第129話 WMUで施設を破壊した

「……でも、私があいつらにできることなんてない。魔法の実力も頭もあいつらのほうが同等かそれ以上なんだから。ノアなんてはるか雲の上でしょ」

「では、もし魔法でノア様と肩を並べるほどの実力を身につけられるとしたらいかがでしょう?」

「何、人体実験でもさせようってわけ?」


 アローラは冗談のつもりだった。

 しかし、イーサンはニコリともせずに、


「左様でございます」

「……本気?」


 遮音の結界が張られているにも関わらず、アローラは声を潜めてしまった。


「私がノアと同等の実力をつけられるって言ったら、相当ヤバい予感するけど」

「いかにも。魔法体はご存じでございますか?」

「魔法師が乗り込んで操縦するタイプの魔道具でしょ」

「えぇ。我々が開発しているのは〇号と呼ばれるもの。表に出回っているものとは別物の、使いこなせば最上位の一級魔法師にも匹敵する性能です。最も、これまで〇号を操縦して生存者はおりません」

「……それ、どこのイカれた集団が関わってんのよ」

「テイラー家を中心とした大貴族とラティーノ国上層部でございます」

「……なるほど。私が見ていた景色は貴族界の浅瀬にすぎなかったわけね」


 アローラは皮肉げに笑った。


「あんたらが中心になっているってことは、もしも私が使いこなせた場合は、その使用にある程度自由が効くってわけだ。シャーロットやエリアの護衛に使えるし、それが巡り巡ってノアのためにもなるってところ?」

「左様。時期によっては、彼がテイラー家に婿入りしている可能性もありますしな」

「それ、私に言うんだ」


 アローラは苦笑した。


「私も様々な世界を渡り歩いてきました。相手の精神状態はだいたいわかります」

「こんな小娘の心なんてお見通しってわけだ」

「まあ、そうでございますな」

「なんかムカつくな……にしても、そんな実験に関わってていいの? さすがにバレたらやばくない?」

「綺麗事では貴族はやっていけませぬ。貴女もおわかりでしょう」

「まあね」


 浅瀬とはいえ、アローラも次期当主として貴族の真似事くらいはしていたのだ。


「けどさ、それで言うとあんたのところの次期当主は大丈夫なの? ちょっと優しすぎるんじゃない?」

「大丈夫でしょう。当主がそうなら、周囲に厳しい意見を持つ者を置けば良い。当主と家臣の主張が違ってこそ、その家は繁栄しますからな」

「二元代表制みたいなもんね」

「左様。それに、エリア様も貴族の次期当主としての顔は、普段のあの方とは別です。心配せずともテイラー家が衰退する事はしばらくはないでしょう」

「……ふん」


 アローラはそっぽを向いて鼻を鳴らした。


「……わかった。その話、受けるよ」


 このまま死んで悪霊になるのも嫌だしね——。

 そう言って、アローラはわずかに口元を緩めた。




◇ ◇ ◇




「行ってきます」

「はい、お気をつけて」

「シャルもこの後ルーカスさんと修行だよね? いつもの時間に迎えに行けばいい?」

「はい、お願いします」

「うん」


 僕は行ってきますのキスをした後、シャルのお尻を一撫でしてから家を出た。

 扉が閉まる直前、「もう、ノア君は」という呆れたような、それでいて少し嬉しそうな声が聞こえた。

 一瞬取って返そうか迷った。


 魔法師養成高校第一中学校の学年末までの休校が正式に決まったため、僕のやる事は主に六つに絞られていた。

 シャルとイチャイチャする事、学校の宿題、両親との時間、エリアやアッシャー、サム、テオ、ハーバーと言った友人との遊び、WMUダブリュー・エム・ユーでの修行、そしてシャルとのイチャイチャだ。


 現在はWMUに向かっている。修行の頻度は学校があった時よりも増やしていた。

 シャルはルーカスさんと、エリアはグレースさんとそれぞれ頑張っているし、ケラベルスが示唆していた彼らよりも上の存在が仕掛けてくる可能性もある以上、強くなっておくに越した事はないからね。


 シャルが誕生日プレゼントとしてくれたマフラーを首に巻き付けつつ、門をくぐる。

 すっかり顔馴染みになった門番に頭を下げると、彼は陽気に手を上げた。最初の怖そうな印象と違い、気さくな人物だった。

 特別補佐官に手を上げて挨拶をするのはどうなのかとも思うが、変にかしこまられてもやりにくいので、僕としてはありがたかった。


 施設に入ると、迷わず資料室に向かった。今日は少し試したい事があるんだ。

 扉のところで大柄な男の人とすれ違う。正隊員のエリジャさんだ。


「お疲れ様です」

「……チッ」


 舌打ちだけか。相変わらず歓迎されてないなぁ。

 守衛さんはよくしてくれているけど、特に戦闘員の人たちにはあんまり快く思われてないんだよね。


 まあ、名前も知らなかった子供がいきなり特別待遇を受けているんだから気に入らないのも当然か。

 ロバートさんみたいに直接挑んでこない限りは僕としてもやりようがない。


 もっとも、何かする必要もないだろうけどね。多分、少なくとも今はやるだけ無駄だろうから、気にしないでおくのが一番だ。


「えっと……あったあった」


 学校でアローラと実験させられた異なる二つの魔力を融合して大きなエネルギー生み出す方法は、【合成ごうせい】という技としても確立されていた。

 自分で使えたら少ない魔力同士の掛け算で膨大なエネルギーを生み出せる事になるから、めっちゃ便利だと思うんだよね。


 しかし、期待に反して一人で【合成】を発動させるやり方はどの資料にも載っていなかった。

 全て複数人で発動させる事が前提になっていた。


「うーん……ま、やってみるか」


 記述がないからと言ってできない事にはならない。

 僕は射撃場に向かった。


 実験の時の感覚を思い出してみる。アローラ側の魔力もなんとなく記憶していた。

 右手に自分の、左手にアローラの気配を真似た魔力をそれぞれ練り上げる。


 それらを合わせる事で実際に射出はできたけど、何かが違うという感覚があった。威力もそこそこだった。


 先生も安全性重視って言ってたし、学校の実験ではあえているのかもしれないな。

 少しずつ魔力を変質させていくと、ビビッとくるものがあった。


 あっ、やばいかも——。

 脳内に警報が鳴り響いた時には射出していた。


 ドガーン……!

 的どころか的が設置されていた機械、そしてその奥の壁まで粉々になっていた。


「やっばー……」

「おい、どうした⁉︎」


 轟音に驚いてわらわらと人が駆け寄ってきた。

 その人たちに向かって、僕は勢いよく頭を下げた。


「すみませんでした!」




 十分後、僕はWMUのトップであるデイヴィット総監と対面していた。


「魔力の変質なんてそうそう容易くできるものではないはずだが……今はそれはいい。君の力は絶大だ。ゆめゆめ気をつけるように」

「はい」


 僕は真面目な表情で顎を引いた。本当に反省していた。


「よし、戻っていいよ」

「えっ」


 思わず変な声が出た。


「あ、あの、的とか壁の修理は?」

「こちらで受け持つから君は気にしなくていい」

「……どのくらいですか?」

「ざっと百万といったところかな」

「……僕に出させてください。報奨金もあるし」

「問題ない。一回目だからな」


 ベンジャミン総監が笑いながら手をひらひらさせた。


「ですが、ここで出しておいた方が僕の立場もよくなるような気がして。結構睨まれてますし」


 WMUには正式に入隊したし、ルーカスさんやアヴァさんとはよくさせてもらってる。

 それに、ロバートさんとの模擬戦も出回ってる影響もあって今のところ絡まれてはいないけど、エリジャさんのように歓迎してない人が多いのも事実だった。挨拶を無視される事も何回もある。


「……確かにそうだな。だがノア君。これだけは覚えておけよ。一万円を持っている時の百円と一億円を持っている時の百万円。どちらも所持金の百分の一だが、その価値は同じではない」

「っ……はい」


 僕はドキッとした。

 確かに彼の言う通り、一億あるからと百万を軽く見ていた。


 身に余る大金って恐ろしいな。

 宝くじが当たった人の多くが破産するっていう話もこれまではバカだと思ってたけど、今ならわかる気がする。気をつけよう。


 結局、修理代は払ったけど。




 それから数日後、僕は初めてWMUの任務に参加してみる事にした。

 時間があったからというのも理由の一つだが、やはり歓迎されていない環境というのは居心地のいいものじゃない。


 任務に参加して成果を上げれば、全員ではないにしろ何割の人かは認めて受け入れてもらえる……気がする。

 そんな保証はどこにもないし、むしろ恨みを買う可能性もあるけど。


 約束の時間よりもだいぶ早く集合場所に向かう。

 一番乗りで行こうと思っていたが、すでに一人の大男がいた。


(げっ)


 僕は思わず顔をしかめそうになった。

 その人——エリジャさんは思い切り顔をしかめた。

 憎しみすらもこもった瞳で僕を睨みつけながら近づいてきて、腹立たしげに言い放った。


「多少実力があるだけの実戦経験もほとんどねえ雑魚は帰れ。WMUウチはガキのチャンバラの延長線上でやってねんだよ」

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