決意の料理会っ!③

「それじゃあ、みじん切りにしたタマネギとニンニクを油で炒めます。飴色になるくらい」

「飴色?」

「キツネ色とも言うよな。明るい茶色っぽい感じ」

「きつね……や、やってみます」


 フライパンを握るのは鈴那。

 油を薄く敷いて、自分が切ったタマネギと俺が切ったニンニクを入れる。

 この作業もこの作業で危なくはあるが、うちのキッチンはIHなので、ガスコンロを使うよりはまだ安全だろう。


「うん、上手いよ。いい手つき」


 横から和奏がフライパンを覗き込み、褒める。

 褒められるってのはいい。特に裏や嫌味の無さそうな人に言われる褒め言葉は、脳内麻薬をドバドバ吐き出させてくれてる。


 そういう意味でも和奏は適任だ。俺も褒められたいもん。ニンニク切ったときは、「まぁまぁ」と全然褒めてくれなかったけど!


「うん、それくらいでいいかな。じゃあ火消して、一旦お皿に出そっ」

「は、はい」

「それでラップをして、少し冷まします。二人とも疲れたでしょ? 冷めるまで、少し休憩しよっか」


 確かに緊張もしたし、ずっと立ち作業だ。慣れない分、知らない疲れも溜まっているだろう。


「えいちゃん、大丈夫?」


 そう思っていると、和奏が心配げに声を掛けてきた。


「おお、バッチリ。お前先生の才能もあったんだな」

「あたしのことじゃないよ。えいちゃんのこと。さっき、顔色ちょっと悪かったから」

「あー……もしかして、この休憩って俺に気を遣ったのか? 作業してたの殆ど鈴那だったのに」

「授業参観とかでも、生徒より見守ってるお母さんたちの方が疲れるって言うでしょ」

「お兄ちゃんからお母さんにレベルアップしてる!?」


 前世の記憶を精神年齢に加算していいなら、確かに親子くらいに年が離れていると言えなくもないが。


「……まぁ、俺のことは気にしなくていいよ。和奏は鈴那を気遣ってやってくれ」

「そういうわけにもいかないよ。今日はあたし、二人の先生なんだから。……でも、鈴那ちゃんの怪我への対応は百点満点だったよ。えいちゃん、えらいえらい」

「ちょっ! 撫でるなよ、同い年の頭を」

「いいじゃん、べつに♪」


 ニコニコご機嫌そうに、俺の頭を撫でてくる和奏。

 中学に入ってから地味についてきた身長差のおかげで、ちょっと無理している感がある。


「あたし、えいちゃんのことだから鈴那ちゃんの指でも舐めるかと思った」

「……セクハラじゃないですかね、それ」

「治療行為だよ? 唾液には傷に効く成分が含まれてるって科学的に証明されてるみたいだし」


 とはいえ、女子の指をいきなり舐めるのはいかなものか。

 治療目的で男性が女性にAEDを使ったら訴えられたという話も聞いたことがある。現場にいたわけじゃないし、正否もどれほどのものか定かじゃないけれど。

 まぁ、それはどうでもいいとしても、鈴那だっていきなりそんなことされたら引くだろう。


(主人公はやってたけどな……)


 現実では引かれる行動でも、ラブコメやギャルゲーの主人公にとっては伝家の宝刀だ。

 実際、神崎鈴那との料理イベントでも、まさにうっかり包丁で怪我をした彼女の指を舐めて消毒するというシーンがあったし。


(俺もそうした方が良かったのかなぁ……)


 少しは冷静になって、あえてあそこまで踏み込んだ方が良かったかもしれない。

 その方がもしかしたら鈴那は嬉しかった可能性も……いや。


「……やっぱり俺には無理だな」

「え? なにが?」


 不思議そうに首をかしげる和奏。

 本気で鈴那の指を舐めるべきだったかどうか悩んでたなんて言ったら流石に引かれるだろうな。


「なんでもないよ」


 俺は首を横に振りつつ、会話を終わらせる。

 引かれるだけならまだいいけれど……断念した理由が、「血の味が怖いから」なんて知られてしまったら余計に心配をかけてしまうだろうからな。


(厄介だよなぁ、トラウマって)


 これまでの生活では意識してこなかった……いや、無意識のうちにしないようにしていたと言うべきか。

 どうやら俺は血が苦手になってしまったらしい。晩ご飯の肉料理や今回の挽肉は見ても何も思わなかったけれど……まあ血が体から抜けていくのは感じても、自分がどういう状態になっているかまでは見えなかったからなぁ。不幸中の幸いと……はたして言っていいんだろうか?


 しかし、料理ともなるとさっきの鈴那みたいに怪我をするリスクも少なからずある。

 自分で企画したものではあるが、この料理というイベントが想像以上に俺と相性が悪そうだと、俺は今更気付くのだった。

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