第10話 地下室の秘密


 その頃画家歌川深水は防犯カメラの映像をチェックしていた。それというのもこのアルバイトの美咲という学生が、本棚に異様な執着を見せるので困り果てていた。実はその場所には絶対に知られたくない秘密が隠されていた。そこで厳重にチェックしていたのだった。

 

 美咲はそんなことなど考えずに、只々第六感が働いたとでもいうのだろうか、胸騒ぎを感じて異臭の感じる経路をたどっただけの事だった。


 だが、地下2階に忍び込んだ姿はしっかりと深水氏によって、防犯カメラに映し出されていた。


 ★☆

 美咲と同い年で1980年代前半に誕生した幸子だったが、この時代はグロ-バルな名前が主流となっていた。


 それなのに名前は従来の最後尾に子が付く一般的な名前。どうも……家族には人に言えない複雑な人間模様があるらしい。だから娘には絶対に幸せになって欲しくて母が幸子と名付けた。


「美咲ちゃん今日お家で食事一緒に食べましょう。スッカリ遅くなってしまったから……」


「ありがとうございます!それではご厚意に甘えさせていただきます」

 美咲は遅くなるとス―パ-の見切り品を買って食べたり、コンビニのおにぎりで済ませていたので大喜び。


 そんな時に滅多とお目にかかれない深水氏と一緒に、テーブルを囲むこととなった。というより気配だけは感じるものの、正面切って会ったことがなかった。


 ギ—―ッとキッチンの扉が開いた。こうして直接対面したのは初めての事だったので緊張した美咲は、やっとの事で挨拶出来た。


「井原美咲です。幸子さんにはお世話になっております」

 そう言って頭をぺこりと下げた。


「こちらこそ幸子の絵画のお手伝い本当にありがとうございます!」


 こうしてディナ-が始まった。


 60手前の画伯は糖尿病の治療中なので、食事も野菜中心の健康に配慮された食事ばかりだったが、食材は高級食材ばかりで日頃食べ慣れたお惣菜と魚介類とは格段に違う鮮度の良い、どれもこれも忘れられないくらい美味しい料理だった。


 食事の後にはデザートのメロンが出た。


 だが美咲は食事の時には、今までは粗末な食事にしか有り付けなかった日々だったので、あまりの満足な食事の数々に食べる楽しみで一杯で、画伯の表情にまで目を凝らす事が出来なかったが、おなかも満たされ余裕が持てて改めて画伯を見ると、その表情には計り知れない複雑な……それこそ娘の友達を歓迎する表情とは余りにもかけ離れた、疑心暗鬼?困り果てた?だが、その表情はおもむろに変化して、今度は何か違う案が浮かんだのか、安堵の表情を浮かべ、その後は和やかな時間がどこまでも続いた。


 だが、この深水氏は穏やかな表情を浮かべながら恐ろしい企みを企てていた。あの家には想像を超える闇が隠されていた。まだこの時期はそんな事件が起ころうとは夢にも思わなかった。


 そんな危険な歌川邸だったが、深水氏の娘幸子には、本当に公私ともに助けて貰った。

 

 ★☆

 過去のおぞましい事も、もう忘却の彼方に忘れ去られて行った美咲だったが、思わぬ歓迎されざる客?のせいで、過去の呪われた恐ろしい真実が炙り出されようとしている。

 そうなのだ。地下に降りた時に業務用冷凍冷蔵庫の中に、女性の遺体を発見していた。幸子がお母さんの事を聞いても暗い表情で口ごもっていたのと何か関係があるのか、この様なところで遺体となって眠り続けていたのだ。


 だが夫である深水氏には妻の死の話はご法度だ。一気に機嫌が悪くなる。

 一体何があったというのか?


 そこにはこの家族に起こった悲劇が災いしている。

 

 実は最初は妻が夫の絵画のモデルとなって夫の望む体位や表情を作っていた。だが、思うような臨場感溢れる表情も取れない妻に愛想を付かせた夫は、モデルを雇いだした。

 

 こうして男のモデルを求人サイトに募集を掛けた。すると時間があるが金のない大学生が求人雑誌を見て、短時間で稼げるとあって多くが詰めかけた。


 その中でもダビデ像のような筋肉質の端正な顔立ちの男が選ばれた。


 夢中になると我を忘れてしまう深水氏は、いくら体つきと容姿が完璧でも殺気迫る表情が出来ない学生に腹を立てよくその学生に、カ—―ッ!となって側にあった絵画に使うコテを投げ付けた。


 その学生を手当てしたのが妻であった。

 大概の学生は収入につられてモデルを引き受けるが、感情の起伏の激しい深水氏は芸術に妥協が出来ないタイプなので、我慢できずに癇癪を起こし気に食わないと何でも投げつけ、時には暴力を振るうほどの完璧主義者であった。


 癇癪は起こしては見たが、ばつが悪くなるとプイっと出て行ってしまう深水氏。


 この様な状態なのでもっぱら学生の怒りを沈めるのは妻の役目だった。


 こんな時に傷の手当てをしていた学生が、興奮して妻に馬乗りになる事態が起きた。


 それはそうだろう。一番血気盛んな時期に美しい年上の女性に、それも2人きりの部屋で手当てをしてもらい、興奮が収まらなくなるのは当然の事。妻とタダならぬ関係になってしまった。


「本当にごめんなさいね。夫深水も作品の事となると見境が付かなくなるのよ。どれどれ傷口見せて下さらない?」


「嗚呼……大丈夫です!」


「それは駄目よ!血が出ているわ」


「…………」


「後はごめんなさいね。ハイこのお金で病院に行って頂だいね!」


 するその時学生が堪えきれなくなり、奥様に重なり唇を奪い下着をはぎ取り行為に及ぼうとした。


「止めなさい。何を……何をするの……ヤメテ―――ッ!」

 こうして妻は必死に抵抗したが、若い力には勝てずに関係を持ってしまった。


 その後どのような事態が起こったのかは分からない。


 只金持ちで有名なこの豪邸に、地下2階が存在していることなど娘の幸子すら知らない事だった。美咲は臨床実習で死体を扱っていたので、微かな匂いも嗅ぎ取る事が出来た。だが、そんな恐ろしい地下2階に、そうも簡単にどうやって侵入できたのか不思議な話だ。


 実は……本棚の下が地下2階に続く階段だったが、その本棚にはモデルの男性の写真集が古今東西ギッシリ詰め込まれていた。美咲は何度目かに、この家を訪問した時に、あの憎きモデル時代の父に似た写真に目が行き興味津々になった。


 こうして月日を重ねて幸子の警戒が解けた頃に、憎いと言って見た所でやはり父親だ。どうしても父の若い頃に会いたくなった美咲は、その戸棚に近づいて父の写真にむしゃぶりついた。戸棚に身を預け父の載っている写真を片っ端から目を通した。

その時戸棚が微かに動いた。すると一瞬だが臨床実習の献体に似た異臭がした。


 そこで怪しい異臭に気付いた美咲は、戸棚をもう少しずらしてみた。すると一層強くなった。そこには地下2階に続く扉があった。 

「あっ!何これ?」

 こうして地下2階に降りた。

 

 ★☆

 それでは幸子は何故正直に、母親が亡くなった事を言わなかったのだろうか?

 

 実は、そこには想像もつかない出来事が起こっていた。だから幸子はその話には触れて欲しくなかったのでハッキリ言えなかった。


 一体何があったのか?


 実際は他殺なのか?事故死なのか?ハッキリしたことは分からないが、幸子の母が亡くなってもう随分経っていた。


 それにしても何故幸子の母が冷凍庫に遺体で保存されたのか理解不明だ。一体幸子の母を殺害したのは誰なのか?





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