俺が、俺になるまで②

 今までどおりの日々、代わり映えの無い当たり前の日常。

 前世の記憶を思い出しても、世界は何一つ変わらない。


 世界と言えば、この世界は前世で生きていた世界と、殆ど変わりないらしい。

 一応異世界に分類されるんだろうか。話題のアイドルから総理大臣まで、現代を生きる有名人は記憶のものと殆ど異なっている。


 けれど、歴史や物などにつけられた固有名詞、モラルや常識などは変わらない。

 織田信長は織田信長。東京は東京。スマホはスマホ。

 突然空からロボットが降ってきたり、異能力バトルに巻き込まれたり、どっか異世界に飛ばされたり……そういう変なイベントが起こることはなく、前世で過ごしたのと同じく、すごく現代って感じだ(語彙力)。


 変といえば、唯一それっぽいのは、俺、神崎栄司のこと。

 前世の知識に当てはめてみると、どうやら俺は中々にハイスペックらしい。

 手前味噌だけれど、顔もそんなに悪くないし、運動神経だって中々良い。元々勉強も得意だったけれど、前世の記憶が加わってさらに補強され、中学レベルのものならば予習復習などしなくても一度授業を受ければ大体理解できてしまう。


 今まで当たり前に受け入れていたことでも、前世の記憶というフィルターを通せば特別に映る。

 もはや天才と言っても過言じゃない。もしかしなくても、このスペックがあれば、前世よりずっと豊かで、幸せで、楽しい人生が送れるかもしれない!


(こりゃあ、もしかしたら前世でブラック企業に摩耗させられた俺へのご褒美的なやつかもなぁ!)


 正直に言えば、浮かれていた。

 だから、気づけたはずなのに、気づけなかった。

 俺は自分のことばかりで、今すでに、自分がどういう状況に置かれているか、完全に見落としてしまっていたんだ。



「栄司。今日から、彼女が家族として一緒にうちで暮らすことになった」

「え?」


 帰宅後、普段はまだ仕事に出ている父が珍しく家にいた。

 そして俺を見るなり、隣に座っていた女の子を紹介してくる。

 腰くらいまで伸びたさらさらした黒髪が特徴的な美少女だ。目鼻立ちもくっきりしていて、比べるのも変だけれど、和奏に並ぶレベルの美人。


 そして、俺は彼女を知っていた。

 というのも、俺が記憶を思い出した瞬間に出ていた叔父と叔母の葬式にいた――


「鈴那ちゃん?」

「…………」


 鈴那ちゃんはまるで死人のような目を俺に向け、頭を下げてくる。

 あの日、葬式で見たときの彼女と同じ、感情が丸々抜け落ちてしまったような雰囲気を前に、俺は思わず背筋を伸ばした。


「事情はお前も知っての通りだ。昔はよく一緒に遊んでただろう?」

「ああ、うん」


 普段から真面目で堅い父だが、普段以上に丁寧に話しているように感じた。隣の鈴那ちゃんに気を遣っているんだろう。


「急な話だが、兄として、妹を支えてやってくれ」

「……うん、もちろん」

「大丈夫です」


 俺の返事を遮るように、鈴那が口を開いた。


「おじさま、おばさま。それに……栄司さん。行く当てのなくなった私を引き取ってくださり、本当にありがとうございます。ご迷惑をおかけしないよう、自分のことはできるだけ自分でやりますので」


 丁寧だけれど、どこか拒絶するような言葉。

 彼女は俺よりも二つ年下、今年中学生になったばかりだというのに、すごくしっかりして――


(あれ……?)


 ズキン、と頭が痛んだ。

 彼女の姿が誰かと被る。和奏の時と同じ、彼女の少し成長した姿が、彼女に重なる。


「鈴那ちゃん、そんな気を遣わないでいいのよ」

「そうだ。私達は家族になるんだから」


 母と父が、気遣うように彼女を諭す。

 そんな姿を見ながら、俺は、頭の痛みがどんどんと強くなるのを感じていた。


(かんざき、すずな)


 それは俺の、新しい妹の名前。


(かんざき……えいじ……)


 鈴那の兄。そうだ、栄司。鈴那の兄の名前。

 不意に、脳裏に浮かぶ。高校一年生になった鈴那の姿が。

 そして、その横に……並んでいる。高校三年生に成長した、俺が。


(なんでこんな映像が……いや、違う。これはイラストだ。現実じゃない。これは……これは……!?)


 ズキズキと騒ぐ痛みが、熱を放つ。

 もう両親と鈴那の会話は聞こえていなかった。

 何か聞かれた気がしたけれど、俺は適当に返事をして、逃げるように自室へ退避した。


「神崎鈴那……神崎栄司……それに、天宮和奏……」


 偶然にしてはできすぎだ。いや、もう、間違いない。

 俺は彼女達を知っていた。神崎栄司として、ではなく、前世の俺として。



「ここ、前世で遊んだ恋愛ゲームの世界じゃないか……!?」



 突然空からロボットが降ってきたり、異能力バトルに巻き込まれたり、どこか異世界に飛ばされたり……そんなハチャメチャなイベントは待っていなかった。

 現実はもっと分かりやすく、単純。そしてある意味では、どの想像よりも遙かに荒唐無稽かもしれない。


 俺はようやく気がついた。


 ここは前世で遊んだゲームで描かれた世界。

 そして、そのゲームの中で俺は……神崎栄司は、ギリギリ名前がある程度の端役だったのだ。

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