俺が、俺になるまで④

 主人公とヒロインの邪魔をしないよう、脇役は大人しくすべし。


 とにもかくにも、そんな答えを出した俺は、それに従ってとりあえずヒロイン達には極力干渉しないよう決めた。


 現状俺が出会っているヒロインは鈴那と和奏の二人。

 とにかくこの二人との交流は最低限に留めるようにしなければ。


「……おはようございます」

「お、おはよう」


 そんなこんなで、鈴那が俺の妹としてこの家にやってきてから早くも二週間経とうとしていた。

 彼女とは同じ家に住んでいるのだから当然のように顔を合わせるけれど、彼女がこの日に来たときと変わらず、気まずい感じのままだ。


 俺は、彼女が今、闇を抱え苦しんでいることを知っている。ゲームで描かれたものと同じならば、だけれど。

 それに見て見ぬフリをするのは正直心苦しい。けれど、いつか主人公と出会い、救われるのであれば……俺が余計なことをして、その未来を奪うわけにはいかない。


 もちろんゲームに忠実に動くのであれば、彼女に必要以上にベタベタして、天使だのなんだのと恥ずかしい褒め文句を嫌となるほど聞かせるべきなんだろうけれど……彼女の内情と結末を知ってしまっている俺としては、そんな余計に追い詰める行為を行うのは憚られる。

 ゲームに従うのか、逆らうのか――結局、俺にとって楽な方にと、中途半端になってしまっているのは否めないけれど……。


 とにかく、こうするのが一番良いんだ。鈴那にとっても、俺にとっても、きっと。

 両親は俺と鈴那が微妙な関係にあるのを気にしているようだけれど、特別何か言ってこない。

 たぶん、鈴那に対してはもちろん、俺にも思春期に差しかかっていて気難しい時期なのだと気を遣っているのだろう。


 言い訳を考えずに済むのだから好都合と言えばそうだけれど、内心申し訳無いというか……向ける言葉が無い。

 この感じがあとほぼ丸々三年、主人公が現れるまで続くのかと思うとかなりしんどいが、これも未来を知ってしまっているが故の責任だ。


 鈴那の抱えているものに比べれば、この程度なんてことはない。

 ……そう何度目かの言葉を自分に言い聞かせながら、今日も放課後を迎え帰路につこうとしていた、その時。


「ねえ」


 突然、後ろから腕を掴まれた。


「へ?」

「ちょっと来て」

「え? ええっ!?」


 いきなり俺の手を引っ張ってきたのは、天宮和奏だった。

 俺が前世を思い出した時には既に仲違いし、ここ最近はこちらからも距離を置くようにしていたのに……なんで彼女がいきなり声を掛けてくるんだ!?


 和奏は混乱する俺を引っ張り、そのまま真っ直ぐ人気の無い屋上入口前の踊り場まで連れてきた。


「わか……天宮、さん?」

「っ……」


 一瞬、和奏の顔が苦痛を感じたように歪む。

 そんな彼女の表情が、今より少し幼い、俺自身がかつて見た天宮和奏と重なった。


(あれは確か……中学に入る直前だったっけ)


 俺達は新品の制服を試着し、お互いの両親に披露していた。

 これから中学に入る。大人に一歩近づく。

 そんな浮かれた気持ちがあったのかもしれない。俺は少し前から気になっていたことを和奏に指摘して……。


「……ちゃんのバカ」

「え?」


 回想に耽っていた俺に、目の前の和奏が悪態を吐いた。


「お母さんから聞いたよ。えい……神崎君ちで鈴那ちゃん引き取ったって」

「あ、ああ」


 うちのお隣さんということで、実際に叔父叔母夫婦と面識があったかは分からないけれど、天宮家も葬式に参列してくれていた。

 鈴那ちゃんが引き取られてきたことも、母親同士の会話で伝わっていておかしくない。


 けれど、それはともかく、和奏のどこか責めるような眼差しが気になった。

 幼馴染みとして見てきた和奏は、こんな風に、敵意を剥き出しにすることは殆どなかった。


 性格は極めて温和。誰かと積極的に敵対するようなタイプじゃない。

 俺と一緒にいるときは我が強くなるのか、たまに言い争うこともあったけれど、彼女はすぐ泣いてしまって、俺が折れて……そんな関係だったからこそ、そもそも今、どうして彼女との間に壁があるのか疑問なのだけど。


 さらに言えば、俺の前世が知るヒロイン、『天宮和奏』も大体同じ感じだ。

 主人公目線では、一つ上の先輩で、面倒見が良くて、甘えさせてくれて……なんか、保母さんみたいなキャラだった。

 誰かと険悪になったとしても、真っ先に自分を責めてしまうような、不器用なまでに優しい性格だった。


 立ち絵かイベントの一枚絵でしか彼女の表情は見れなかったけれど、こんな風に鋭く睨み付けてきたことなんかない。


「ねえ、ちゃんと鈴那ちゃんのこと見てあげてる?」

「え?」

「彼女、クラスに馴染めてないみたい。誰かと話しているところも見たことないし、掃除当番も一人でやってるみたいだし」

「そ、そうなのか。ていうか、どうしてお前がそんなこと知ってるんだよ」

「それは……だって、気になるもの」


 和奏は一瞬、しまったと言うように目を逸らす。

 しかしすぐに表情を元に戻す。


「話逸らさないで、あたしの質問に答えてよ」

「いや、ええと……まあ、あまり上手くいってないかもな」

「……上手くって?」

「兄妹の関係っていうのかな。でも、鈴那ちゃんの方もあまり仲良くする気は無いみたいだし、今は仕方がないかなぁと」

「っ!」

「う……」


 逆鱗に掠ってしまったのか、和奏の怒気が膨れ上がった感じがした。

 けれど、俺だってなんの根拠もなく、こんな風にしているわけじゃない。ゲームがどうこう、前世知識がどうだと言っても困惑させるだけだと思うけど……。


「大丈夫だよ。いつかきっと、鈴那にとって大切な、彼女の悩みを解決しくれるようなヒーローが現れると思うんだ。だから――」


「それ、本気で言ってるの?」


 和奏の、鋭さを感じさせる冷たい声が俺の『言い訳』を遮った。

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