本人と2回、レヴルス、

  クォラスにリィエンと5回も戦っている。

  力の発揮具合から3日分近いエネルギーが失われていて、

  とてもじゃないが点滴で強制回復するしかない。」


治療室で点滴を受ける瞬に付き添う先生が見張りをかねて話しかけてくれていた。


先生「今はつらいですが我慢してくださいね。

  アスカ君だって瞬君の無事を願ってバーュナスに行ったのですから。」


瞬「はい…。」


先生「瞬君には前から思っていたのですが…、

  私の師であり父である一閃かずひらに会って欲しいのです。」


瞬「先生の…、お父さんですか。」


先生「はい、秋元さんの提案でもあります。 

  口ではあんなことを言っていますが彼は瞬君を本当に心配している。

  そしてその私の父とは、とある戦闘術の師範なのです。」


瞬「師範…?」


先生「ただ、一子相伝なので瞬君に伝えてもらえるかは難しいところがあります。

  期待してはいけませんが、挑戦してみる価値はあるかと思います。」


瞬「はい、分かり…ま、した…。」


先生「…おや、寝てしまいましたか。 無理もありませんね。

  これほどまでに体を酷使したんですから。」


セヴァース「瞬殿の様子はどうですかな?」


先生「たった今眠ってしまいました。」


セヴァース「そうですか。

     私が知りうる全てを秋元という医師に知らせたら

     非常に興味深そうに聞き入っておりました。」


先生「どんなことです?」


セヴァース「私自身も聞いた話なのですが、

     瞬殿は想いによって身体能力を上げられる事などですな。

     本日に関してならこの体で通常の約55倍の力を発揮しております。」


先生「ご、55倍!?」


セヴァース「左様、瞬殿の52キロの素手の打撃は2.8トンという凶器になったということですな。」


先生「分かってはいましたが実際の数値を聞くと恐ろしいですね…。」


セヴァース「そうですな、しかしこれはまだ氷山の一角でありましょう。」


先生「瞬君が次期サンバラシア王だということは事実なのですか?」


セヴァース「いかにも、今回の事件はその瞬殿の力が裏目に出てしまったという結果ですがな。

     だが瞬殿はアスクァーシル姫のためであればリィエンとて殺すと仰られている。」


先生「リィエンを相手取るつもりなのですか!? …そうですか。

  私には止める権利はありませんが、彼は止まるつもりなど無いでしょう。

  瞬君にはアスカ君が全てなのでしょうね。

  ならば私が出来る事はそれを望む瞬君の手助けをするだけです。」


セヴァース「うむ、それは我々とて同じですな。」


眠る瞬、一度眠り始めた彼の体には恐るべきことが起こり始めていた。

体の限界を著しく超え、酷使したその体は点滴による栄養を吸って急激な成長を遂げ始めていた。

それは目に見えるものではなかった、だが着実に瞬の体は瞬に対して負けるものかと反抗した。

体の細胞一つ一つ全てがアスカを救うために頑張ろう、二度と負けないと呼応した。

…夢を見た、アスカがリィエンと共に去り行く夢。

聡哉とのちょっといざこざを含んで笑いながらケンカしていたアスカ。

散々にレヴルスに貶されたアスカ。

あれほどまでにお互いがお互いの体温を求め合った夜、それを心を撫でる愛情と言ってくれたアスカ。

初めて共闘したというのに恐ろしく息が合ったアスカ。

学校にもかかわらず抱き合ってみせたり、それがおはようの挨拶だと言ってポーズ決めてみたアスカ。

そして何よりアスクァーシルとしての姫衣装をまとった美麗なアスカ。

可愛らしく微笑んでいたアスカ。

夢でさえあの屈辱を忘れさせまいと、そしてこれほどまでの子を手放すなと戒めているようだった。

目が覚めたのは夜だった、体が変だ。 

自分のものではない気がする。


瞬「のど、が渇いたな…。」


近くに人の気配がした、体をゆっくりと起こす。


?「起きると思っていた。」


瞬「あ…、きもとさんですか。」


秋元「あぁ、君は3日寝ていた。

  明日の朝からだが、先生の父に会うといい。」


瞬「はい…。」


すっと差し出されたのは欲しかった水だった。


秋元「少し飲みづらいだろうが飲んでくれ、君の体には必要なものだ。」


瞬「…う、酸っぱいし甘くてのどが辛い…。」


秋元「驚いたな、点滴の水分をほとんど排出せんのだからな。

  超回復現象にかこつけて体に変化が起こったようだ、人の意志が体をも変化させるとはな。

  体でさえ想いを発するというのだろう。」


空になったコップを渡した瞬はベッドから離れて部屋から出た。

その姿を秋元さんは止めなかった。

彼がどこへ行くのかは知らないだろう、だが戦闘訓練をするとは思わなかったのだ。

どうしても行きたかった場所、ほとんど本能だけで動いていた。

周りの人間が目に入らない。

瞬がたどり着いたのは自分の部屋ではなく、”陽河 アスカ”とネームプレートのある部屋だった。

扉は鍵がかかっていた、開くわけが無い。

しばらくそこに座り込んでただ黙って瞑想するように座ると次は自分の部屋に向かった。

傍から見ればただの変質者だ。

自分だってそれくらい分かっているつもりだった、でも体が望んでいる。

奥底の意思もそれを望んだ、だから成すがままにしてあげた。

自分の部屋はこざっぱりとしたものだった、来て日が浅いのだ。

でもアスカとの思い出はとてつもなく深かった。

ここに来て初日でいきなりアスカを抱きしめたのだ。

思い返すと冷静なつもりでいてとんでもないことをしたものだと改めて思い返す。

ベッドに腰掛けてはっとした。

アスカのにおいがする、正確には香水だった。

そのたった数日というのに猛烈な懐かしさを感じた瞬の手が震えた。

もう何でもこじつけてしまう、ここの残り香でさえアスカが自分を呼んでいるように感じた。

我慢が出来ない、見つめる入り口の扉が歪む。

部屋が自分を飼う水槽になったようだ。

俯かずして腿に落ちる水滴。

僕がのんきに眠っていた3日にアスカは何をしていたんだ、何かされていないか不安だった。

クォーラシアセルさんに偉そうなことを言っていながら後悔してしまう。

あの時に力があればもっとアスカを幸せに出来たのではないかと。

そのときに無い力に後悔してはアスカがきっと泣くだろう、考えてみればそんな気がした。

でも僕にはフィオラーシルさんのように二度と会えない人ではない。

それは自分より不幸な人間がいるという逃げではなく、希望だった。

サンバラシアの王と同じ立場ならそれを叩き砕く力は重要だった。

妻を失い、苦しんでいたクォーラシアセルとその妻のフィオラーシル。

その娘のアスクァーシル。

この悲劇を繰り返される事は決して許されることではない。

悲恋の2人の為、何より大好きなアスカの為に僕は絶対に先生の師に認められる必要があった。

これが出来ずしてアスカは救えない、プライドなんて無い。

どういう手を使ったってアスカがそばにいるという結果さえあれば、それで十分だった。

今こうしている瞬間にアスカが隣にいて欲しかった。

淋しくて潰れてしまいそうだった。

あの香り、あの声、存在感、笑顔、そして肌の柔らかさ。

気が狂いそうだった。

全ては己の力不足が招いた惨事であると肝に銘じる。

ドクン、と締め付ける胸。

意識が飛びそうになる、だがそれを意地で制した。

きっとあいつだ、意識を失うと現れる自分。

再び胸が締め付けられる。

少しそれに委ねて体を半分それに明け渡し、受け入れた。

彼の心理でそれの制御が効くとは思わなかった。

ただ黙っているそいつ。

心の中で瞬が言った言葉は、初めて来たあの日にさくらちゃんを救ってくれてありがとう。

心からそう思った、そいつのお陰で今の自分が確立されたんだ。

感謝したかった、自分ならぬ自分に。

…お前は、俺を殺せるか。

自分の声で意思とは関係ないところからする声、そいつの声だった。

アスカを救うためだったら何だってする。

率直な返事をした、そいつを恐れずに受け入れて。

…俺は、お前の生み出した殺人嗜好。 地球のイジメでくすぶり、解離した闇の心だ。

そうだったのか、見たくても目をそむけた存在、それがもう一つの正直な自分。

…俺を殺せ、お前を殺せ、アスカを殺せ、リィエンを、全てを殺せ!!

ただ黙ってそいつの言葉に耳を傾けた。

…そうすればまたお前は強くなれる、善人ぶるな。 殺せ。

 殺したいもののために殺せ。

 奪え、全てを。

 お前は俺を受け入れるか、お前は俺を殺せるか。

アスカのためならあらゆる力を受け入れる、僕に冷静かつ残忍なココロを。

お前は僕で、僕はお前だ。 

アスカのためならアスカだって殺してみせる、全ては大好きなアスカのため。

お互いを隔てる枷を外して受け入れよう、今こそアスカのために一つになろう。

アスカが傍にいない、憎い。 リィエンを殺す。

邪、闇、殺、悲、怖、憎、妬、死、悪、恐、壊、奪、崩、潰、罪、虐。

全て、お前を取り込み、お前を殺す。

何もしてくれなかったみんな。 許さない。 みんなを殺す。

そして何より全ての根源だ。 僕を殺す。 僕もお前も死んでしまえっ!!

…それでいい。

その言葉を聞いたと思ったらザッとノイズが消えるようにそいつは居なくなった。

そのまま瞬はベッドに倒れこんだ。

布団に何か違和感がある。


瞬「ん…、布団に何か入ってる。」


引っ張り出したそれは大きなまくらだった。


瞬「こ、これ…。 アスカのじゃんか…。」


あの日アスカが抱えてきたまくらだ、長い髪の毛がついている。

ぱたぱたこぼれる涙、たまらなくなった。

震えながらまくらを抱きしめる瞬。


瞬「こんなトコに隠すなよな、バカっ…!」


布団を引いて眠ろうとした瞬の足にまたしても何かが触れた。


瞬「…今度は何だ?」


同じように引っ張り出すと、今度は綺麗にたたまれたオレンジのパジャマが出てきた。


瞬「ははっ、冗談だよね? お弁当用意する暇あるのにこれもまくらもここに置きっぱなし?

 あははは…、違う、違うよ。

 僕のために僕より先に起きてお弁当作ってくれたんだ。

 アスカのお弁当にしてはやけに大きいと思ったんだ。 

 何が僕はアスカのことしか考えて無い、だよ。

 自分の事棚に上げてさ…。

 アスカだって僕のことしか考えてないじゃないのか…!?」


?「やっぱここだったか。」


瞬「聡哉!」


聡哉「アスカの事はセヴァースさんから聞いたよ、つらかったろう。」


瞬「う、ううっ…。 ぐっ…。」


聡哉「泣くんじゃねぇよ、お前は精一杯やったじゃねぇか。 

  フィルムーンの兵士相手にアスカとあんなに息を合わせて戦ってさ、

  言わなくたってお互い分かってんだろ?

  だからこそあんな通常じゃありえねぇ動きをしたんだ。

  手を前に構えて後ろに倒れるなんてできるか? いや、できねぇな。

  アスカはお前を信頼してたんだろ? 心からよ。

  お前だって負けないくらいアスカを信頼してた。

  それに…、アスカは笑ってたそうじゃねぇか。

  それをお前は作り笑いだって言ったみてぇだが俺はそうは思わねぇよ。

  俺がアスカと付き合ってた頃の話だけどな、アスカは素直なんだよ。

  嫌なときには嫌って言うし、嬉しいときは体全体で嬉しさを表現する子なんだ。

  笑顔を作ったりなんてしない、ただ純粋に護ろうとしてくれたお前の心が嬉しかったんだよ。

  大したもんだ、サンバラシアに戦いを挑むばかりか気付かない内にフィルムーンまで相手にして

  おまけに最悪の悪魔とさえ謳われたリィエン・バーュナスにまで相手をしようって言うんだ。

  いつの間にかサンバラシアの時期継承候補まで上って、今じゃフィルムーンさえ抱き込んでる。

  お前は凄いんだぜ? 

  あんないじめられっ子だった瞬が見てみろ、どうだ、天球世界がお前を求め始めている。

  たった2ヶ月程度で強くなったよ、心も体もな。

  アスカは幸せ者だ。

  そんなお前に愛されてるんだ。

  こんなお前、じゃ無い。

  俺だって嬉しいんだ、胸を張れよ如月 瞬。

  一回の失敗に泣き寝入りしてる場合じゃない、長い人生これから何回だって失敗するだろう。

  挫けずに何度だって立ち上がって見せろ、俺とケンカした時みたいに。

  お前はアスクァーシルというお姫様を護ると決意した立派なプリンセスガードだ。

  学校じゃもう語り継がれる伝説に名を連ねるよ。

  生きる伝説だ、命の危険も顧みず、大好きなアスカを護って。 

  それでかつアスカの為に自分も死なない何て言えることじゃない、言えてもやれる事じゃない。

  絶対勝てないといわれる相手にだってだってアスカのためならお構い無しに戦いに行っちまう。

  俺は出来ないねぇ、お前にしか出来ないことだよ。

  男も女の子も羨ましがってたよ、男は瞬みたいな力が欲しいって。

  女の子はお前みたいな男に護って欲しい、アスカが羨ましいってな。」


瞬「は、ははっ。 ホントかそれ? 嘘みたいだよ。」


聡哉「この戦いが終わって、学校行ったらすぐ分かることさ。

  そういや、お前に言ってなかったけどよ。

  面白いこと知ってるぜ?」


瞬「どんなだよ。」


聡哉「内緒にしろって言われてんだけど今のお前には話しておきたいんだ。

  アスカがお前と付き合う前からだけどな、やたらにお前のこと聞くんだよ。

  瞬と知り合った瞬間から細かく聞くんだよ。

  ケンカしたこととかさ、お前が嫌われんの恐がるあまりに自分を押し殺してた事とか。

  アスカの手作り弁当見たとき、あっ!て思ったよ。

  両親がそういうことしてくんなかったって言ったんだけどよ、付き合った次の日に実践だもんよ。

  きっちりメモってたっけな、よっぽどお前に興味あったんだろうな。 

  私はただ瞬の力の秘密を知りたいだけよ! なーんて言ってたけど嘘バレバレ。

  だったらお前の自己紹介の時地球人だって知って驚いたり何かしねえってのな。

  ありゃきっと惚れてたぞ。」


瞬「そ、そんなもんかな。」


聡哉「そうだろーよ、もうお前のところに移住する気だったんかな?

  まくらにパジャマまであるってことはよ。」


瞬「わかんないよ、どっちにしてもアスカが離れるわけじゃないし。」


聡哉「ケケケ、まぁそうだな。 あと4日だ、頑張れよ?」


瞬「うん、もちろんだよ。」


聡哉「へっ、こりゃ俺もウカウカしてられねぇな。 じゃあ俺は行くからよ、ゆっく

り休みな。」


瞬「ありがとう、聡哉。」


聡哉「気にすんな、俺様はお前の無二の親友だー。」


後ろ手に手を振りながら笑いつつ、言うだけ言って行ってしまった。


瞬「明日から頑張らないとな。 

 アスカ、もう少しだけ待っててくれ! 絶対、絶対助けてあげるからな!」


そして遂に運命の4日間が始まるのだった。

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