妹と仲良くなるため奮闘する話⑧
その日の夕方。
「そういうわけで、友達を招いて一緒に昼ご飯作ろうぜってことになったから! 来週の土曜、空けといてくれなっ!」
「……はい?」
鈴那は実に怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
まぁ、いきなり義兄が部屋に入ってきて、次の休みの予定を勝手に埋めたとなれば、嬉しくはないだろう。
ちなみに、ちゃんとノックはしましたよ? 「……どうぞ」と、警戒の籠もった返事もバッチリ聞きました。俺は失敗を活かす男なのだ。
なので、俺が鈴那の部屋に入るのは合法! Q.E.D.!
……にしても、本当に殺風景な部屋だ。前にうっかり覗いてしまったときと変わらない。
最低限、勉強机とベッドだけは使っている痕跡があるけれど、それ以外は殆ど手つかずで、元の家から運ばれてきた段ボールも大半を開けないまま、部屋の隅に積んである。
部屋はその主の心の有り様を表す、とどこかで聞いたことがあるけれど……この部屋を見て感じる空虚な窮屈さ。見ているだけで胸が締め付けられる。
「あの、用事はそれだけですか」
「あ、うん。えっと、大丈夫?」
「もうお友達にも声を掛けられているんですよね。栄司さんにご迷惑をおかけする訳にはいかないので、予定を空けておきます」
明らかに嫌を押し殺した感じ。
自分はこの家にとって邪魔者だから、と卑下するような言い方だけれど、それでも大人のように感情を殺し切れていない。
(これはまだ、いいこと……だよな)
完全に心を閉ざされ、機械的に対応されるよりはずっとマシだ。今の感じでも胃に穴が空きそうだけれど。
「一応付け加えておくと、その友達って女の子だからな」
「それは……私は邪魔なのでは?」
「いやいやっ! そういう関係じゃないし、全然邪魔じゃないから!」
警戒を少しでも解こうと、来るのが同性であるという情報を付け加えたが、余計な遠慮を招いてしまった。
「そもそも最初から思っていたんですが、どうして栄司さんがお友達と料理するのに私がいる必要があるんですか」
「そ、それはぁ……」
そもそもこのイベント自体、鈴那のためのものだから……そう言うと、彼女は余計に負担に感じてしまう気がする。
自分のために何かをやってもらう。奔放な兄の気まぐれに巻き込まれる。
どちらがより嫌に思うかと考えたら、鈴那の性格的には前者だ。たぶん。
「そいつにちょっと自慢しちゃってさ。すっごく可愛い妹ができたって」
「……かわいい?」
「あ、いや、えっとだね!?」
鈴那の警戒が強まった気がする!?
可愛いなんて、うっかり言ってしまったせいで!
いや、鈴那は可愛い! 容姿もそうだけれど、俺は……俺は、どんなに冷たい態度を取られても彼女が嫌いになれない。
それはゲームで神崎鈴那の心の内を見てしまっているから、というのもある。
けれど、それだけじゃない。今の俺には、この体には、半分だけど鈴那と同じ血が流れているんだ。
俺にとって彼女は可愛い妹だ。守るべき存在だ。
暗い顔なんてしてほしくない。嫌われたとしても、幸せであってほしい。
……なんて、俺の気持ちを吐き出しても、それはまだ独りよがりなものでしかないけれど。
「と、とにかく、それでその友達……あ、その女の子な! 彼女じゃない、普通に、友達の女の子! 彼女が、ぜひ仲良くなりたいって、そんな感じのことを何度も言ってきて……なっ!」
ごめん、和奏。本当は俺が頼み込んで手伝ってくれることになってるのに、ついお前から頼まれたみたいな感じにしてしまった。
「はあ、そうですか……わかりました」
さらに痛いところを突っ込まれるかと思ったけれど、意外にも鈴那はあっさり引いた。
もしかしたら彼女も落とし所を探していたとか? ……いやいや、それはさすがに俺の希望が強すぎる。
これ以上問答してても無駄と悟ったか、それともさっき言っていた通り、俺の顔を立ててくれようとしているか……まぁ、今はなんでもいい。とにかく話が前に進んだのだから。
「それじゃあ、よろしくな」
「……はい」
鈴那が頷いたのを見届けて、俺は彼女の部屋を後にした。
部屋から出て、安堵の溜息を吐く。鈴那から断固拒否されてしまったら計画を実行する前に座礁するところだった。
すでに和奏にも当日の計画を考えてもらっているわけだし……さすがの自分でも、行き当たりばったりすぎると思う。
(鈴那にも、和奏にも、この借りはちゃんと返さないとな)
全部俺のわがままだ。そして、物事は俺の希望通りに進んでいる。
後は結果さえ伴ってくれれば文句は無いけれど……こればっかりはどう転ぶか、予想も付かなかった。
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