妹と仲良くなるため奮闘する話③

 自分の頭の中を覗いて、苦しみ悶えるというハプニングイベントは挟みつつも、何か行動をしないと……と、思いながら、時間は過ぎ、あっという間に晩ご飯も終わってしまった。


「……ごちそうさまでした」


 鈴那は淡々とそう言って、部屋に帰ってしまう。


 鈴那には我が家の2階にある、元々物置になっていた一室が自室として与えられた。その結果、元々物置に入っていた物は俺の部屋に押しつけられ……少々狭苦しい生活を余儀なくされている。


 まぁ、最初の不干渉を貫く俺にとっても、今の鈴那とちゃんと家族になりたい俺にとっても、そんなの些細な話なのだけど。


(今更ながら、こう籠もりきりになられると、軽く話かけたりもできないよな)


 一人になる時間は誰にだって必要だ。特に深い心の傷を負った鈴那にとっては。

 しかし、外に出てきてくれないと、話す機会だって得られない。完全にこちらの都合だし、押しつけるわけにもいかないけれど。


「栄司、お風呂入っちゃいなさい」

「ああ、うん」


 ソファに座り、ぼーっとしていると、お母さんに風呂を促される。

 我が家の風呂の順番は大体、お父さんかお母さんが最初と次に入って、その次が俺、最後が鈴那となっている。


 全員が入った後のお風呂に、年頃の女の子を入れるのはなんとなく気が引けるのだけど……、


――私、最後でいいので。


 当の鈴那本人が、そう遠慮してしまうのだからどうしようもない。


「……さっさと入ろう」


 俺に出来るのは、彼女を無理やり先に入れるのではなく、さっさと済まして彼女に番を譲ること。

 風呂でリラックスすれば、いい考えも浮かぶかもしれないしな!。


◇◇◇


「……何も浮かばなかった」


 はい、そうです。そうでしょうとも。

 そう簡単に起死回生の一手なんて降りてこない。

 いくら勉強ができようが、人生経験ひとつ分得していようが、俺という人間の本質は変わらない。

 本棚を見て分かるとおり、0から1を生み出せるような特別な才能はないのだ。


「まぁ、そう開き直れるくらいの余裕はできたかな」


 ソファでも湯船でも、ぼーっとし続けたことで、得た気づき。

 最初から百点満点の動きなんてできない。たった一度の失敗がなんだ。俺のような凡人は、とにかく色々試すしかないんだ。


「お風呂出た? それじゃあ、鈴那ちゃんに――」

「あ、お母さん。俺が伝えてくるよ」

「え? そう?」


 お母さんは俺の提案に目を丸くした。

 そりゃあそうだろう。今朝まで、俺は鈴那との接触を避けていたし、夕食の時も、鈴那の動向を観察するばかりでアクションは起こしていなかったから。


 突然の心変わりに不審にも思っただろうけど……お母さんはにこっと笑い、俺の頭に手を置いた。


「それじゃあ、よろしくね」


 そして、何も聞かずに、役目を託してくれる……なんて、大げさかもだけど。

 俺はすぐに階段を上り、鈴那の部屋のドアを叩く。


「……はい」


 ドア越しにか細い声が聞こえた。

 恐る恐るというか……こちらの機嫌を損ねないか、気にするような怯えを感じさせる。


「鈴那、俺だ。栄司だ」

「あ、は、はい」


 ばたっと、何かを蹴るような音がした。

 そしてすぐ、慌てた様子で、鈴那がドアを開けた。


「な、なんでしょうか」

「風呂が空いたから、言いに来た」

「え……あ、はい」


 普段はお母さんが呼びにくるから、意外だったんだろう。目を丸くしている。

帰ってきた時のやりとりがあったとはいえ、そういう意味での信頼もされていないらしい。

 鈴那の頭越しに部屋の中が見えた。前の家から持ってきた家具が入れられているとはいえ、物が少ない印象を受ける。

 机の上には教科書とノートが広げられていた。


「悪い、勉強の邪魔したか?」

「……いえ」


 覗かれるのを嫌ってか、鈴那は部屋を出てドアを閉めた。

 いや、嫌がるのも当然か。思わずとはいえ、デリカシーに欠けている。


「……」

「あー……」


 元々他に話題を用意していたわけでもない。気まずい沈黙が流れてしまう。


「……じゃあ、伝えたから」


 気まずさを払拭できる話題もすぐに思いつかず、俺は引き下がることにした。

 まあ、風呂が空いたと伝えにきたのだ。足止めしても仕方ない。

 そう思い、隣の自室に引っ込もうと歩き出すと……不意に、服の裾を掴まれた。


「え?」

「あっ」


 振り返ると、鈴那は焦ったように顔を逸らした。

 引き留めるつもりは無かったんだろうか。じゃあどうして、服を引っ張ったりしたんだろう。


「鈴那?」

「……」


 鈴那は俯いて、黙ってしまった。どこか戸惑っているようにも見える。


(参ったな……)


 いや、別に嫌なわけじゃない。なんであれ、鈴那からアクションを取ってくれたのは嬉しい。

 ただその真意が分からなければ、それに報いることはできない。


「鈴那、どうかしたか?」

「……ろ」

「え?」

「お風呂、湯加減、どうでしたか……?」


 なんとか絞り出すように、鈴那はそう口にした。

 なんか思ってたよりも全然大した話じゃなくて驚いたけれど……いや、俺が勝手に、深刻に考えすぎてただけかもしれない。


「ああ、良い湯加減だったよ。鈴那も温かい内に入りな」

「……うん」


 鈴那はそう頷くと、再び部屋に入っていった。

 すぐに寝間着を持って、下に降りるだろう。

 さすがにそこまで待ってるのは、鈴那からしてもプレッシャーだろうし、俺はさっさと部屋に引っ込んでおくことにする。


 さすがにパーフェクトとは言えない出来かもしれないけれど、少しでも彼女と話せて良かった。

 この調子で、少しずつでも、彼女の心を溶かしていければ、きっと。


「そうだ、明日も頑張らないと……」


 俺はベッドに横たわり、脱力する。

 鈴那がここに来てから取ってしまった酷い対応の分、取り返して、本当の家族として信頼してもらえるくらいに、もっと……。


 そう考えている内に、俺はすっかり脱力して……そのまま、寝てしまうのだった。

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