Rinklucia Love Heart

大餅 おしるこ

第一章  如月 瞬 ~始まり~

現代における夢とは少し現実に近いものが多い。

”非現実のものを現実にしたい”。

幼少の頃はそんな願望は殆どと言っていいくらいの子供にはあったはずだ。

空を飛びたい、魔法を使いたい…。

ところが、ある年齢から叶わぬ夢と分かれば、それは急速に捨て去られる。

年齢を重ねる毎に夢は現実的なものへと変貌していく。

それは人の上に立ちたい、上手に人生を渡りたいだとか、いい就職先に高い給料が欲しい…。

無論年齢が重なればそうなるのは至って当然だ。

だが、この世はあまりに夢らしい夢が少な過ぎるのではないだろうか?

それが大人と言うのであればそんな大人何ぞきっと大した事は無い。

ただ薄汚れて金に貪欲なだけのクズと変わりはしない、そうでなくてもいずれそうなる。

否定は出来ないはずだ。

例えそれが本人の意思の有無を問わなかったにしても、だ。

本当の大人とは現代に忘れ去られた子供の夢を持った者。

そして、ここで挙げる”大人”と言われる真に英知のある者。

これらを併せ持った者こそが本当に豊かな大人と言えるのではないだろうか。

これから記すある少年の物語はそんな時代の忘れかけた何かを伝えるものである。

じっくり頭にその情景を浮かべながら一時夢の旅をして欲しい…。



パシリ。

それが自分の役割だった。

高校生になる前、中学生からずっとこんな感じだ。

16歳で弱々しい少年、如月 瞬 (きさらぎ しゅん)、彼はいつものようにパシられていた。

ジュースやら昼飯やらは瞬持ち、時間は15分以内という無茶苦茶な規則。

それも出来なかったら殴られ蹴られ家路に着く、そんな毎日。

家に親はいない、ただ仕送りだけしてくれて自分には大した興味は無いようだ。

今日は買ったものが気に入らなかったらしく、殴られて家路についた。

話し相手といったら…、3年位前に事故から僕をかばってくれた愛犬“このは”。

今とそう大して変わり映えの無い、ある一日の帰りだった。

もう薄暗い道のとある外灯の下にダンボール箱に“このは”はいた。

茶色い犬だった。

とても人間を怖がっている子犬で衰弱していたところを保護して育てた。

…ところが洗ってみたら真っ白い犬だった、雑種かと思ったら日本スピッツで女の子だった。

犬は嫌いではなかったが好きと言う訳でもなかった。

増して自分の世話もできないのに犬を飼う何て考えもしなかった。

今思ったら自分に通ずるところを感じて魅かれるものがあったのかもしれない。

“このは”が来てから少なくとも生活は楽しくなった。

衰弱してるくせに薬を与える時なんかは咬みついてる生意気さ。

しかも捨てられていた時点で妊娠してたらしく、可愛らしい仔犬が6匹生まれた。

だが、6匹も育てることはどんなに努力しても学生の自分では資金的に苦しかった。

やむを得ず、惜しまれながらも皆知り合いにもらわれていった。

このはとは散歩したり、ご飯をあげたり一緒に寝たりお風呂に入ったりもした。

なかなか心を開いてはくれなかったが、時間をかけて接していくうちによく懐いてくれた。

…、でも別れは突然訪れた。

散歩をいつものようにしていたある夕方の日のことだった。

居眠り運転をしていたトラックが瞬に向かって突っ込んできた。

そこに“このは”が瞬に体当たりをして、身を挺してまで主人を護った。

当然ながら“このは”はその日以来散歩に行くことも、遊ぶことも叶わなくなった。

それどころか、眼前にまで姿を現さなくなった。

当たり前と言ったらそうだが瞬の心には大きな傷になった。

大事な相手を失った悲しみ、護ってもらった嬉しさ、何もできなかったもどかしさ。

それは瞬にとって生活の逆行を示唆していた。

帰り道によく出くわす一番タチの悪いのが“田崎”という男。

その度にカツアゲ食らうわ口封じに殴られるわ、終いにはナイフまでちらつかせる始末…。


瞬「はぁー…、もう嫌だよ、こんな生活…。」


ある日の帰りに大きなため息をつきながら大通りに…、飛び出した。 自殺の瞬間である。

少し鈍い音がして足が振り子のように舞って天地が逆転したかと思ったら…、

辺りが電灯を消したようにぷつっと暗くなった。


?「…瞬、瞬、瞬…。」


ひたすらに闇に塗られた空間にボンヤり長身のすごく淑やかな女性が立っている。

これがいわゆる臨死体験ってやつか? 目が覚めたように瞬は女性に気を向けて問い返す。


瞬「どちら様ですか?」


?「気が付きましたか? 私、光龍姫神 (こうりゅうきしん)と申します、

  光龍、と呼んで下さって結構です。」


瞬「…はぁ、えっと確か僕は車に…。」


光龍「はい、そうですよ。」


状況が飲み込めず、辺りを見回す瞬に桜色の長髪が腰に迫らんとするような女性は笑って答えた。


光龍「あなたは、先刻死を迎えました16歳の若さで。 自らの手で命を絶ったようですが。」


瞬「…死神、ですか、お姉さん。」


光龍「いえいえ、死んだ者はその魂が消滅してそれで終わりです。 

   これは死んだ皆さんに聞いてることなのですが…。」


瞬「…、それ、僕にも聞くの?」


光龍「ええ、生き返るラストチャンスと取ることもできますし、

   叶わぬ夢を叶えるためと取ることもできます。」


瞬「?? よくわかんないなぁ、それが僕に聞くことなの?」


光龍「地球とほとんど同じ星があって地球では叶わない夢が叶うとしたら…、

   あなたはそこへ行きたいですか?」


瞬「えっ!? 死んだ僕が…?」


光龍「その星は天球、…まあ言ってしまえば死後の世界とも取れなくは無いですが、

   モンスターはウヨウヨしてますし、天球で死ねば転生輪廻も無く地獄行きです。」


瞬「うっわ…。」


狼狽して考え込む瞬に光龍と名乗る女性は少し向こうを向いて話し始めた。


光龍「…、あなたには夢があったのでしょう?」


瞬「…ー。」


光龍「天球は“想い”が力や形になる星です。

   強くなりたい、みんなと仲良くなりたい、空を飛びたい、魔法が…、」


瞬「! 待ってよ! 何で…、何で知ってるのさ!?」


光龍「…急なこと言いますけど瞬さんはずいぶん控えめなんですね。」


瞬「へっ?」


光龍「言い出しにくいんですけど、田崎という人に…。」


瞬「あぁ、それか。」


瞬はうつむいてしまう、だが光龍は続けて話した。


光龍「人は変わってはくれません、瞬さんが変わらないと。」


瞬「それは力があるから言えるのんだよ。」


瞬がそう言うと光龍の表情が一転した。


光龍「逆です、それは言い訳です。」


瞬「何がさ?」


光龍「瞬さんは今“私に力があるから言える”とおっしゃいました。 

  でも逆なんです。

  そう言えるからこそ力があるんです。」


瞬「嘘だ!」


光龍「まぁ、難しいこと何ですけれども。」


瞬「でもきっと僕のせいなんだろうな、力も弱いし言いたいことも言えないし。」


光龍「それは違います!!」


大声で一蹴した光龍に驚いて瞬は目を丸くする。

そんな瞬を見て光龍はさらに続けた。


光龍「例えどんな理由があれども他人をいじめることは許されることではありません。

  する方が、加害者が悪いんです。」


瞬「そんな! なら僕は…。」


光龍「そう、放っておけばいいのに、…でも瞬さん、

  力が強くてもそれだけでは駄目なんです。」


瞬「分かってる、…けど。」


光龍「この際駄目で元々と思ってやってみましょう。 

  天球では“想い”が力になります。  

  まず瞬さんが変わってみるんです。 そうしたら周りだってきっと変わります。

  私にはあなたには人を惹きつけるような、そんな“力”があるような気がするんです。」


瞬「う、うん…。」


うつむいてモジモジする瞬に軽く微笑みかけながら光龍はこれが大事とばかりに誇張する。


光龍「…、内向的な性格で人からいじめられたりする人にはその人ほど、

  他人はおろか本人でさえ気が付かない輝き、力、煌めきがあるんです。  

  でも内向的な人はそれをも隠してしまう。 

  …先ほども言いましたけど瞬さん、

  あなたはきっと本当はすごく人に好かれる性格と愛想や

  優しさ、強さを持っているんですよ。

  それがどのくらい大きいのかは私でも想像がつきません。 

  …それがあなたのキラメキ何じゃないでしょうか?

  まぁ、もっとも今の一言で片付かない良さを他にも持ち合わせている事は…、

  あえて言うまでもないでしょうけれども。」


瞬「本当にそうかなぁ…?」


疑う瞬に光龍はにっこり笑いかける。


光龍「えぇ! 本当ですよ!」


瞬「…、光龍さん。」


光龍「はい?」


瞬「夢が…、叶うんだよね?」


光龍は優しい笑顔でゆっくりうなずいた。


瞬「行く!! 連れて行ってください!!」


そう瞬が言うと光龍はさらに瞬に笑いかけると、

瞬を奥に見えた一筋の光の中に連れて行った…。

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