第17話 祖父母
お祭りなどの的屋(縁日や盛り場などの人通りの多いところで露店や興行を営む業者)は、ほとんど暴力団が背後にいるというのは本当の事なのか?
実際に店を出しいる人達は堅気の人も多くいるが、ただ全国露天商組合の主な組織は今でもヤクザが中心となっている。
★☆
美咲は子供の頃、ひもじくなると祖父母の家の手伝いをして空腹を満たしていた。元来女を騙してうまい汁を吸う事に慣れてしまった父は、人に扱き使われる事が大嫌いで、すぐに仕事を辞めてしまうので母の水商売が表立った収入だった。
母が殴られ泣いている姿を見るにつけ(自分の食べる事くらい自分で何とかしないと……)自然にそう思うようになっていた。
このような理由から一時間以上かかる祖父母の家に、縁日やお祭りがある時期になると、歩いて行った事を美咲は時折思い出す。
「おうおう……美咲か、小っちゃな従業員が今回も手伝いにやってきてくれたか?」
実際には小さい子がお手伝いするのはどうかと思われるが、家業を手伝う事には何も言われた事がなかった美咲。お巡りさんとも親しくなり、注意を受けたことなど一度もなかった。
美咲は、勉強が大好きな女の子だったが、縁日や花火大会、盆踊りになると電車代が勿体ないので歩いて祖父母の家までよく出かけた。
それは縁日で残ったお好み焼きや焼きそばを、お腹一杯食べる事が出来たからだが、美咲はそれ以上に楽しみにしている事があった。
それは楽しい思い出の少ない美咲にとっての唯一の楽しみであった。夜空に大輪の花を咲かせる花火を見たり、ライトに照らされ陽気な民謡に合わせて踊るおばさんたちの盆踊りを見る事が何より楽しい時間だったからだ。
家庭環境が劣悪で、当然ひもじい思いも沢山したが、それでも……それ以上に耐えがたかった事は、理不尽な父の暴力に耐え続ける母の、悲しそうな表情を見る事が何より辛い事だった。
それでも、祖父母の家に行けばその時だけは、家庭の嫌なことは忘れられた。そして……唯一美咲が甘えられ、笑顔がこぼれる時間であった。
美咲は盆踊りや花火大会、縁日が近付くといつも心ウキウキ、また優しい祖父母に会える嬉しさで一杯だった。だからよく指折り数えて待っていたものだ。
華やか夜空を飾る花火も美しかったが、盆踊りに大音響で流れてくる民謡の数々に焼きそばのお手伝いをしながら、この時間が一分でも長く続くことを祈った。
だが、そんな幸せな時間は一瞬で壊れ去った。それは、思わぬ来客によって引き起こされるのであった。
美咲は、子供ながらに自分の境遇が普通ではない事は薄々感じてはいたが、もろに酷い差別を受ける事が時々あった。
あれは確か……花火大会の夜に、焼きそばを買いにやって来た親子連れによって辛い思いをする羽目になった。
「あ~ら美咲ちゃんやないか?」
それは同学年の沙也加だった。そんなに親しい訳ではないが、同じクラスだった事もあり時折話す程度だったが、大人しい目立たない女の子であった。
「沙也ちゃんやないか、花火見にきよったんか?」
「そうやで!」
その時、沙也加の母親が焼きそばを注文したのに怪訝な顔で言い放った。
「あの……焼きそば結構です。沙也加行くで!」
「おかあちゃん何で—な?せっかく頼んだのに……言うと—せ」
するとその母親が沙也加の手を強引に引っ張り、少し離れた場所に引っ張って行くと、美咲を一瞬怪訝そうな眼付をして睨み付け、指を頬の斜めにヒュッと落して、ヤクザの特徴である頬の傷を意味する手ぶりをしているのが分かった。
更には……遠のいてはいたが、美咲には微かにその母の声が聞こえていた。
「沙也加あんなヤクザもんと付き合ったらあかん!」
こんな事も何度かあったが、その時は悲しい思いもしたが、それ以上に賑やかな人通りや縁日の匂い、更には華やかなお祭りが忘れられず、また何より空腹と祖父母に貰う破格のアルバイト代の美味しさに出掛け、何度も悲しい思いをしたが、それ以前に言いようのない苛立ちを、覚えたのを今でももハッキリ覚えている。
この様な侮辱を受け続けた美咲は、いつも心の中で自問自答を繰り返していた。
(どうしたら、こんな侮辱から這い上がる事が出来るのか?私たちが何をしたというの?)
★☆
それでは結婚したジョーは美咲の境遇を知っていたのか?
ジョーは差別以前に自分の命が掛かっているので、差別以前に医大病院のエリートとの結婚に何の弊害もなかった。両親もプライドの高い人種ではあったが、それよりなにより体の弱い、この天才ジョーを側で見守ってくれる医師美咲に偏見なんか持っていられない。命を繋いでくれることしか頭にない。だから結婚に何の弊害もなかった。
一方の水野は美咲の生い立ちを簡単に受け入れる事が出来たのか?
そもそも美咲は、自分の生い立ちを水野に話していない。
それでも……水野に分かってしまったら、水野は美咲を突き放していたのだろうか?
実は水野は美咲を一目見た時から、頭から離れないほど夢中になっていた。
「ビビビッと来たってヤツ」
それは何も外見が美しいからだけではない。何か……内に秘めた謎めいた暗い表情が一層水野の心を奪っていた。
(美咲は、そこはかとなく謎めいた女だが、深く追求したらこの関係が壊れてしまいそうで怖い)この様なベールに包まれた怪しげな魅力に、ノックアウトされていた。
だからたとえ出自が分かったとしても、そんなものは関係なくなってきている。
この様に美咲は、頭の良い美少女ではあったが、幼い頃から大人たちの理不尽な差別に翻弄され、それが原動力となり東都医大病院の教授にまで上り詰める事が出来たが、高校を卒業後アートモデルを始めたことで思わぬ大金を得ることが出来、無事に医師にもなれたが、思わぬ落とし穴が美咲を追い詰めていく事となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます