妹と仲良くなるため奮闘する話⑦

「どうか、お力をお貸しいただけませんか!!」

「ふぇっ!?」


 翌日、通学路で見つけた和奏を捕まえ、すぐさま頭を下げた。

 驚き固まる和奏。そりゃあまだ本題伝えてないし、困惑するのも仕方ない。


「い、いきなりどうしたの、えいちゃん!? ええと、力って、ええと……!?」


 何かと察しが良いイメージの和奏だったが、さすがに幼馴染みの以心伝心というわけにはいかないらしい。

 もちろん、和奏を困らせて遊ぶのが目的では無いので、すぐさま詳細を説明する。


「実は、鈴那と仲良くなる為に、一緒にご飯を作ろうと思ってて」

「え? どうしてわざわざ料理を?」

「それは……ちょっと思うところがあってさ」


 和奏が疑問に思うのもなんとなく分かる。


 そもそも料理なんて、仲良くなる為にやるんじゃなく、仲良くなってから一緒にやるべきものだと思う。

 なぜなら……はっきり言って、信頼の無い相手の料理なんて進んで食べたくはないから。


 食材を無駄にしてしまったり、そもそも味の好みが合わなかったり……人間、居酒屋で唐揚げにレモンをかけるかかけないかでも揉めるのだ。素人が集まって料理を作るなんて、亀裂以外の何を生み出せるというんだろう。


「でも、和奏は素人じゃないだろ? 料理、めっちゃ上手じゃん!」

「めっちゃって……一応、小さい頃からお母さんのお手伝いしてきたから、まったくできないわけじゃないけど」

「いや、謙遜しなくていいよ。実際、昔ハンバーグ作ってくれたよな? あれ、凄く美味かったし」

「えっ!? 覚えてるの!?」

「いや、覚えてるだろ。だってあれ、俺達が小学……五年生の頃の話だろ」

「……うろ覚えじゃん。四年生の時だよ」


 最初は覚えているのに驚いていたくせに、俺がすぐに思い出せないとちょっと拗ねた態度を見せる和奏。


「それに、あのハンバーグを言ってるならやっぱり全然だよ。だって、あれ料理始めたばかりの頃のだし、ちょっと焦げちゃってたし」

「そうだっけ。ていうか和奏こそよく覚えてるな」

「だって! ……だって、あれは、えいちゃんの誕生日のために練習した料理だったから」

「あぁー」

「……もしかして、それも忘れてた?」

「い、いいや! 覚えてる! 覚えてましたとも!」


 言われてみれば、あの頃は和奏に料理ができるなんて印象は無かった気がする。

 前世の記憶が間に挟まれたおかげで、そんな昔じゃないのにちょっと思い出しづらいのは確かだけれど……でも、美味しかったのは確かなんだよな。


「なぁ、でも本当に頼むよ。できれば、親は巻き込みたくないんだ」

「どうして?」

「それは……だって、家族ぐるみでなんて、鈴那に気を遣わせちゃうだろ。やってもらってる感が強いっていうか」

「それは確かに。……でもえいちゃんって、そういうの気にしない人だと思ってた」

「えっ!? 俺、もしかしてガサツとか思われてる!?」

「ガサツというか……視野が狭いというか。思い込んだら、突っ走るタイプというか」

「ぐうっ!?」


 思っていた以上に容赦ない評価に、俺はつい胸を押さえる。

 でも否定できない。前世の記憶を取り戻さなければ、俺は鈴那を天使と崇め、和奏との縁も切れたままに、変人キャラと化していたわけだから……!


「でも、今のえいちゃんはなんだか、大人っぽくなったよね」

「えっ!」


 それはそれで、どう受け止めていいか分からない。

 大人っぽくなったと見えるのであれば、それは確実に前世の記憶が原因だ。

 ある日、ある瞬間を境に幼馴染みが変わった。まるで別人みたいに。

 それは果たして良い変化と受け入れられるのだろうか。


「そ、そうかぁ? まあ、俺ももう中三だしな!」


 疑念を抱きつつ、俺は咄嗟におどける。

 和奏が俺をどんな風に思っているか、考えるのがなんだか怖くて。


「ふふっ」


 そんな俺を見て、和奏が笑う。

 余裕を感じさせる笑み……大人というワードが似合うのは和奏の方じゃ?


「でも、大人っぽくなったって、えいちゃんらしいところはずっと変わらないね」

「そりゃあ、俺は俺だしな!」

「うん。えいちゃんはえいちゃん」


 ちょっとヒヤッとしたやりとりではあったけれど、和奏は楽しげに笑っているので良しとしよう。

 にしても俺らしいところ、かぁ……中からじゃ分からないけれど、案外前世の俺と今の俺、似ている部分は多いのかもしれない。


「うん。じゃあ、いいよ」

「え、何が?」

「何って、えいちゃんから頼んできたんじゃない。鈴那ちゃんと一緒にお料理作るから手伝ってって話!」

「ああ、そうだった!」


 うっかり本題を見失いかけていた。

 俺のことなんかより、鈴那とどう距離を詰めるかが大事なのに!


「でも、なんでそんなあっさり承諾してくれたんだ? さっきまで渋ってたのに」

「別に渋ってなんかないよ。ただ、えいちゃんの意図が分からなかったから、どうしてかなって思ってただけ」

「う……警戒させるよな。いきなりこんな話したら」

「ううんっ! 警戒とかじゃなくて!」


 和奏は慌てて否定すると、なぜかもじもじし始めた。

 俯いて、指をいじり始めて……いったい、どうしたんだ?


「ついこの間仲直りできたばっかりで、でもこんなすぐに一緒に料理とか、そんなことできるって思ってなかったから……」

「やっぱり、いきなりがマズかった?」

「違うよぉ! ていうか、手伝うって言ったじゃん!」

「お、おう。そうだな。そうだった」

「鈴那ちゃんとのこと、背中を押したのあたしだし、気になってもいたから」

「そっか。気にしてくれて、ありがとな」


 和奏、やっぱりいいやつだ。ゲームでも現実でも、そこは全然ブレない。


「う、ううんっ! えへへ……」


 お礼を言うと、なぜかやっぱり彼女はもじもじしていた。


「それで、作る料理なんだけど……」

「それなんだけど、少しあたしの方で考えていい? 初心者向けとか、一緒に作ってて楽しいものとか、考えてみたくて」

「そりゃあありがたいけれど、いいのか? そこまで頼り切っちゃうのは……」

「大丈夫! だ、だからさ……今晩、電話していいかな?」

「もちろん」


 申し訳無いと思いつつ、実に嬉しい申し出だった。

 俺は料理に詳しくないし、和奏が考えてくれるならそれに越したことはない。


「じゃあ、電話! 今晩! するからっ!! 」

「お、おう」

「そういうことでっ!」


 和奏は逃げるように去って行った……というか学校に向かっていった。

 なんかもじもじを通り越して挙動不審気味な……はっ!?


(もしかして、立ち話しすぎた!?)


 こうやって通学路でずっと話していたら、否が応でも目立ってしまう。

 俺はともかく、女子からしたら男子からずっと話しかけられるのは、恥ずかしいことなのかもしれない。


 前世でも今世でも、ろくすっぽ恋愛経験が無かったばっかりに、和奏に申し訳無いことをしてしまった。


「反省だ。気をつけないとな……」


 やってしまったものは仕方無いが、繰り返さないようにしないと。

 中三といえば思春期に足を突っ込んだ時期。大人っぽいと言われるなら、気遣いだってできて当然だと思うべきだ。


 俺は先ほどのことをしっかり頭に刻みつつ、和奏の後を追うように学校に向かって歩き始めた。

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