第131話 任務完了。そして……

 エリジャさんが接近戦に持ち込もうと距離を詰めると、相手のリーダーがしてやったりという表情を浮かべた。

 やはり、誘われているという僕とアランさんの感覚は正しかったらしい。


「リーダー、距離を取ってください!」


 アランさんが叫んだ。

 しかし、エリジャさんは「うるせえ、意気地なしはそこで黙って指でも咥えてろ!」と罵詈雑言を返すのみだった。


 これはどうなっても自業自得だな、と僕はギリギリまでは静観を決め込む事にした。

 アランさんの判断は違ったらしい。


「リーダー!」


 彼は身一つでエリジャさんの元に向かった。

 敵の罠にハマりそうになっているリーダーを力づくで押し出した。


「えっ——」


 まさか身をていして助けに行くとは思ってなかったから、フォローが遅れた。

 今の状態からアランさんを無傷で確実に助けるためには、僕も身を投げ出すしかない。


「アランさん!」

「ノア⁉︎」


 身体強化を発動させ、目を見開いている彼の体を他の二人の仲間に向かって押し出す。

 その直後、僕の周囲を結界が包んだ。若干体が重くなる感覚があった。


「ふはははは、これで貴様らはもう魔法を使えない!」


(貴様ら……? あぁ)


 思ったよりも結界の範囲が広かったようで、エリジャさんも結界に囚われていた。

 そんな事を気にする余裕もなく、奥から数人の男が出てくる。それぞれ武器を持っていた。


「ひへへ、やっと魔法師を切り裂ける日がやってきたぜ……!」


 なるほど。誰一人として銃を持っていないのはなんでだろうと思ったが、勝手に魔法師に恨みを抱いている彼らは自分の手でほふりたいのか。


「く、くそっ!」


 エリジャさんが焦りの声を上げる。

 どうやら本当に魔法が使えないようだ。


「ノア、リーダー!」


 アランさんが焦った表情で結界を攻撃する。他の二人も続いたが、壊れる気配はない。

 攻撃力が足りないというより、そもそも効き目が悪いという印象だ。魔法を使えなくする結界というだけあって、正攻法で突破するのは簡単ではないんだろうな。


「お仲間は助からねえよ、死ねやオラああああ!」


 二人が同時に斬りかかってきた。お世辞にも玄人の動きとは言えなかった。

 軽くいなすと、今度は別の人物が剣を振り下ろす。こっちもあまり洗練された動きじゃなかった。


 関節視野で見ている限り、エリジャさんに襲いかかっている方にも熟練者はいないらしい。

 加えて彼は護身用に短剣を持っていたようで、なんとか応戦している。


 多少は怪我するかもしれないけど、腐っても——という言い方は失礼だけど——WMUダブリュー・エム・ユーの一員だ。

 すぐに殺される事はなさそうだ。


 僕は隙があってもあえて反撃せずに、のらりくらりといなし続けた。

 相手も誘われているのはわかっていたと思う。


 けど、ただでさえ憎い魔法師で、しかも自分たちの半分も生きていないような子供に弄ばれて平静を保っていられるような精神力を持った人はいなかったみたい。

 だんだん敵の動きが雑になってきたところで、僕は一つフェイントをかけた。まんまと引っかかった相手から剣を奪った。


「なっ……!」

「さぁ、今度はこっちから行くよっ」


 僕はEランクだった頃、まさに今目の前にいるような人間主義の犯罪者に襲われても大丈夫なように戦いの術は一通り身につけていた。

 相手が複数人であっても、素人に毛の生えた程度の相手に負ける気はしなかった。


「——お前ら、散れ!」


 奥から大声が響いた。

 僕とエリジャさんの相手をしていた人たちが一斉に距離を取った。

 彼らの背後から姿を現したのは、銃を持った複数人の人間だった。


 男も女もいた。

 彼らは一様に下卑た笑みを浮かべていた。


「へっへっへ……意外と魔法以外もやるみてえだが、これで貴様らもおしまいだ!」

「はっ、てめえらは所詮人間以下の下等生物なんだよっ」


(どうやら、彼らの隠し玉はあの銃で確定かな)


 周囲の人間の表情を見る限り、間違いない。

 剣で襲われている時に、どこか相手がまだ何か隠しているような感じがしたから様子を見ていたけど、それが銃だったというのは少し拍子抜けだ。


 いや、それも仕方ないか。

 僕たちが魔法を・・・・・・使彼らからすれば、銃は最強の武器だ。


 事実、エリジャさんは「ど、どうする気だ!」と喚いているし、結界の外にいるアランさんたちも焦りと絶望が半々か四対六くらいでブレンドされた表情を浮かべている。

 ふーん、アランさん以外もなんというか、しっかりと情けのある人たちだったんだな。


(……なんか今日、ずっと失礼な事しか考えてないな僕)


 思わず苦笑が漏れた。

 敵の人たちは眉をひそめたが、やがて口角を吊り上げて、


「おい、何笑ってやがる。死の恐怖で頭がおかしくなったか?」

「違うよ」


 僕も彼らと同じようにニヒルに笑ってみせて、


「魔法を打ち消せる技があるなら、その魔法を打ち消せる技を打ち消せる技があってもいいと思わない?」

「何……⁉︎」


 人間主義者の人たちが目をも開いた。結界が一瞬にして弾けたからだ。もちろん僕の魔法だ。


「く、くそ!」

「化け物めっ……なっ⁉︎」


 銃から弾は発砲されなかった。


「無駄だよ——」


 僕は一番奥にいた敵の背後に回った。


「結界で銃弾を固定しちゃったからね」

「っ——⁉︎」


 振り向く間すらも与えず、手刀で意識を刈り取る。

 もう、チームプレーに徹する必要もないだろう。


 僕は敵を殺さない程度に全力を出した。

 制圧までは三十秒もかからなかった。




 無事に任務は達成したけど、帰りの道中はお祭り騒ぎとはいかなかった。

 むしろ行きよりも重苦しい空気が漂っていた。


 原因は言うまでもなくエリジャさんだ。

 勝手に突っ込んでいって足手まといになっただけなのが相当悔しいのだろう。ずっとイライラして悪態を吐いていた。


 泣き続ける赤ちゃんの体力には驚かされるが、今のエリジャさんなら張り合えるんじゃないかな。

 赤ちゃんとエリジャさんがどちらが長く喚いていられるか選手権を行なっているところを想像しちゃって、僕は軽く吹き出してしまった。


 アランさんに、というよりエリジャさん以外のチームメンバー全員に「お前やべーな」という目で見られた。

 同じ絵を想像させたら彼らも吹き出すだろうという確信はあったけど、さすがに空気を読んで神妙に謝っておいた。

 ここで自分以外のメンバーが笑いでもしたら、エリジャさんが火を噴き出しちゃうだろうからね。


 本部に帰還すると、上官に報告した。

 任務は完了したのだから、エリジャさんも無難に報告をして終わらせるだろうと思っていた。


 でも、僕らが告げ口をすると思って先手を打とうとしたのかな。


「ノアとアランが指示を聞かずに独断専行したため、私は傷を負ってしまいました」


 自分のせいで人間主義者に斬りつけられた傷を、僕とアランさんのせいにし始めた。

 えっ、マジか、この人。

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