ほかい様 第四話
山田が、
「はいはーい」
ようやく座って食事に手を付けていた万智が立ち上がって、玄関に出た。
「これ、差し入れです」
「お父さん、役場の草津さんが来たわよ」
照男が腰を上げて、座敷から玄関を覗き、「おお、よくきたな。上がってくれ」と声を掛けている。
「こんばんはー」
作業着姿の四十代に見える痩せた男が座敷に入ってきた。
「せんせ! おわたい振興会の会員が全員揃ったよ」
照男に呼ばれて、白が立ち上がる。
山田を白の後ろに付いていき、照男達の邪魔にならない空いた場所に腰を下ろして、会話に耳を澄ませた。
「
照男が白を見る。
「食べてますか。田舎
「とんでもない。たくさんいただいてます。豚の角煮、とてもうまいですね」
「そうだろそうだろ、家内の角煮は格別じゃっで」
機嫌よさげに破顔した。
「それにしても、村には爽果さん以外に若い女性はいなかったんですか?」
「いることにはいるが、高校生になりたての中浜の絵里子か、あとは小学生で、まだ
「爽果さん以外に村を出てる女性とかは?」
白が訊ねた。
「何人かいるが、
「それで爽果さんを?」
「爽果に頼んだのは、おいの我が儘だよ。おいといっしょに“橘の宝玉”が
山田はそれでかと合点がいった。単位を落としそうだった講義は、多分、白の講義なのだ。だれかから面白い民間信仰や民話をレポート提出したら、白が単位をくれると聞いたのだろう。
思惑通り、白の興味を引いて、単位がもらえることになった。さらに、白に父親が会長を務めて復興しようとしている、おわたいのことも知ってもらいたかったのだろう。
たとえ単位が取れなくても、爽果は父親の期待に応えたいと思って、乙女役を引き受けただろう、と山田は考えた。
ビールもなくなってきた頃、ずいぶん時間も遅くなったのか、ポツポツと訪問客が帰り始めた。
「また電話するわ」
朔実と成継と野田教授が立ち上がった。
「じゃあ、明日仕事があるから」と草野も、朔実達と連れだって帰っていった。
時計を見るとすでに二十一時になろうとしている。
卓の上の料理も爽果と万智があらかた下げてしまったのもあってか、あれほど客でぎゅうぎゅうになっていた座敷が広く感じられた。
爽果が座敷に顔を出して、白に声を掛けた。
「お風呂どうぞ。タオルとかは脱衣所に置いてます」
「ありがとうございます」
じゃあ入ろうか、と白が立ち上がってあてがわれた部屋に行ってしまった。
山田も居場所がなくなり、自分も風呂の準備をすることにした。
廊下は座敷に比べて一段と寒く、板張りの廊下には冷気が降りてひんやりとしている。
思いもよらず、宴会になってしまった集まりの様子を思い起こす。
入れ代わり立ち代わり挨拶に来た振興会の人達は、一様に今回のおわたいで集客が見込める話や、今後展開する“橘の宝玉”の通販などの準備について、楽しそうに話していた。浮かれているとでも言えようか。
山田は複雑な気持ちで、彼らの話を聞いていた。白は笑みを浮かべているだけで、別に何も感じていない様子だった。
部屋に入って、山田は小さな声で話しかける。
「先生、みんな何を考えてるんでしょうね」
憤っていたので声がうわずっていたかもしれない。
「まぁまぁ、仕方ないよ。彼らにとっては死活問題だからね……」
少し残念そうにしている。
「ほかい様、気になるなぁ……。おわたいの再現には期待できなくても、まだ詳しく話を聞いたわけじゃないから」
成継はおわたい未経験者だった。その父親はおわたいを一度見ている。だから、それに期待しているのだろう。
でも、二百年前——江戸時代に失われてしまった信仰の再現をどうやっておこなうのだろう。ほとんどが口伝で伝わるおわたいのことを知っている村民が、三宅村に一体何人いるのだろう。当時四十七歳だったとねでさえ一回しか体験していないというのに。
そんな思いが顔に出ていたのだろう、白が苦笑いを浮かべた。
「最年長のとねさんに話を聞けなくても、当時成年してた人はたくさんいるよ。ひたすら話を聞くしかないだろう? 口伝の一部でも聞いている村民がいたらラッキーだ」
「じゃあ、明日は取材して回るんですか?」
「うん、ぼんやり十五日まで過ごすわけがないだろ?」
「まぁ、確かに……」
そのための取材随行であるのを忘れていた。今夜はほかい様の話を深掘りして聞けなかったことだけが残念だった。
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