第116話 合宿二日目② 〜分断〜
「手伝って欲しい事、ですか?」
「えぇ。実は——」
ヘンリーが事の
何でも、一緒にとある実験をする約束をしていた先生が飲みに出てしまい、一向に帰ってこないらしい。
「期間的に今日中に終わらせないと厳しいのですが……はぁ」
ヘンリーが困ったようにため息を吐いた。
シャーロットたちの入浴時間は最も遅い時間帯だったし、エリアの乱入もあってそこそこ長居をした。
一部の先生が飲みに出かけていたとしても不思議な時間帯ではない。
「なるほど……どんな実験なのですか?」
この問いに対しても、ヘンリーはスラスラと答えた。
「——とまあ、こんな感じです。どうでしょう?」
シャーロットはすぐには返事をしなかった。
このタイミングでのイレギュラー。警戒するなというほうが難しい。
しかし同時に、ヘンリーは人格者としても評判の先生だ。エリアも懐いている。
もし本当に困っているのなら助けてあげたいし、少しくらいは様子を見てもいいだろう。
しかし、問題はハーバーだ。
もし万が一これが罠だった場合、彼女を連れて行くメリットはない。
エリアも同じ考えだったようで、姉妹は同時にハーバーに目を向けた。
「っくしゅん!」
ハーバーがくしゃみをした。
これだ、とシャーロットは思った。
「先生、私とエリアだけでも大丈夫でしょうか?」
「えっ? えぇ。大丈夫です」
ヘンリーは、どこか安堵したように頷いた。
「わかりました。風邪を引いても良くないですし、ハーバーは部屋に戻っていてください」
「えっ、大丈夫だよ」
「今し方可愛らしいくしゃみをしてたけど? ちょっと冷え始めてるんじゃないの?」
「そ、それは……」
エリアの詰問に、ハーバーが視線を逸らした。
どうやら本当に湯冷めし始めているらしい。
(ここは多少不自然でも押し切りましょう)
「最後に風邪を引いてしまっては、せっかくの合宿も興醒めですから」
「うん……わかった。ごめんね、私だけ」
「いいのいいの。私たち丈夫だから」
エリアがひらひらと手を振った。
「ええ、いざとなれば私の氷魔法をエリアに浴びせてあげますから」
「あれ、同じ言語喋ってる?」
「もちろん。一卵性双生児ですよ?」
「じゃあ大丈夫か」
「はい」
「……仲が良いのですね」
シャーロットとエリアが軽快なやり取りを繰り広げると、ヘンリーが呆れたように言った。
「はい。私はお姉ちゃんに抱かれて死ぬって決めてるんです」
「体はノア君に抱かれて死ぬつもりなので、エリアには足を抱かせてあげますよ」
「扱いが雑! まさに氷魔法!」
「うるさいですね」
「でも、私の熱気で風邪を引く事はなくなったよ」
「そうですね。夏風邪は馬鹿が引くと言いますし」
「あれ、今遠回しに馬鹿にされた?」
「よくわかりましたね」
「今度は直接⁉︎」
エリアの相変わらずの満点のリアクションに、ハーバーが吹き出した。
ヘンリーも頬を緩めてはいるが、どこか陰りのある笑みだ。
「では行きましょうか。シャーロットさん、エリアさん」
「はい。ハーバー、男子に誘われても、あいつら以外には着いて行っちゃダメだからね」
「わかってるよ」
エリアの忠告に、ハーバーは少し不満げに頷いた。
ヘンリーが歩き出す。
ハーバーがしっかりと戻って行くのを確認してから、シャーロットとエリアも続いた。
本来なら右に折れるところを、ヘンリーは左に折れた。
「えっ、先生。ここ右じゃないんですか?」
「時間も遅いですし、ショートカットをしようと思いまして」
「近道があるのですか?」
「はい。ここを通ると宿の裏口に近いのです。他の生徒には内緒ですよ」
ヘンリーが人差し指を口元に持っていき、片目を瞑る。
シャーロットとエリアは一層警戒心を強めつつも、彼に続いた。
他の先生ならまだしも、彼ならきっと大丈夫だろう——。
心のどこかで、二人はそう思っていた。
最初に気づいたのはエリアだった。
「っ!」
彼女は息を呑んで立ち止まった。
「エリア?」
「しっ……何か、嫌な気配がする」
「固まりましょう。下手に動かないで」
ヘンリーのその指示は、妥当なものだった。
特に、エリアのように単体での戦闘力が低い者がいる場合、奇襲を受けた時には固まるのがセオリーだ。
下手に分散すれば、その者が集中的に狙われてしまうからだ。
だから、シャーロットもエリアも、何の疑いを抱かずにその指示に従ってしまった。
彼女らが動きを完全に止めたその瞬間、
それぞれ別の結界が、テイラー家姉妹を包み込んだ。
「エリア⁉︎ ヘンリー先生!」
シャーロットは声を張り上げたが、返事はない。
景色も匂いも完全に遮断されている。
(どうやら、結界に五感を遮る効果が付与されているようですね)
だが、壊してしまえば関係ない。
シャーロットは最大火力で魔法を放とうとして——、
「やめた方がいいよ」
のんびりとした声が聞こえた。
シャーロットは驚かなかった。
「やはり貴女でしたか……アローラさん」
「やっ。話すのはだいぶ久々だね」
アローラは、まるで旧知の友人と再会したように気さくに手を挙げた。
「やめた方がいいとは、どういう事ですか?」
「この結界、中から強い攻撃を受けると爆発するんだ。いくらシャーロットでも、耐えきれないと思うよ」
「ハッタリですね。それだと、貴女も危険に晒されている事になる」
「ハッ」
アローラが口の端を歪めた。
「テイラー家の双子を襲っておいて、今更そんな事を恐れると思う?」
シャーロットはハッタリだと断言する事ができなかった。
アローラの瞳には、狂気の色さえ浮かんでいるようにも見える。
今の彼女なら、平気で自分の命すらも懸けてしまえるかもしれない——。
そう感じてしまったシャーロットに、結界の破壊を強硬する事はできなかった。
「……何が目的ですか?」
「目的? そんなもん決まってんじゃん。ノアを返してもらう。それだけだよ」
「今更、彼が貴女になびくと思いますか?」
「ずいぶん余裕じゃん。私にフラれて弱ってるあいつの心につけこんだだけのくせに」
アローラがせせら笑った。
「きっかけなど些細なものです。彼は私にたくさんの愛情を注いでくれている。貴女の言葉で揺らぐほど、私たちの関係は希薄ではありませんから」
「ハッ、実家に干されてる割には令嬢みたいな綺麗事を吐くじゃん」
アローラが小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「学生同士の恋愛に絶対なんてない。ノアは、フラれた相手になびくのが嫌で意固地になってるだけだよ。私の体で誘惑し続ければ、いずれあいつだって我慢できなくなる。男なんて所詮、そんなものだから。いっそ、あいつの家の前でオナニーでもしてやれば、その場で襲ってくるんじゃない?」
「よく回る舌をお持ちですね。その割に頭はあまり回っていないようですが」
「へえ、柄にもなく挑発してくるじゃん。もしかして結構お怒りな感じ?」
シャーロットは答えなかった。
代わりに魔法を発動させる。これ以上、彼女のおしゃべりに付き合うのは時間の無駄だ。
「おっ、共倒れする?」
「舐めてもらっては困りますね——結界にダメージを与えず、貴女だけ倒します」
「やれるもんならやってみなよ」
アローラも不敵に笑って魔法を発動させる。
Aランク魔法師同士の対決が始まった。
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