決意の料理会っ!④
リビングに戻ると、鈴那がソファでぐったりと座っているのが見えた。
和奏の見込んだとおり、緊張からか随分消耗していたようだ。
「料理、楽しいか?」
「分からない……まだ、途中だから」
「そっか」
隣りに座ると、鈴那はちらっとこっちを見て、すぐに逸らす。
視線を追うと……どうやら俺がつけた絆創膏を見ていたようだ。
「もしかして、もっと可愛いのが良かったか? なんかキャラクターが描いてあるの」
「何歳だと思ってるの? べつに、なんでもいいよ」
少しムッとさせてしまった。
でも、心地が良い。
「鈴那、ちょっと口調柔らかくなったな」
「え?」
「ほら、タメ口になってるし。言い方に遠慮が無い」
多分、料理で緊張して敬語を使う余裕が無くなったんだろう。
「あ……っ! ご、ごめ、じゃなくて、すみません!」
「なんで謝るんだよ。俺はタメ口で話してくれる方が好きだぜ」
「でも、私は……」
「昔さ、親戚の集まりとかでたまに一緒に遊んだだろ? あの頃みたいに、もっと遠慮しないでくれたら、俺も嬉しい。家族とか関係無しにさ」
「うぅ……」
鈴那は困ったように俯いてしまう。
直接言うのはやはり良くなかっただろうか。
でも、言葉にしなければ伝わらないこともある。
「敬語の方が鈴那が楽って言うなら、俺も無理は言わないけどさ。慣れない料理とか、和奏が一緒にいたりとか、緊張して、気が緩んで、それで出てきた素が、さっきのお前だろ? ここはもうお前の家なんだ。家の中でくらい、気を張らなくてもいいんじゃないか」
思っていたこと、いや、俺の希望をはっきり伝える。
説教するんじゃない、優しく、語りかけるように……そう意識していても、緊張せずにはいられなかった。
前世の記憶に一緒についてきた経験。それはなにも、良いことばかりを運んできやしない。
人生経験を重ねて積んだもの。そこには成功もあれば、当然失敗もある。
成功をなぞるだけじゃない、失敗をなぞらないことも、充実した人生を送る上で肝要だ。
だから、失敗の気配がするものに、安直に飛び込めなくなる。
腹を割って、本音を話す。それが上手くいってばかりなら、誰も悩まない。
けれど、本心から、相手のためを思っていっても、相手からしたら勝手な意見の押しつけとか、踏み込んできて鬱陶しいとか……ネガティブに受け取られることもある。
余計なお世話。お節介。
そういう風にこちらが感じることもある。そんな悪感情、相手に与えたくないとも思う。
そんな失敗の経験が、いつしか起伏の無い、平坦な関係を求めるようになる。少し間違えばハラスメントと訴えられるし、何かのきっかけでネットに個人情報が拡散し炎上する可能性もある。
利口なのは、生きづらい本音を抱いても腹の底に隠し、当たり障りの無いことだけを言って、世間に溶け込むこと。
それが大人としての成長であり、失敗した過去には「若かった」と蓋をする。
俺はその成長を、経験を、否定するつもりはない。
でも……今の俺には、邪魔だ。
無意識に行動していては経験が足を止めてしまう。
だったら、意識して、踏み越えるしか無い。
「もっと楽しようぜ。お前が本音を見せたって、俺や父さんや母さんは、鈴那を嫌いになったりしないから」
「……ここで突然暴れ出しても?」
「ああ。全力で止めるけどな」
「罪を犯して捕まっても?」
「絶対に止めるけど、そうなったら毎日でも面会に行くさ」
冗談を言っているのは分かっているけれど、俺は一々馬鹿真面目に答えた。
鈴那はそんな俺を見て、少し、でも確かな笑みを浮かべた。
「ばかみたい」
「そんなことないさ」
家族。妹。今はその言葉を口にしない。
この関係が鈴那にとってノイズになるなら、今は家族としてではなく、一人の人間として、俺を少しでも信頼してほしい。
そう思いを込め、彼女の手を握った。
「俺はお前の味方だ」
「っ……」
鈴那が目を見開く。
そして、目尻にじんわりと――
「っ! 違ッ! これは……た、タマネギ! タマネギのが残ってて!」
「ああ、そうだな」
鈴那は逃げるように手を払い、体ごと顔を逸らした。
「鈴那ちゃん、えいちゃん、そろそろ再開しよっか」
「は、はいっ!」
タイミング良くリビングに入ってきた和奏の声で空気が弛緩する。
鈴那は勢いよく返事し、さりげなく目元を拭い、俺から逃げるようにリビングを出ようと早歩きで…………なぜか、突然こちらを振り返った。
「絆創膏……ありがと」
見せてきたのは絆創膏が巻かれた左手薬指。
もしかしたらずっと、お礼を言おうと溜め込んでいたのかもしれない。
「は、早く行こっ」
「お……おう」
これは、俺の本音への返事と受け取っていいのだろうか。
意図的に口にされた、タメ口。
それが想像よりも、ずっと、嬉しくて。
「……俺もタマネギにやられたみたいだ」
俺は込み上げてくるものを抑えるために、すぐに立ち上がることができなかった。
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