決意の料理会っ!②
「それじゃあ今日は、ハンバーグを作りますっ」
和奏が提案してくれたのは、彼女が初めて振る舞ってくれた手料理と同じ、ハンバーグだった。
なんでも、作っていてそれなりに楽しく、シンプルで味が大外れすることもなく、できあがるとなんとなく「やってやった感」が出るから、初心者の料理にピッタリとのこと。
もしかしたら彼女自身実感があっての提案かもしれない。
「ハンバーグ……」
母さんが用意してくれたエプロンを身につけつつ、鈴那がごくりと喉を鳴らした。
ハンバーグという言葉に涎が垂れそうになったから……じゃ、当然ないだろう。たぶん、緊張してのことだ。
気持ちは分かる。料理をしない人間からすると、ハンバーグってなんかお店で食べる料理ってイメージがあって、難しそうに感じるのだ。
和奏は簡単と言うけれど、初心者にはハードルが高いんじゃないだろうかと思ってしまう。
ファミレスとかじゃ定番メニューで、前世でも今でも好物で……少なくとも俺にとっては特別な料理で。
作れるのか、あれを。本当に簡単に……?
電話で事前に説明を受けているにも拘わらず、俺はそんな疑問を拭いきれなかった。
全員手を洗い、俺と鈴那は和奏が台所に材料を並べていくのを見守る。
牛と豚の合い挽き肉。タマネギ、ニンニク、卵。
パン粉、牛乳、ナツメグ。
前半はともかく、後半はとてもハンバーグと結びつくイメージの無い食材だ。そもそもナツメグってなに?
「それじゃあわたしが指示するから、二人で協力して作ってね!」
「は、はい。あ、足引っ張らないでくださいね、栄司さん」
「が、ガンバリマス」
緊張で余裕を失っているからか、年相応の生意気が顔を出す鈴那。
でも俺もそこそこ緊張していて、ツッコむ余裕はなかった。
「まずはパン粉を牛乳に浸します」
適当な深皿にパン粉と牛乳を入れる。簡単。でもこれ、ハンバーグに何の関係が?
「そのパン粉はあとで挽肉と一緒に混ぜ込むの。パン粉を牛乳に浸しておくと、焼き上がったときにふっくら仕上がるんだよ」
「そうなんですね……」
鈴那は興味深げにパン粉を覗き込む。きっと彼女も俺と同じ疑問を抱いていたんだろう。
「次に、包丁でタマネギとニンニクをみじん切りにします」
「「みじん切り!?」」
ハモった。
しかし、仕方ない。分かっていたとはいえ来てしまったのだ。
初心者にとっての怖ろしゾーン、包丁パートが!
「あたしが普段作るときはフードプロセッサーを使うんだけどね」
「教授を!?」
「それはプロフェッサー。えいちゃん、面白くないからふざけないで」
「面白がらせたかったんじゃないですけど!?」
ちなみに、フードプロセッサーというのは、食材を簡単に粉みじんにしてくれるキッチン家電の一つ。プロセッサーは処理装置とか加工業者みたいな意味のある英単語なんだって。
「せ、先輩。そんなに便利なものがあるなら、使うべきではないでしょうか……?」
「だめ。最初から楽してたら、上手くならないもの」
「うう……」
ゲームでは料理の腕を上げようと頑張っていた鈴那だが、今の彼女には包丁への恐怖が勝るらしい。
「じゃあ、それぞれやってみようか。どっちがどれやる?」
「ちなみにオススメは?」
「うーん、そうだなぁ。タマネギの方が大きいから切りやすいけど、涙が出ちゃう。ニンニクは小さい分切りにくいって感じかな」
「じゃ、じゃあ私はタマネギを……」
「分かった。じゃあ俺がニンニクだな」
分担を決め、まずは鈴那が挑戦することに。
「包丁はこう持って、添える左手は立てないように、猫の手だよ」
「は、はい」
手取り足取り和奏に習いつつ、鈴那は包丁を握る。
こう見ていると、小学校で調理実習があったのを思い出す。
特に包丁は危険なので、注意事項をびっしり教えられ……おかげで大事なことだと分かりつつも、苦手なイメージとか恐怖心も植え付けられたのだけど、鈴那も同じなんだろうか。
「う、くうっ……!」
鈴那は額から汗を垂らしつつも、タマネギを切っていく。
この野菜を切る者の宿命か、じんわり涙を滲ませてはいるけれど、つらそうって感じじゃない。
むしろ、先ほどよりもどこか、表情が晴れやかになったように見える。
「なんだか、楽しいかも」
「ふふっ、結構ストレス発散になるよね」
大なり小なり、何かを壊したり作ることに快感を受ける人はいる。そして料理はその両方を満たしていると言えなくもない。
仕事のストレスを凝った料理にぶつける同僚もいたからなぁ(前世)。
ゲームにおける神崎鈴那の料理への拘り、その語られていないディティールの一つが紐解けた感じがする。
「痛っ!」
なんて考えているとき、鈴那の小さな悲鳴が聞こえた。
「鈴那っ!?」
ハッとして彼女に駆け寄る。
ちょうどタマネギをみじん切りにしていたところだ。うっかり滑らせて、左手人差し指の先を切ってしまったらしい。
「っ……!」
俺は反射的に彼女の左手を取る。切り傷からは血が出ていたが、ほんの少しだ。
「あ、あの」
「大丈夫。傷は浅い」
そんな武士みたいな台詞をリアルに言うことになるとは。怪我をしたのは俺じゃないが。
すぐに水で傷を軽く洗う。そして、ポケットに忍ばせていた絆創膏を貼ってやった。
「そんなの、持ってたんだ……」
「料理をするってなったらアクシデントがあってもおかしくないからな。これでよし」
傷で熱が冷めたのか、うつむいてしまった鈴那の肩を軽く叩く。
鈴那がハッと顔を上げ、目を丸くして俺を見た。
「気にするな。元々怪我すると思ってたのは俺の方だから」
「えいちゃん、がさつだもんねぇ」
「うっさい。ほら、続き。和奏も俺も、ちゃんとお前を見てるから安心しろ」
「……うん」
反発することなく、鈴那は大人しく頷き、包丁を握り直した。
良かった……と内心安堵しつつ、再び数歩下がって見守る体制に入ると、和奏が耳打ちしてきた。
「ちゃんと『お兄ちゃん』やってるね」
「まぁ、やるやらないに関わらず、お兄ちゃんだけどな」
これは褒められたでいいだろう。素直に胸を張っておく。
けれど、別にお兄ちゃんアピールしたかったわけじゃない。
(鈴那、血が苦手かもって思ったけど、案外そうでもなさそうだな)
交通事故で家族を亡くした。そしてその時一緒に車に乗っていた。
彼女にその瞬間の記憶があるかは定かじゃないけれど……血に、特別な恐怖をいただいていてもおかしくはない。
「悪い、ちょっとトイレ」
「え? さっき行ってたよね?」
「まあそうなんだけど……悪いな」
和奏に不審がられつつ、キッチンを出る。
そして、トイレに駆け込み……口を抑えた。
吐き出すほどじゃない。少し呼吸を整えたいだけ。
心臓がバクバクと騒ぐ音を聞きながら、俺は深呼吸を繰り返した。
「交通事故、か……」
思い出したくもない、けれど、刻みつけられてしまった深い傷。
前世の記憶を思い出すってのは、何も良いことばかりじゃない。
人間、人生で一度しか体験しないはずの痛み……それを俺は覚えてしまっている。
「鈴那の心配しておいて、俺がこれじゃあ世話ないよな」
俺はそう自嘲しつつ、唾をぐっと飲み込み、意識を切り替えるように何度か自分の頬を叩いた。
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