″ライセ″に会いに。

夕月 亀太郎

プロローグ

──私、何で走ってるんだっけ。

体が燃える様に熱い。体から漏れ出す汗は異臭を放ちながら服を濡らしていた。


…え、何。今、どういう状況?


べったりとへばりつく汗に不快感を覚えながら、私は状況を整理する為、必死に頭を回転させる。頭には、まるで走馬灯の様に先程の出来事が蘇った。


そうだ。

私、《あいつ》に会いに行ったんだっけ。



そこまで理解して、頭に蘇った光景は化け物の様な仮面を被った人物が、手に持ったナイフを私に突きつけているシーンへと切り替わる。


今度は冷や汗が体を伝う。

──もしかして《あいつ》が、私に何かした?


いや、絶対そうだ。

今の状況からして、《あいつ》に何かされたのは間違いなかった。


「っい!」


いきなり横腹に猛烈な痛みを感じ、悲鳴を上げる。思わずお腹を抑え込むと、掌には生温かい感触が伝わった。どうやら、異臭の原因は脇腹から流れる″汗″の様だった。


お腹が燃える様に熱い。

私は目先にあった鳥居に身を隠すと、すぐさま制服を脱いでお腹の様子を確認した。


一瞬、目を疑う。

横腹が、地面が見えるぐらいに抉れていたからだ。お腹から垂れる″汗″は、暗闇でも分かるぐらい漆黒と輝いていた。


自分のお腹を見て、私はやっと理解する。

これ、汗じゃ無い。血だ。


私、刺されたんだ。


ショックで頭から血が抜けていく感覚に陥る。

けれど、脇腹は温かいまま。

脈を打つ度に、お腹から大量の血液が抜けていくのが分かった。


私は裏切られたんだろう、《あいつ》に。 

喉の奥から滲み出た血が、憎悪と共に広がる。


《あいつ》に復讐しないと、死にきれない。


想いを込めて全力で横腹を制服で縛り、圧迫する。しかし、努力も虚しく血は滝のように流れ出るばかりだった。

私は体の力が抜け始めると、鳥居に身を任せた。


「──もう《この世》で過ごすこの時間が最後かも知れないなぁ…」


ふいに出た言葉は時間が経ち、全身の力が抜けていくにつれ実感を増していく。

というのに、思い出したのは両親のことでも、学校のことでもなくて、趣味で見ていた『魔法陣』のことだった。


気づけば描いていた。

大きな、大きな円を。

血で濡れた指を地面に押し付け、指を筆のように動かし、不恰好な円の中に星の形を描く。

地面に徐々に魔法陣が現れることが、何よりも、至福で、心地よかった。


地面に描いた魔法陣は、美しく、可憐だった。


私は満足していた。

もう《あいつ》に殺されてもいい。

そう思えるぐらいに。


描き終えた頃にはあいつは目の前に来ていて、私も立っているのかさえ分からない状態だった。


最後に見た光景は驚いたあいつの顔と、魔法陣から出た怪物のような──『手』だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る