〜こちら頼村総合探偵事務所〜
もんすけ
悪魔
何か困ったことがあったらどうすればいい?
犯罪だと思ったら警察に通報するのが、ごく一般的な意見だろう。
プライベートな事なら家族や友人に相談すればいい。
だが自分でも理解できない、どう対処すればいい不可解な現象には?
世の中、世界の理にそぐわない事象には途端に冷たくなる。
頭痛がしたような気がして、こめかみを強く押した。
気持ちが重い。
原因はわかっている。自分の担当している仕事についてだ。
何か対策ができるならこんな事にはなっていないのだろうが、原因が全く見当もつかないときた。
自分も何が何だか分からないのだ。警察に言おうと何度も言っているのだが、会社は首を縦に振らない。それどころか俺の管理不足だと言ってきた。
上司からは早く仕事を再開しろと言っているが、下請け業者もやってくれない今、気を紛らわすために繁華街をぶらつくぐらいしかやることが無かった。
生憎ふらっと入ろうとした店は全て満席。悪いことは重なり酒すらも飲めないのかと心の中で悪態を着く。
目の前に空き缶がころがっていたので思い切り蹴飛ばした。
思いのほか飛んで行った空き缶は雑居ビルの地下の階段へと落ちていった。
溜飲が下がる訳でもなかったが、落ちていった方に店の看板があることに気づいた。
ー BAR SEEK ー
何でもいい。空いているのならここで気持ちを落ち着けよう。
階段を降りて重い扉を開けた。
よくある普通のバーだと思った。
少し薄暗い照明。会話を邪魔しない程度の音楽。カウンターの棚には様々な酒瓶。
客は誰もいない。それどころか店員すらいないのだ。
そのまま踵を返しても良かったが、これからまた街を彷徨うのも面倒くさい。
「誰かいるかな?」
一瞬の静寂の後、奥から人がでてきた。
長い黒髪をしたバーテンダーの服装をしたハッとするような美人。
「やってますよ、どうぞカウンターに」
こんな美人とサシで飲めるとは少し運がいいのかもしれない、そう思いながらカウンターに座った。
何杯目の水割りだろうか、目の焦点が合わなくなってきた。
明らかに飲みすぎだ。明日は休みだが、深酒をしてせっかくの休みを寝ているだけで過ごすのも勿体ない。
そろそろ会計と言おうとしたその時、最低限の会話しかしていない店員が口を開いた。
「それで、何を悩んでいるのですか?」
驚いた。そんなふうに見えていたのか。
「よく分かったね」
「お酒を矢継ぎ早に、そして少しヤケになって飲んでいるのを見ますとね。それにこのような時に来る客は何か悩みを持っていることが多いんです」
「はあ…店員の経験みたいなもんなのか、まあ悩んだところでどうしようもないんだが」
店員はグラスを磨く手を止めてこっちを見て言った。
「話すだけなら楽になりますよ」
目が合う。その綺麗な瞳を見ていると話さなくてはいけないと思ってしまう。
「まあ話すだけなら…」
ここ最近の不可解な事件なのか事故なのか分からない事象について話始めることにした。
「なるほど…」
店員は顎に手を当てて少し考えるような素振りを見せた。
美人は何をしても絵になる。そんなことを考えながら見ていると思いもよらないことを言ってきた。
「それでしたらお力になれるかもしれませんよ。とは言ってもある事務所を紹介することになりますが」
酔いが覚めた。まさか、こんなバーで問題が解決できるものか。
「ただその差し伸べられた希望を掴み取るのかどうかはアナタ次第です。どうしますか?」
からかっているのか、それとも金を巻き上げようと何か企んでいるのか。
でももし事実なら。本当に解決するとしたら。
そもそもこのまま何も出来ないままでは疲弊するだけだ。
「教えてくれ」
力強くそう答えると店員、彼女はニヤリと笑った。
気だるげにソファーから体を起こした。
時刻は午前8時。少し頭がズキズキする。
昨日戸棚の片隅から出てきたウイスキーを空けてしまったのが原因か。
「当たり前だろう、1人で飲みすぎるからだ」
すぐ横から声が聞こえる。
「最近仕事もないし、アテも無い。そうなったらやることは一つ。酒を飲みながら1人で管を巻くことさ」
自分でも言い訳だと思っている。仕事なんてものは来る時は向こうからやって来る。
「フン…シャワーでも浴びておけ。そろそろ小娘が来る頃だぞ」
言われなくてもわかってる。心でそう思いながらバスルームへと向かった。
バンッ!と扉が勢い良く開いた。
「おはよーございまーす!」
黒髪ショートの元気そうな女の子が笑顔で入ってきた。
「ああおはよう、
「うわっ、酒臭い!また飲んでたんですか?」
咎めるような目付きでこちらを見るのは
縁あってうちの事務所を手伝ってくれている子だ。
まだ20歳の大学1年生。こんなしけた事務所なんかでバイトするよりかコーヒーショップやらアパレルなんかで働いた方がいいと思う。
「いや…偶然酒があったもんでね。そのまま棚に置いておくのも勿体ないだろうし…」
苦し紛れにそう言ったが、勿論咲良はバッサリと切り捨てた。
「とりあえず窓を開けます。こんな空気じゃお客様が来ても直ぐ帰りますよ」
昼が近くなってきた。
何か出前をを頼もうとして置いてあるチラシを手に取った時だった。
コツ…コツ…コツ…
階段を上がる音がする。
階段を上がった先はうちの事務所しかない。
(またお前にとっては嫌な客かもしれんな)
横から聞こえる声を無視して、咲良に声を掛けた。
「咲良ちゃん。多分お客だからお茶用意しておいて」
「こちらが『頼村総合探偵事務所』かな?」
扉を開けてこちらに聞く男は年齢は30代ぐらい。高慢そうな顔つき、態度だ。友人にしたくないタイプだなと思った。それにしてと「総合探偵事務所」とは何を総合するんだろうかと自分でつけた名前に苦笑しながら返答した。
「ええ、私が所長の
「あるバーの紹介で来たものでね。私はこういう者なのだが」
渡された名刺には「重村建設 土木課 係長
確か地元で大きな建設業者だ。それよりも彼が言った言葉が気になった。
「バーで聞いたとおっしゃいましたけど、それは…」
「BAR SEEKって所だよ。あんなに綺麗な店員はそう居ないもんだ」
心の中で舌打ちした。あの女狐。いつも直接俺に仕事を振ってきやがる。
「なるほど、それでここに相談に来たということは普通のことでは説明がつかない、どうしようもない。そんな風になったってことですよね?」
「まあそうなんだが…実は…」
桐下は話し始めた。
桐下は自分で言うのもなんだが、会社では出世株だと言う。
色々な現場を無難にこなしてきた。そして今解体する予定の建物はビルなのだが、古臭いビルで「お化けビル」なんて言われたりもしていた。
そのビルで不可解な事が起き始めた。
何日おきに1人、人が居なくなるのだと言う。
しかも業務が遅くなって残っている下請け業者ばかり、この前は夜勤で残っていた警備員がいなくなった。
それだけでは無い、基本的に自分が現場に一番乗りしているのだが、現場に血溜まりのようなものが落ちているのだ。
ただその血溜まりは他の人が出勤してくると忽然と無くなる。
その血溜まりを見る日は決まって誰かいなくなっている。
最初はただ仕事が嫌になって逃げたのだろうと話していたのだが、それが5人を超えるとなると皆の顔に怯えがみてとれた。
それに自分が不用意に血溜まりの話なんかしてしまったものだから業者も尻込みしてしまった。
今では仕事にならなくなってしまったという。
会社にこのことを訴えてもロクに対策もしてくれないどころか叱責される日々が続いていた。
このままだと自分もおかしくなりそうだと、藁にもすがる思いでこの事務所を訪問した。
「なるほど…それは確かに変な話だ」
考え込む。ただあの女狐の紹介なら間違いなくこっち側の話だろう。
桐下は自分を胡散臭そうに見ている。
まあそうだろう。理解できない現象に直面していて、解決できるのがこのよく分からない名前の事務所となると。
咲良も黙って話を聞いている。桐下は時折咲良の方をチラッと見ていた。
美人だから見てるんだろうか、このスケベオヤジがと思いながら私は話し始めた。
「対応できるかもしれませんが、うちの事務所は少々特殊でね。料金は一部先払いとなっている。成功したら別途料金を頂くが、振込はなしだ。一般の客からの支払いは現金払いとなっている」
「随分な事務所なものだ」
桐下は少し苛ついたように言った。
解決できるかも分からないのに先払い、ましてや現金だから当然だろう。
「嫌なら結構ですよ。他の手段で対応できるならそうしてください」
「いや待ってくれ。何とかなるんだな」
心の中でニヤリとした。食いついた。面倒くさい仕事かもしれんが、仕事をしないと体がなまる。
「それで料金はこれぐらいで…」
「こんなにするのか!?……いや、何とか現金で用意しよう」
現金で支払いに来たら仕事をすると言い、幾分血管を浮き上がらせた桐下は事務所を後にした。
「なんか随分な態度でしたね」
咲良が頬を膨らませながら言う。こういう所を見ると年頃の女の子だと思う。
「まあ確かに偉そうな態度ではあったけど、こんな胡散臭い事務所に来るんだ。相当切羽詰まってるんだろうよ」
「絶対パワハラするタイプですよ!あの人の下で働くとすぐ辞めちゃいますね!」
そう断言する咲良見て苦笑しながらこう言った。
「まあ信じるか信じないかは相手次第、もし払ってきたら俺らは仕事をするだけさ」
そして問いかける。
「臭いか?」
「ああ、プンプンとするが、小物だろう。我が出るまでもない」
「よっぽど恨まれてんだなあ、あのオッサン。俺でも感じるよ」
「それよりも腹が減ったぞ。我は正直亭のビーフステーキを所望する」
「わかったわかった、咲良ちゃん。正直亭に出前とるけど」
「私もビーフステーキがいいです!」
目を輝かせながら咲良は言う。俺にたかるつもり満々だ。
「わかったよ。多分仕事になるだろうし景気づけにビーフステーキ3人前にするか」
それから3日後、桐下はまた事務所にやってきた。
提示した通りの前金を持って。
「この通りだ、全く前金にしては高すぎんかね」
「よく会社が良しとしましたね」
「会社を通さなくても何とかなる。それぐらいは出来る」
なるほど、あまり宜しくない方法で集めたのか、形振り構っていられない様子が見て取れた。
「それでいつから動いてくれるんだ?」
金がある以上、仕事に取り掛からないといけない。
「今日の夜からでもいいですよ?」
「そうか!なら直ぐにでも取り掛かってくれ!」
急に上機嫌になった桐下。現金なやつだ。
「それでは工事現場で作業するような服装を用意して貰ってもいいですか?」
さあ、いっちょやりますか。
夜中、月明かりも雲で隠れた暗闇。
桐下と咲良、3人で「お化けビル」へとやってきた。
「なんで私もここに来なければならないのか…」
ブツブツ言っているが、あとから見てないから金は無しだと言われても困る。そういうことをやりかねない奴だろうと思っている。
それを冷ややかな目で見ている咲良に
「咲良ちゃんは別に来なくてもいいんだけど…」
と言った。
「何を言っているんです。頼村さんの助手でいる以上私も同行します!」
と食い気味に返してきた。最近の若いもんはと思ったがオッサン臭いと思い直ぐに頭の中から掻き消した。
「それでどうするんだ」
桐下が言った。
「最近は人も来なくなり獲物に飢えているはずです。普通に作業している振りをしていたら相手から来ますよ。中に入ったら普通に仕事をするような態度でお願いしますよ」
おそらくそうだろう。自分の中で長所と言える直感、そしてこのビルを包む不快な空気がそう伝えている。
「待て!獲物に飢えているって何か分かっているのか!?ああ待てと言っているだろう!中に入るのか!」
当たり前だ。中に入らないでどうすると言うんだ。
桐下の言葉を無視して中へ足を踏み入れた。
入った途端だ。不快な空気。
さっきブレーカーを入れた電球が心細気に照らしている。
ヘルメットが邪魔くさいと思いながら、それっぽく用意した工具を持ちながら中を歩くことにした。
桐下は怯えながら後を着いてくる。咲良は特に変わった様子もない。強い子だ。いや強い子になった。
中で作業をする振りと言っても何分専門外だ。それっぽく歩きながら待つことにした。
_暫く獲物は来なかった。
最初は順調に進んでいたが、ヤツを追い詰めるために血溜まりで遊んだのが悪かったのか、人が寄り付かなくなってきた。
「契約」の都合上、この建物でしか捕食できない今焦っていた。
もう少しなのだ。あと一つで高みに上がることが出来る。
今まで嘲笑っていた奴らを見返すことが出来る。
力を手に入れて思い通りに出来る。
なのにあと一つ。それが足りない。
だがそれも今日で終わる。
獲物が来た。
来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来たキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタ
突然のことだった。
ドンと自分にのしかかる重圧。いっそう濃くなった空気。
来るな。そう感じた。
(何かあったら咲良を守ってやってくれ)
(我が出るまででもなく守れるであろうが、まあわかった。飯ははずめよ)
全く高いのか安いのか分からない奴だ。
桐下も何か感じ取ったのか青い顔で首を振って見渡している。
ポケットに入っている紙を握りしめる。
初級か中級か、出し惜しみしてもしょうがないか。
ソイツは後ろからやってきた。
ポケットの中の紙、
「結界紙」に俺は力を注いだ。
バンッ!と音が鳴りソイツは弾かれた。
空中で停止する。赤い翼、赤い体、赤い顔、角が1本。
「やはり
「な、何なんだソイツは!ば、化け物…」
桐下が逃げようとするのを大声で制した。
「そこから出るな!結界が守っている!絶対に動くんじゃないぞ!」
桐下はヘナヘナとへたりこんだ。幸い少し離れた場所にいる。咲良は近くにいるが、同じく結界紙を発動させたし、守ってくれるヤツがいるから大丈夫だろう。少し顔が青くなっている。何回見ても慣れるもんじゃないか。
ソイツは驚いたように不快な声を出した。
「キキキッ…オマエ タダノエモノ ジャナイノカ」
「お生憎様、こういうのは比較的慣れてるのもでね。大人しくやられてくれると助かるんだが」
「シネッ!」
ソイツは手から赤い玉のようなものを出し俺に投げつけてきた。
横っ飛びで避け、懐からセミオートマチックの拳銃を出す。力を注ぎ弾を発射する。
ソイツはヒラリとかわした。身軽なやつだと思いながら。連射する。
「イマイマシイヤツダ ニンゲンゴトキガ カテルトオモウノカ」
「お前あちらから出てきたばかりか?」
「ナニ?ソウダトシタラ ナンダトイウ」
「いや」
笑って答える。
「いかにも小物なもんでさ。大したことなさそうだ」
「キサマア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
こちらに速度をあげ向かってくる。
それをバックステップで後退しながら弾を撃つ。
ソイツの翼に当たった。血は出ない。悪魔は血を流さない。
「グオオオオオオオオオ」
まさか自分にダメージを与えるとは思っていなかったのか、狼狽の色が見て取れる。
「ヨーロッパ製の銀弾丸だぞ?洗礼付き。準備してないわけないだろうが?」
バカにしたような気持ちで言うとソイツは雄叫びを上げた
「オオオオオオオヴァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
このまま押し切るかとそう思った。
油断していたんだ。
「も、もうやってられるかあああ!うわああああ」
桐下が出口に向かって走り始めた。
馬鹿野郎。動くな!と声をかけようとしたが遅かった。
桐下は出口を出て右に曲がった。その瞬間だった。
グシャという不快な音。飛び散る血飛沫。
ソイツはゆっくりと現れた。
今対峙している悪魔と同じ赤い姿。
「もう一体いたのか…」
今まで対峙していた悪魔が歓喜の声を上げる。
「ソロッタ!ソロッタ!ツイニソロッタ!」
もう一体も声を上げる。
「キタキタキタ!コレデ マタ タクサン コロセル!」
しまったと思った。結界紙の最高級ランクを咲良に張り直す。
張り直すなら今のうちしかない。念の為だ、俺の直感が嫌なぐらい危険を告げている。
嫌な予感は当たるものだ。
ソイツらは2人並ぶと大きな黒い空間を作り出した。
そこに吸い込まれていく。
ああ最悪だ。このパターンは滅多にない。
その空間が黒く蠢き出したと思うと姿を現した。
ソイツらは一つになっていた。
翼は大きくなり、より人に近づいた形に見える。
角は2本に増えていた。
今までとは違う
「ここでクラスが上がるのか、
「ア、アハハハハハハハ」
より人に近くなった声でソイツは笑う。
「ヨクやってくれた!これでウエに上がった、オマエも」
そこで一旦言葉を切り、ゆっくりと告げた。
「殺す」
その声と同時に横に飛んだ。
横っ腹を何かをかすめた!血が出る。痛みを感じている余裕は無い。
咲良の方を見た。顔面蒼白ながら唇を噛み締めこっちを見ていた。
それでいい。俺に意識を向けなければならない。
中級結界紙を自分に張る。相手の攻撃はいくらか減衰したものの自分の肩を抉る。今度は血を噴き出す。
「頼村さん!」
咲良が我慢できず声を上げた。
「ソコに居る女」
声を上げた方をソイツは顔を向ける。
「オマエは最後に料理してやる。動けなくなった貴様のマエで四肢をもぎとり、オカしてもいい。絶望を与えてやろう」
瞬時に頭が沸騰する。
「てめええええ!」
そう言いながら弾を発射する。ソイツは気にした様子もなく受け止める。
「ムダだ。もうソレは食らわない」
上位存在に変わるとこうも敵わないものなのか。ソイツが手を振るう。直撃は免れたものの大きく吹き飛ばされ壁に体を打ち付けた。
口から血が溢れる。内臓にダメージがあったのだろう。
勝てない、今ある手段では勝ちようがない。
「どうだ?オマエの絶望を感じるぞ?安心シロ、先程言ったように嬲り殺しにしてスベテの苦痛を与えてから殺してやる」
ああ化け物、俺ではソイツに勝てない。
俺ではな
「来いよ、もう形振り構っていられない」
俺は左腕に生命力を明け渡した。
何をしている?
悪魔は今起きている不可解な現象に顔を顰めた。
もはや獲物ですらなく、少し手慰みに遊んでやろうと思っていた存在。何をした?
左腕が眩しいほどに輝いている。
その腕がボトりと落ちた。
自分で腕を落とすとは自棄になったかと思ったが、その左腕から強烈な気配を感じる。
悪魔は恐怖した。たかが人の左腕では無い。何かある。
あの人間を殺さなくては、強烈な気配。いやこれは崇高な…何なんだこれは。
遊ぶ余裕はなくなった。トドメを刺すべく。凄まじい速度で向かった悪魔は直前で止まった。いや動けなくなった。
目の前の現れた存在。圧倒的な驚異。自分などちっぽけな存在だと瞬時に分からせられた。
「何故我の前で止まっている。跪け。」
目の前に経つ少女はそう言った。
その瞬間、悪魔は地面へと叩きつけられた。
龍
それは幻想の世界の生き物。そして圧倒的な力を持つ崇高な存在。
目の前の少女は愛くるしく可愛い姿をしている。
左腕を喪い、そして左腕の代わりとなって宿った龍。
顕現するだけで生命力を著しく消耗する。
自分の力で制御できる訳では無い。ただの気まぐれにして龍にとっては刹那の時、付き合ってやろうと喪った左腕に宿った。
自分の意識が朦朧とする。しかしここで意識を失う訳にはいかない。
気力でもちこたえながら、彼女に言った。
「
「当たり前だ戯けが、我を顕現させる度に死に近づくのはお前だ」
「スマンが説教は後にしてくれ、ソイツに聞かなければいけない」
「頼村さん!」
咲良がこっちに駆け寄ってくる。
涙目の顔を見てやっぱり連れてこない方が良かったなんて思いながらも
「もう大…丈夫だ。いや…俺の
「馬鹿なこと言わないでください!」
龍が居るから軽口も叩ける。ただこのままずっと居る訳にはいかないので俺は地面に這いつくばっているソイツに声を掛けた。
「形勢…逆転になったが、お前には聞くことがある」
「た、助けてクレ。お前に従う。イマまでの無礼も詫びる。何でもする。殺さないデクれ!」
見事なまでの命乞いだ。
「どうして召喚された?下級だが2体も呼ぶなんて」
「そ、ソレは呼んだやつの恨みが深いからだ…。ニンゲンの恨み憎しみが深いほど召喚される力はツヨくなる」
「そいつの名前を言え」
「言ったらタスケてくれるか!?言わなケレバ死ぬというのナラ。そのママ死んでやる」
下卑た笑いをしながら吐き捨てる。
「いいぞ、何なら殺さない。契約を通してもいい」
辛うじて目線をこちらに向けソイツは急いで言った。
「ナラ話す!話すから契約シテくれ!」
「わかった。汝に問うー」
決まりきった詠唱。そして俺はソイツを殺さないと言う内容を入れ契約を結んだ。
「さあ契約は結んだ。契約者の名前を言え」
「ワカッた!名前ハ…」
当然知らない名前だ。まあ知るわけもないだろう。
「さあハヤク!早く解放シテくれ!」
「龍」
一言だけ言った。龍が手を振るとソイツの体が崩壊していく。
「ナゼだ!契約を結ンだ!契約されているモノはお互いに契約の内容を破ることは出来ないハズダ!」
「ああそれか阿呆が」
龍は退屈そうに言った。
「誇り高き龍が人間と契約すると思うか?我は退屈しのぎにコヤツについているにすぎぬ。対等とまではいかないが、契約なんぞ交わしておらん」
「それに俺は殺せと言っていない。ただ龍と呼んだだけだ」
殺意を殺して声を出すなど、簡単なものだ。
「こ…ノ…外道がア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
意識が朦朧としてきてオカシクなっているのか笑い声を上げてしまった。
「ハハハハハハハ!!悪魔に外道と言われるか!そんな笑い話は無いな!」
「」
もう何も聞こえなかった。ソイツは必死の形相で何かを訴えていたが間もなく消え失せた。
終わった。
それを確認したと同時に自分の視界が暗転した。
何か左側から違和感がする。
かろうじて首を左に向けると自分の左腕がビッタンビッタン動いていた。
「龍…何をしてるんだ…」
龍の姿は無い。腕に戻ったのだろう。声だけが聞こえる。
「あまりにも意識がないから気づくまで遊んでいたまでよ」
「俺の腕で遊ぶのやめてもらえるか」
「戯け、お前の腕では無い。我だ」
昔会った他の龍はこんなんじゃなかった。こいつは人間臭すぎる。
「よ”り”む”ら”ざあぁぁーん!」
泣きながら咲良が飛びついてきた。内臓にトドメを刺されそうになる。
「咲良ちゃん…怪我…してるのよ…」
「あっ…ごめんなさい!本当にこのまま死んじゃうのかと思って!」
咲良はパッと飛び退いて顔を赤くした。
「我が何回言っても死ぬかもしれないと言ってきかんのだ。愛されておるな」
そこの腐れ龍、揶揄うな。
とにかくもう少し休んだら帰ろう。じきに日が昇る。
もう少し寝ると呟いて、また目を閉じた。
しばらくはほとんど寝たきりだった。動くのもやっとの状態。そんな中やってきたのはあの女狐だった。
「思いのほか苦戦したらしいねえ…まさか中級悪魔とは」
「元はと言えばお前が俺に直接仕事を振ったからだろうが…ちゃんと
「君ならやってくれると信じているから私はお願いしているんだ。思ったより君は私に信頼されていると思った方がいい」
「それよりも」と少し体を起こしながら言葉を続けた。
「調べてくれた件はどうなった?」
「ああ召喚者の件か。あの建設会社の元従業員の妹だよ。桐下とか言う依頼者に相当虐められて自殺したらしい。依頼者を苦しめて殺すのに、あのビルは格好の舞台だったというわけだよ」
ホラ、とネットニュースを印刷した紙を渡された。
内容はあの悪魔から聞いた名前と同じ人物が全身から血を噴き出して死んだというものだった。
「契約未達のペナルティか」
「それに悪魔は2体居たんだろう?よっぽどの代償が無いと無理さ」
「結社を通してないから報告書は要らないかもしれんが、何故そこまでして契約した?」
簡単な話だと女狐は言った。
「兄弟なのに愛していたのさ、いやはや兄妹の情を超えた愛情は時にとんでもない事になるらしい」
「まだ動かないのかい?」
女狐はニヤつきながら問いかける。
「いや無理に動けば何とか、咲良がトイレまで助けようとするからな」
「ハハッ、いいじゃないか。老後の心配が無くて」
こいつ煮殺してやろうかと思う。敵わない相手だが。
「どれ、お詫びだ」
「お前何を…ッ!?」
唇に柔らかい感触、なにか暖かいものが流れ込んでくる。
刹那。唇を離すと女狐は意地汚い笑いを零す。
「少し楽になっただろう。気力を注いでやった。尻尾を貸してもいいがお前は私と繋がるのが嫌だろう?」
それはごめんだ。ただ確かに体が軽くなった気がする。それと同時に入口でガシャーンと音が鳴った。
お盆を落として赤い顔をした咲良がそこに立っていた。
「な、な、何をしてるんですかっ!」
「初々しいなあ。大丈夫だ、情愛の口付けではない」
「そういう問題ではありません!」
一気に騒々しくなる。
そして左腕がまたビッタンビッタンと動いている。テーブルにあたって痛い。
「やめてくれ龍」
(お前なんぞ知らん、今度現れた時は全て吸い取ってやる)
俺にしか聞こえない声を脳内に響かせると、それきり喋らなくなった。
目の前の光景を見ていると俺は大事なことを思い出して思わず叫んだ。
「前金しか貰ってねええええええええええ!!!」
この仕事はもうやりたくないが、ちゃんと金を貰える仕事が欲しいと切に願う。
転職するかなあ…。
〜こちら頼村総合探偵事務所〜 もんすけ @monmontei
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