第3話 決意の料理会っ!

決意の料理会っ!①

 そうして迎えた、料理会当日。


「おはよう、えいちゃん」

「おはよ。てか、わざわざ電話で呼ばずとも、インターフォン鳴らせば良かったのに」

「鈴那ちゃんを驚かせちゃうかなって」

「鈴那は小動物か……いや、でも確かに、余計な緊張をさせたかもな。ナイス気配り」


 わざわざ材料まで持ってきてくれた和奏を出迎える。

 ちなみに両親は不在。用事があると出て行ったが、間違いなく気を遣ってくれたのだろう。「和奏ちゃんがいるなら安心だ」とのこと。すごい信頼だ。でも、俺もそう思う。


「鈴那ちゃんは?」

「リビング」


 さっきはわざわざ外行きの服に着替え、スマホをいじるでもなく、じっとテーブルについてた。彼女なりの臨戦態勢だろう。


「材料、俺持つよ。わざわざごめんな」

「うん、ありがと」

「そうだ、お金も払う。何円かかった?」

「もう、そういう話は終わってからにしよ?」

「うっ……確かにそうだな」


 そわそわしてしまっているのは俺も同じだ。

 ゲーム知識を活用し、踏み込んだ神崎鈴那のメインイベント、料理。

 今の鈴那にとってそれがどれほどのものかは分からないけれど、今からそこに手を触れるとなれば変に緊張してしまう。


「大丈夫。あたしがついてるから」


 そんな俺の心情を理解したわけではないだろう。

 ただ、緊張を察して、和奏が背中を撫でてくれた。本当に気遣いのできるやつだ。

 俺は和奏に頷き、先導してリビングに入る。


「鈴那。友達が来たぞ。紹介するな」


 ぱっと驚いたように鈴那は立ち上がり、こちらを見る。

 そして、


「えっ! 天宮先輩!?」


 俺の後ろの和奏を見て、目を丸くした。


「……え?」


 予想外の反応に、俺も驚き、そして後ろを振り返る。

 名前を呼ばれた和奏は……すこし苦笑いをしていた。


「こんにちは、神崎さん。やっぱり、神崎さんってえいちゃんの妹さんだったんだね」

「えっ、えっ!?」


 当然のように返事をする和奏。

 この感じ、俺を介さずとも、二人とも知り合いだった……!?


 俺の知る限り、鈴那と和奏に接点は無かったはず。過去に俺が鈴那と会ったのはずっと昔、親戚の集まりや、叔父さん夫婦がうちに遊びに来た時くらいのもの。そして、その場に和奏はいなかった。

 父さんか母さんが紹介したとか? いや、だったら会話の内容がおかしい。和奏は今初めて、俺の妹が鈴那だって知ったみたいな感じで話しているし。


 俺の友人である和奏。

 そして、俺の妹である鈴那。


 二人がそれぞれこの立場で会うのは、この場が初めてだ。それは間違いない。


(だとすれば……あっ!)


――彼女、クラスに馴染めてないみたい。誰かと話しているところも見たことないし、掃除も一人でやってるみたいだし。


 あの日、俺を引っ叩いたとき、和奏はそんなことを言っていた。

 今思えば妙に詳しい。特に、「誰かと話しているところも見たことない」というのは、偶然見かけたくらいじゃなく、何度か確認していないと出ない言葉だ。


(……なるほどな)


 気遣いのできるやつ、どころじゃない。

 気遣いの権能を持った妖精とか、そういう類いなんじゃないだろうか。


 和奏は俺の尻を叩く前から彼女をがっつり気に掛けていて、多分その課程で顔見知りくらいにはなったのだろう。友人というには中学三年生と一年生の間にある溝は深いが、先輩風を吹かせて世話を焼くくらいにはちょうどいい距離感だ。


「あ、あはは」


 じっと彼女を見ていると、感情が伝わったのだろう。

 和奏は気まずげに目を逸らす。別に怒っているわけじゃない。彼女的には気付かれたのが恥ずかしいとか、発破をかけた手前、俺に黙って交友を深めていることに後ろめたさがあったんだろうけど。


「鈴那、和奏と知り合いだったんだな」

「は、はい。……でも、えいちゃん、わかなって呼び方……」

「幼馴染みなんだ。和奏とは」

「えっ!」

「家もすぐ隣りだぞ」

「えええっ!?」


 鈴那は声を上げて驚く。

 そりゃあ、顔見知りの先輩が、まさか兄の幼馴染みで、お隣さんだったなんて、偶然出片付けるには近すぎる距離だ。


「実はえいちゃんから、妹さんができたって話は聞いてたの。仲良くなりたいって相談もされて」

「お、おい!?」

「でも、鈴那ちゃんがそうだなんて気付かなかったなぁ。確かに苗字は同じ神崎だけど、この辺りで見かけることもなかったし、偶然同じなのかなって」


 もちろん、近所でうっかり出くわさないよう気を張っていたんだろう。そう思うと中々に強かだ。

 俺の妹だと気が付かなかったなんて、随分白々しい嘘だけれど、そんなの一切感じさせない綺麗な笑顔で……さらに強かポイント上乗せだ。


「そ、そうなんですね」

「でもこんなに可愛いんだもの。仲良くなりたいって思うのも当然だよね。あたしだって、鈴那ちゃんともっと仲良くなりたいし」


 和奏はそう言いつつ、ぎゅっと鈴那を抱きしめた!


「「っ!?」」


 抱きしめられ思わず赤面する鈴那。そして、抱きしめられたわけではないのに身動きが取れなくなる俺!!

 美少女×美少女。イベントスチルにしっかり刻まれそうなアート的輝きを放つ光景に、俺は目を離すことができなければ、鑑賞もできない。


 どうすればいい! どうればいいの、こういう時!?


「そうだっ、あたしのことは和奏お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」


 グイグイ、いや、グイグイグイグイと攻める和奏。

 まさか、鈴那を知っていながら知らないフリをして近づいた嘘を隠し通すために、勢い任せで行けるところまで行っちまえ状態に入ってる!?

 普段は気遣い上手ながら、ガンガン主張することはない、どちらかというと大人しいキャラだ。鈴那の前でもそうだっただろう。


 そんな和奏からの一転攻勢に、鈴那は終始圧されっぱなしだったが、


「だ、大丈夫です! 先輩は先輩で、おねえ……とか、失礼ですのでっ!」


 顔を真っ赤にしつつも、抱きしめてくる彼女の体ごと、提案を突っぱねた。


「そっか、残念」


 離された和奏は、まったく気にしてないですよーと言うように、ニコニコ笑っている。

 内心は、「攻めすぎたーっ!?」とか思ってそうだけど。


「……こほん」


 というわけで、完全に空気と化していた俺だが、この隙にしっかり間に入らせてもらう。


「それじゃあ、話も一段落ついたところで、お料理タイムと行こうぜ」

「そうだね。ふふっ、鈴那ちゃんとお料理、楽しみだなぁ」

「よ、よろしくお願いします、天宮先輩」


 会話の流れは掴んだものの、二人の視線はこちらには全く向いておらず……。


(やっぱり俺、空気じゃない?)


 そう思いつつ、心の中でさめざめと涙を流すのであった。

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