第40話 疑念

「こーた……。その、顔つきがだいぶ悪いようだけど………大丈夫かしら?」

 夕食中。

 母さんが心配そうに尋ねてきた。

「あー……うん、大丈夫だよ。ゲームやり過ぎて寝不足なだけだから。普通普通」

 練習に熱中し過ぎた結果、気づかない内に睡眠時間は減る一方だった。

 母さんに指摘されて初めて、自分が今無理しすぎていることに驚く。

(マジで頑張ったなこの数日間……)

 無茶したと言えばその通りだ。

 学校、バイト、片道2時間の険しい登下校これらを全部デイリータスクとしてこなした上で、練習に明け暮れた。

 どう考えても、生活をカツカツにし過ぎた。

 学校があるにも関わらず二、三徹した日もあったかもしれない。 

 なんだか最近よく目眩もする。

(流石に、今日は練習早めに上がって休もう………)

 ここで練習自体を休むという考えが浮かばない辺り、もう戻れないとこまで来てるのかもしれない。

「───そうね、"普通"なら仕方ないわよね」

母を悟す魔法の言葉。"普通"。

 使えば使うほどその後ろめたさで、押し潰されるような気持ちになる。

 いつか本当のことがバレてしまったら、どんな反応をすれば良いのか。

 俺には────まだ分からない。


「────本当に、"普通"なのかしら?」


「……え?」

母さんが突然、そんなコトを言い出す。

 空気が一変する。

 途端俺は身構える。

「こーたが今まで寝不足なコトはよくあったけど………なんかここ最近ヘンじゃない?それに、こーたが私と話すとき、なんだか暗い顔になったりして………もしかして、何かあった?」

光がスゥー、と消えた目で、母さんは問いかける。

「───!何でもないよ。いくらなんでも考え過ぎ」

「───本当に?」

「ほんとだって。ほら、指切りでもする?」

母さんの目をまっすぐ見つめる。

 やめろ、目を逸らすな。

 足を震わすな。冷や汗を感じるな。

「……ん、そこまで言うなら信じるわ」

母さんが元の穏やかな顔つきに戻る。

 安堵のあまり、内心思いっきし息を吐き出す。

 なんとか難を逃れた。

「だとしても、ゲームのやりすぎは禁物だからね。あんまりひどいと、一日1時間までにするよ。確か見守り?設定だっけで制限出来たわよね」

「勘弁してくれ……。どこの県だよ……」

「これに懲りたら今日は早く寝なさい。目元のくま。酷いことになってるから。大学のお友達に笑われちゃうわよ?」

「はいはい。今日は早く寝るよ。じゃ、ごちそうさま。おやすみ」

「おやすみなさい。……あ、食べた食器はシンクに入れといてね」

 ───これからは、もっと慎重に動こう。

 今日の母さんは勘が冴えていた。

 今のはイエローカード。

 口ではああ言っていたが、今回ので母さんに疑念が生まれてしまった。

 次何かあったら、おそらく一貫の終わりだろう。

そんなことを思考しながら、はいはい、と適当に相槌を打って言われた通り食器を片付ける。

 そして、逃げ入るように俺は自室へと入り込んだ──────。


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