第2話 入学 聖アリュー学園

 この春。マルタが……というかわたしが入学するセント・アリュー学園は、出生国であるファングル王国の王都にあって、国内外の王族や貴族の子息子女が学ぶエリート校だ。

 貴族のはしくれとはいえ、田舎娘のマルタが入学できたのが不思議なくらいの学校だけど、だからこそこの〈世界〉と〈ゲーム〉がリンクしていると強く感じられる。


 〈ゲーム〉の『マルタ』は聖・アリュー学園の生徒だった。

 だから『わたし』も、聖・アリュー学園に入学できた。


 そう考えることができるから。


 聖・アリュー学園は全寮制で、『身分での例外なく生徒は全て寮住まいとする』という校則がある。

 学園のりょうとはいえ家を出て暮らすなんて、わたしは前世もふくめて初めて。親と離れて暮らすのは不安もあって、「入学なんてやーめたっ!」といえば入学をやめられかもしれないけど、わたしも前世で夢中になった“ぐれたば”の世界に入りたかったから、シナリオの流れに身をまかせることにした。


(身分の高い子息や子女を集めて暮らさせるのは、なにかあったときに困るんじゃないかな?)


 とは、前世で女神のやらかしに巻きこまれて死んじゃったわたしは思うんだけど、学園の警備けいびはバッチリらしいから大丈夫なのかな? 〈ゲーム〉でもそこは問題になってなかったし。


 それに女神のやらかしなんて、そうそうないだろう。

 ないなら、いいけど? さすがにあいつ、この〈世界〉でまでやらかさない……よね。


     ◇


 わたしは男爵令嬢と言っても、田舎暮らしの田舎娘でしかない。

 なので学園がある王都までは、商人をしている叔父おじさん(お母さんの弟)の馬車で20日かけて送ってもらった。


「じゃあな、マルタ。お前はしっかりしてるようで、抜けてるところもあるから心配だよ」


 いろいろと手続きがあって、王都に入れたのは午後になって数時間が経過したころだった。

 せっかくの王都初日だし見物して周ろうと思ってたけど、急いで寮に向かわないと門限で締め出されちゃうかも。


「うん、ありがと叔父さん。学園生活、ガンバって楽しむね」


「あ、あぁ……心配だ。学園には王族がたもいらっしゃるそうじゃないか、失礼のないようにな。お前はときどきやんちゃだから」


 やんちゃっていうか、前世の日本人だったころの記憶が強く残ってて、


「身分社会ってなに? 貴族や王族ってそんなに偉いの?」


 みたいな感覚がぬけないの。

 だから礼儀れいぎ作法さほうや言葉使いで、目上に対して無礼になっちゃうことがあるのは事実だ。

 田舎だとあまり問題視されなかったけど、都会は違うかもな。


 礼儀作法か……あらためないとなーと思うんだけど、難しいんだよね。性格的にかもしれない。

 この〈世界〉のわたしって、前世に比べると自由に生きてるから。勉強に厳しい両親もいないしね。

 

「心配ないって。大丈夫だいじょうぶ。じゃあね、叔父さん。今度、手紙書くよ」


 わたしの言葉に納得なっとくしていない顔の叔父さん。

 でも彼には彼のお仕事があって、いつまでもわたしの面倒めんどうは見ていられない。

 馬車を引き王都でのお仕事に向かう叔父さんを見送って、わたしも学園の女子寮がある方向へと足を向けた。

 入学式は明後日。本当なら3日前には入寮してたはずだったけど、途中の大雨で足止めされちゃったんだよね。


「ふわぁ~! すっごいなぁ~……」


 わたしだって前世は東京で暮らしていたから、人混みを知らないわけじゃない。

 だけどこの〈世界〉に来てからは人より家畜が多い土地で暮らしていたから、おのぼりさんをさらすのは仕方ないだろう。

 たくさんの人と、たくさんの商店。うちの領地のとなりにある伯爵領の街も大きいと思ったけど、これはレベルが違うな。栃木と東京くらい違う。


 わたしは大きなカバンを引きずるようにして、歩道を歩いて寮へと向かう。だけど見慣みなれない光景に目と心が奪われて、


「きゃっ!」


 やばっ! 人にぶつかっちゃった。


「ご、ごめんなさいっ」


 まずは歩道に落としたカバンの取っ手をにぎりなおす。られたら大変だ。

 王都の治安ちあんはいいっていうけれど、落とした物はすぐに拾う。この〈世界〉では常識なの。

 まずはカバンを確保かくほしてから、


「すみません、王都ははじめてで浮かれてました」


 ぶつかった人に頭を下げる。


「そうか……理解した」


 理解した? なにその言いかた。

 だけど、怒ってる感じの声じゃなくて安心だ。

 わたしは下げていた頭を上げて見上げるように……背高いなこの人。

 見上げるようにその人を、って!


 スノウ・レイルウッド!?


 白銀の髪に紫の瞳。

 長身で無愛想ぶあいそう系の美男子。

 見間違いじゃない。というか、よそ見していたわたしがぶつかったのは、“ぐれたば”の攻略対象キャラのひとり、スノウ・レイルウッドにしか見えなかった。


 彼はわたしを見下ろし、


「ケガは、ないか?」


 紳士的しんしてきな質問をくれる。


「あっ、はい。大丈夫です」


 この〈世界〉での「わたし」と同一人物である「マルタ・ロマリア」は、ゲームではスノウ・レイルウッドに告白して爆死ばくしをするモブキャラだ。

 ということは、マルタとスノウの間には、彼女が彼に好意をよせるきっかけがあったわけだよね。


(もしかしてこのテンプレぶつかりイベントが、マルタの恋の始まりなの?)


 とはいえマルタは、名前があるのが不思議なほどのモブだから、「彼女がなぜスノウに告白するにいたったのか」というストーリーは、公式設定資料集にもっていなかった。

 だからわたしは、どうしてマルタがスノウに告白までしたのかを知らない。


(これから、知ることになるのかな?)


 そう思ったけど、正直あんまり興味ない。


 ……というか、こわい。


 だってわたし、乙女ゲームでは『魔性ましょうの女ムーブ』してて数多あまたの攻略対象を撃墜おとしてきたけれど、現実世界リアルでは前世と今世を合わせても、初恋すらまだの本物の乙女おとめだもん。


「あ、ありがとうございます。心配してくださって」


 わたしを見下ろす美男子。実物を目の前にしてみると、やっぱかっこいいなー。乙女ゲームの攻略対象だもんな。


 一見冷たくも感じられる、涼しげなお顔。

 だけど視線は冷たくなくて、むしろ温もりを感じてしまうほど優しい。


 この人は、


「優しくてお人よしな性格。だが自分の思いや考えを言葉や態度に出すのが苦手で、整った容姿もあり他人からは冷淡な男に見られている」


 という設定を持ったキャラだ。


 それに『正義感が強くて言い訳を嫌う、精神的せいしんてき潔癖性けっぺきしょう』と設定資料集には書いてあった。

 精神的潔癖性って褒め言葉とは思えないけど、欠点のない万能キャラは乙女ゲームではあまり人気がない。

 少しすきくせがあったほうが、女子的に「かわいっ♡」となるのですよ?


「いや、オレもよければよかった」


 無表情な顔だけど、このキャラの言葉にウソはない。この人、ウソをつけるほど器用じゃないの。

 推しキャラじゃないとはいえ、撃墜おとしてキャラエンドも見たからそれくらいはわかる。

 まぁ、そうですね。よけてくれればよかったですね。でもわたしが、よそ見して歩いてたのは事実だしなー。


「王都ははじめてだと言ったな」


「はい。さっき着いたばかりです」


「そうか……行き先が、道がわからないのか?」


 行き先はわかるよ? 学園の寮に行くんだよ。住所は憶えてるし、地図で道順も確認してある。


「どうしてですか? わかりますよ、たぶん」


「いや。よそ見をして歩いていたから、道を探していたのかと」


「違います。道は……えっと」


 わたしは左を指さして、


「あっち……かな? わたし、アリュー学園に入学するんです。それでこれから入寮するんですよ」


 そして、あなたの同級生になるんですよ?

 クラスは違いますけど。


 わたしの説明を聞いたスノウくんは、少し眉を動かして、


「方向は合っているが……案内しよう」


 案内してくれるの? それはありがたいけど、申しわけないな。


「大丈夫です。ひとりでいけます」


「……オレも今年度から学園の生徒になる。キミと同じだろう」


 うん、知ってた。


「そうなんですか? 奇遇きぐうですね」


 知ってたとは言えないから、無難ぶなんに答えておこう。


「女子寮への道は、この道を進み……」


 スノウくんはわたしが指差した方向ではない道を指差し、


「少し大回りしないと行き止まりにぶつかる。キミが言うのは男子寮だろう。女子寮まで案内しよう。ぶつかってしまったお詫びだ」


 なんだこの紳士? わたしと同い年とは思えないな。

 わたしなんか前世の記憶……っぽいものがあるから、その分上積みされてるのに。さすが次期伯爵さまだ。


「そうなのですね。助かりました。ありがとうございます」


 わたしは再度頭を下げ、


「でしたら、ご迷惑でないのでしたら、ご案内いただきたいですわ」


 ここで意固地いこじ拒否きょひするのはむしろ不自然だし、この人とは同級生になるんだから、仲良くしておくにこしたことはない。

 わたしは貴族の令嬢っぽい言葉使いを心がけ、さらに貴族の令嬢ぽい顔と仕草で対応した。だってこの人、伯爵家の長男だよ? 田舎の男爵令嬢とは身分が違うもん。


「迷惑ではない」


 同級生にたいして尊大そんだいな言葉使いだけど、レイルウッド伯爵家は王家の傍流ぼうりゅうにあたり、貴族の中では高位に位置する家だ。

 それにお父さんのレイルウッド伯爵は国軍のトップ、筆頭将軍グルーナを務めている(ぐれたば公式設定資料集より)。だからスノウくんも、軍人となるための教育を受けてきているはずなの。

 そう思うと彼の威張ったような言葉使いは、軍人っぽくも感じられるかな。


 ちなみに、わたしのお父さんロマリア男爵も、軍部所属で非常時には中隊長扱いなんだって。中隊長がどのくらいの地位かは知らないけど。

 その、昔レイルウッド伯爵の指揮下で戦闘を経験したこともあるらしい。わたしが生まれる前の話だけどね。


「こっちだ、ついてこい」


 歩き出すスノウくんと、彼を追いかけるわたし。

 だけど……足速いな。というか、長いのか? 脚が。わたしとは歩幅が違いすぎる。


 わたしは重いカバンを引きずり、なんとか彼についていこうとするもどんどん遅れていく。

 すると、


「すまない。女性のエスコートはれていないんだ」


 彼はわたしのカバンを軽々と持ち上げて、


ぬすみはしない。安心しろ」


 困ったようにも見える顔をして言った。


 わたしの見た目は、貴族の令嬢としては普通かそれ以下だ。身体つきも痩せてて貧相だし。わたし、食べても太らないんだよね。それは前世でも同じだった。

 なのにこの人は、わたしをひとりの淑女しゅくじょようにあつかってくれる。

 いや、淑女は言い過ぎだとしても、ちゃんと女の子扱いしてくれてる。

 乙女ゲーでしか恋愛経験のないちょろいわたしは、ドキドキしちゃうんですけど……。


「あ、ありがとう。えへっ、嬉しいな」


 自然と出てしまった身分的には無礼かもしれない言葉使いを、スノウくんは聞こえなかったかのようにスルーして、


「女子寮は男子寮より門限がはやい。急ぐぞ」


 やっぱり大きすぎる歩幅で歩いていく。


「はっ、はいっ!」


 わたしは遅れないよう、早歩きというよりは駆け足で、彼の大きな背中を追いかけることになった。

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