プロローグ②
……30分後。
――フォーティ、フィフティーン。
「ぐ…………」
鈴那のスマッシュがコート隅をついた。
現在のゲームは1対5。当然鈴那のリードである。
あれから反撃を試みたが、結果はこの通り。
そもそもとして、普通に鈴那の方が上手かった。ゲームに対するセンスがある。
俺はゲームはやっても、コマンド制RPGとか、タクティクスとか、アドベンチャーとか……アクション要素の無いジャンルばかり触ってたからなぁ。
たとえ初心者向けに操作が簡略化されていても、このざまだ。
それに……やっぱり、鈴那の観察もしたくなっちゃうし。集中して、生き生きとしている鈴那なんて、そう簡単に見れるものじゃないから。
「これでマッチポイントですね」
「なぁに、勝負は九回裏、ツーストライクからだ」
「これ、テニスですけど」
「わかってらい!」
正直勝ち筋浮かばねぇ……と思いつつ、サーブを放つ。
簡単にリターンされるが、俺は必死に食らいつく。
この崖っぷちに立たされて、俺は今日一必死になっていた。
なぜなら、あと1点決められたら、それでこの楽しい時間が終わってしまうんだから。
正直、負けている悔しさはある。でもそれ以上に、やっぱり彼女と一緒に同じ時間を過ごせるのが嬉しいんだ。
鈴那がどう思っていようが、まるで本当の兄妹みたいに過ごせるこの時間は、失ってしまうには惜しい。
「くっ、うっ!」
「っ……!」
必死に追いすがる俺。決めきれないことに焦りを滲ませる鈴那。
そうだ、唯一取れた1ゲーム。あれも粘りが上手くいって、まぐれだけどなんとか取れたんだ。
思い出せ、あの時の感覚を!
(……そういや、1ゲーム取られた鈴那も悔しそうにしてて、可愛かったなぁ……)
――パコンッ。
「あっ」
一瞬。鈴那のポーカーフェイスを装おうとしつつも隠しきれていない悔しげな表情を思い出していたほんの一瞬の隙に、逆サイドへリターンを決められてしまった。
――2P,ウィン!
「あー……」
「っし!」
嬉しげに拳を握る鈴那。
負けたのは悔しいけれど、鈴那のこの表情が見れたなら、上書きして余りあるほどにプラスか。
そして、ついつい思ってしまう。
(やっぱり、今の時点でもすごい美人だよな……)
こうして彼女の笑顔を見られる機会はかなり珍しい。普段は仏頂面で隠してしまっているから。
でも……それは彼女が悪いわけじゃない。どうしようもない事情があるんだ。
「っ……こ、これは違うから!」
俺の視線気づき、やっぱりまた、鈴那はそんな笑顔を振り払って、隠してしまう。
その反応は寂しいけれど、俺はそれを腹の底にしまう。
「なあ、もう一試合やろうぜ。リベンジさせてくれよ」
「……宿題やるから」
次戦に誘ってみるも、鈴那はそう言って、去ってしまった。
追って食い下がろうとも一瞬思ったけれど……それはやめておこう。一回付き合ってくれただけでも十分だ。
これ以上しつこくすれば、余計に心を閉ざされてしまいそうだし。
「なんだか、俺ばっかりが騒いでただけな気もするけど」
ソファに体重を預け、脱力する。
実のところ、鈴那は俺の本当の妹じゃない。
彼女は二週間ほど前、四月が始まって少し経ってから……とある事情で、我が家に引き取られてきた。
彼女は元々俺の叔父の娘で、本来の関係は従妹となるんだろう。
けれど……俺は彼女の兄になると決めた。彼女の、本当の家族に。
「といっても、道のりは長い……」
ポケットからメモ帳を取り出し、『ゲームで仲良くなる』と書いていた欄に線を引く。
「……いや、待てよ。ゲーム自体には案外食いつき良かったよな。マキオテニスについても詳しい感じだったし」
たった今線を引いて消してしまったばかりだけれど、修正するようにそこから矢印を伸ばし、「ネクストチャンスに期待!」と書き加える。願掛けも込めて。
「さて、次はどう攻めるか。悠長にしてる時間は無いぞ」
俺はメモ帳を捲り、ヒントを探す。
そこにはびっしりと鈴那――いや、『神崎鈴那』の情報が書かれていた。
そして更に言い換えるなら、これは三年後の未来の情報だ。
断じて、俺は未来から来たわけでも、頭がおかしくなったわけでもない。
ただ、知っている。
これから鈴那に起こること。そして、今鈴那に起きていることを。
そして、俺はそれから鈴那を救いたい。
彼女を幸せにしたい。彼女の、家族として。
俺の名前は
現在中学三年生。
神崎鈴那の義兄。
そして――この世界の未来、その可能性を知っている、異世界からの転生者だ。
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