妹と仲良くなるため奮闘する話⑥

 宿題とゲーム。どこか対極に感じるこの二つが嵌まるとは。

 ふふふ。これからも隙を見て、鈴那へのアプローチに使っていこう。


 ただ、失敗があったことも忘れてはいけない。


 特に酷かったのは……トイレの一件か。


 わざわざ回想を挟むまでもない。

 トイレに行こうとして、ドアを開けたら……先に鈴那が入っていた。シンプルにして最悪のミスだ。


 鈴那が入っていると分かった瞬間閉めたけれど……時既に遅し。


――どうしてノックしないんですか。ノック、家の中でも普通しますよね?


 あれが絶対零度の目って言うんだなぁ……と、俺は震えて土下座しながら身を以て理解した。

 鈴那も鍵をかけ忘れていたんだし……という反論は解放されてから浮かんだけれど、心底説教中に気が付かなくて良かったと思う。

 火に油を注ぐだけなのは明らか。あわや、最低に最低を上塗りしてしまうところだった。


 そんなわけで、成功ありつつ、失敗ありつつながら、なんとなく少しずつでも前には進めているかな、と思う。


「けどなぁ……」


 すっかり寝る前の習慣になった、これまでの振り返りとメモの読み返しを終え、俺は溜息を吐いた。

 大事なのは鈴那の気持ちで、焦ってどうこうすべき話ではないのは分かっている。


 しかし、もっとこう……言葉を選ばないのであれば、手っ取り早く打ち解ける術は無いだろうかと思ってしまう。

 本当の家族として受け入れられていなくても、同じ家に住んでいるのだからどうしたって顔を合わせるタイミングはある。


 その代表的なものが、食事だ。平日の昼は給食だけれど、朝と晩は必ず顔を合わせることになる。

 鈴那の席は俺の隣で、食事中の表情をまじまじと観察することはできないけれど……両親の反応を見れば、あまり良い表情をしていないのは確かだろう。


 そして、その理由を俺は知っている。


「メシマズ、かぁ……」


 自らメモに記載した、神崎鈴那の属性。

 けれどこれは、ただキャラを立たせるための面白個性なんかじゃない。



 神崎鈴那は、心因性の味覚障害を起こしていた。

 両親の死、そして俺達、新しい家族ができたことが原因で。



 それは徐々に大きく育ち、鈴那の味覚を奪っていく。


 今はまだ些細なレベルかもしれない。けれど、今解決できなければ、どんどん鈴那を蝕んでいくことになる。


 できることなら一秒でも早く、彼女を解放してやりたい。

 けれど、俺達の存在が味覚障害の原因にもなっているんだ。

 うかつなことをして、もしもそれで余計に鈴那を追い込んでしまったら……そう思考が行ったり来たりしてしまう。


「主人公は、神崎鈴那と恋人になることで、愛を深めることで彼女を呪縛から解放したんだよな。けれど、兄の俺じゃあ恋人にはなれないし……」


 メモには、神崎鈴那ルートのクライマックスの展開もしっかり書き記している。

 彼女が、味覚障害から解放される兆候を、希望を感じさせる一幕。


――主人公と神崎鈴那はファーストキスを交わし、神崎鈴那は、甘い、と感想を呟き、涙を流しながら微笑む。


「これはさすがに踏襲できないよなぁ~~~!?」


 俺は唸らずにはいられなかった。もう何度もそんなことを繰り返している。


 確かにキスは、恋愛の創作物に於いては非常に特別な行為だ。

 呪いによって寝たきりにされたお姫様や、毒殺されたお姫様も、王子のキスで目を覚ます。


 なんともロマンチックで、分かりやすいハッピーエンドだろう。

 ただしイケメンに限る……ではなく、ただし最愛の人に限る、だけれど。


 当然、兄である俺に許される行為じゃない。


「……いや、なんであれ、主人公が神崎鈴那と距離を詰めた攻略の糸口は『料理』なんだ。ここを避けては通れない。たとえ主人公じゃない、恋人にはなれない俺でも、たった一人の妹くらい救えるはずだ!」


 迂闊に動けば余計に状況を悪化させる。

 ゲームに描かれた神崎栄司がまさにそうだった。

 神崎鈴那が妹として迎え入れられた日から、その可愛らしさに胸を打たれ、彼女を『天使』と讃え崇めるようになった。

 そして、その奇妙な特別扱いのせいで、神崎鈴那は余計に心を閉ざしてしまい、主人公が現れるまで孤独に苛まれることとなってしまった。


 ただ、神崎鈴那ルートでは彼がそんな行動を取った理由も語られている。


 そしてその理由は、今の俺からそう遠く離れたものでもない。全ては彼なりに、鈴那を思ってのことだった。

 ただ結果が結果なので、ユーザーからの評価は散々なもので……正直、神崎栄司は不人気キャラと言っても差し支えないだろう。


(俺はなんか同情しちゃったけどなぁ……まぁ、共感できるって意味で、やっぱり似てたのかもしれないけど)


 俺も、今の鈴那を見ていると、なんとか元気にしてあげたくて、だからこちらが明るく、騒がしく、賑やかでいれば、いつか引っ張られて元気になってくれるんじゃないかって、そんな期待も持ちたくなる。


 少なくとも、和奏に引っ叩かれる前の辛気くさい空気を出していた俺より、神崎栄司の方が、行動を起こしていたという意味で何倍もマシだろう。

 それでも反面教師にすべきなのには変わりはないが。


「これはゲームじゃない。一度きりの現実なんだ。絶対に失敗できないし、間違えるわけにはいかない」


 そもそもゲームの世界に転生するということ自体が絶対に有り得ないはずだったので、時間を巻き戻してやりなおせる可能性も絶対に無いとは言い切れないけれど……そんな億が一に期待して、今を棒に振るなんて間抜けすぎる。


「だからってぐじぐじ悩んでても駄目だし……最初から当たって砕けろなんだ! よぉし、やってやるぞ、料理! そして、絶対に鈴那と仲良くなるっ!!」


 そうと決まれば、今俺にできることはただ一つしかない!

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